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『モナ・リザはなぜ名画なのか?』西岡文彦
表題の問いを、三つの問い(どのようにして有名になったか、名声に合う名画なのか、なぜ新鮮な感動がないか)、全四章(モデルの謎、批評の怪、無限の風景、神秘の微小)に分けて明解に説く。あまりに明解でネット上の解説文のように要約できてしまうので、レビューでそれを直接することは止めよう。耽読する意味がなくなっては元も子もない。
本書には一切なかった、しかし、私が読みながら考えた事は、名画『モナ・リザ』はダビンチ自身の自画像ではなかったか、ということである。勿論、著者は通説通りそれがジョコンド夫人である旨を他の説への批判を交えながら明晰に解説している。それを前提にしても、絵画を鑑賞する後世の人々に対して、ダビンチは女性として微笑んでいたかったのではないか、いや、悲哀を湛えつつもスピノザの神のような微笑むような気持ち、感慨が常にしていたということではないか、という単純な思いは本書を読んでも否定はされる事はなかった。勿論、本書にその一端を確認する何ものもあるわけでもないのだが。 ところで、「探究のかなたに・・・見出そうとしていた」、「言葉では語り尽くすことのできないもの」、「精神の深奥」にあるものが何なのかは、著者も最後の処では言明してはいない。ダビンチが、霊の問題について、神や悪魔の問題についてどう考えていたか、は未だ詳らかではないものの、ダビンチならどう考えただろうかという事は、彼が託した畢生のこの一枚について考えていくだけでもおぼろげには判ってくる、視えてくる気が私にはした。 現代にダビンチが生きていたら、彼はこの問題に言葉としてイタリア語ではっきりと明言していただろうと私は思っているし、他方で現代にダビンチが生きていたとしても、この画だけは全く同じように描き遺したのではないか、とも思われてくる。 |
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