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『贖罪』酒井法子
相当に不評だったようだが、今読んでみて理解できない事がないわけではない。
例えば、二度目は初体験から三年後、「別れ話を切り出している頃だった」とある。複雑と云うのか単純と云うのかが判らなくなってくる場面だが、要するに離婚するにせよしないにせよ、変化と云うか画期的な事、節目とできるような事が必要でそれが覚醒剤だったという事だ。これはちょっと読んだ読者ならフツーに認めがたい、とやっぱり非難の対象となる、核心部分であろう。そして、本人が「逮捕されるまでやめられなかった」と繰り返す。 要するに、ボロボロになって廃人になるか、それを転機に生き直せる、「再生」する、生き返るようなことでもない限り芸能人として吸引力がない、話題性がない、生きていけないという事だ。そんな風には言っていないが、一言も云わずに裏にはそれがあったと説明している事になっている。 事件、不祥事、問題を起こして魅力を増す芸能人が居る。そもそも芸能自体がそういうものであるとも言える。だったら、その究極の処に触れておく、そう考えたという事だ。そして、それは逆に言えば、逮捕される処まで行けば止められる程度にそうするという事である。それがいいとは言えないし勿論言わないが、逮捕されて復帰する芸能人くらいは昔から何人も居る。それでもいい、それくらいに賭ける、悪いかもしれないし根本から反省もするが、そうするしかなかった(そうしてしまって反省している、もう一度あったら絶対にやらないと書かれているものの)、そういう説明である。他人に迷惑を掛けるよりその方がよほどよかったとか、もう一度あったら同じ事をするかもしれないなどと云ったらもっと複雑になるものの、そこまでは酒井は言わないのである。 結局それで酒井の魅力が増したとは到底言えないものの、少なくとも話題性はあったとしか言えない。結局、この事件で、酒井は人々に覚醒剤で自分をダメだった事にするか、それでもそれ以上の魅力を今後の自分に期待するか、を問う機会、極端に言えばその権利を得たという訳だ。おかしいくらい真剣にそれが必要だった、という事になる。のぞむべくは、薬物その他ではなく単に話題性を獲得でき、魅力を増すことが追究され、そしてそれが単に実現されるという事である。 |

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もう一度同じ場面に逢ったら絶対に同じ事はやらない、というのは逆に複雑。同じ事をやるかもしれないと言う方がよほど単純。
2013/5/27(月) 午後 7:59