|
『生命誕生』中沢弘基(講談社現代新書)
現時点で星二つの人がいないので二つにしてみる。
率直に言うと、専門家でなければこれほど詳細な議論には付いて行けないのではないか、と思った。 確かに、生命は太古の海で、という常識を、そうではなくて、隕石衝突(正確に云うと、惑星形成時の衝突に対して「後期重爆撃(Late Heavy Bombardment, LHB)」)を決定的な契機にして、還元濃縮された地下でそれも脱水状態で、という説明で関係諸事項を完全に覆すというのは、ダーウィンやウェゲナーの議論に匹敵する、オパーリンの議論を超える画期的なものになる可能性はあろう。しかし、実際の天文史、太陽史、太陽系史、地球史、気象史、地質史、等々にしてからがまだ謎も多く、そのままでこれだけ一貫して生命誕生のシナリオを描き切ろうとしたら、ひょっとしたら大きな筋違いを冒している危険性無きにしも非ずだ。歴史家でさえ自説に優先権、先行権を誇る嫌悪すべき議論はごまんとあるのに、科学者になるとこれはそれ以上に個々の研究、発見を集積して一つの歴史を歴史科学ででもあるかのように提示してしまうと間違うかもしれない。生命の起源が複数あったように、シナリオ自体も少なくとも現段階では一つには絞れないだろう。 生命の起源が地球ではなくて火星で、或いは彗星から、或いは全く別の知性がという事ははっきり云って宇宙人が移殖するのでもない限りできない、そんな事が科学的に証明されたというなら素人的にも画期だが、逆に言えば、太古の海もマグマオーシャンも、熱水も超臨界水も、素人のイメージとしてはそんなに変わらないかもしれない。 試験管やフラスコの中で人工的に生命の発生を再現したというのでもない限り生命の起源は証明できた事にならない、とするとこれは寧ろ、それが証明できないのだという事を逆に明らかにしたと読むべきかもしれない。 |
全体表示
[ リスト ]







