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『完訳 源平盛衰記8』石黒吉次郎
現代語への完訳最終巻。
冒頭(6頁)に「讃岐の国三木の郡琴造宮(こおりことつくりのみや:観音寺市の琴弾八幡宮か・・・訳者による注)という所で、伊勢三郎と伝内左衛門とが行き合った・・・」とある。ただし、訳者が疑問形でそう推定している根拠は記されていない。 義経伝令の少数の家臣はここで西部方面の平家方を説得することで屋島・志度の戦いに勝利を納めるのである。歴史にはいくつもの決定的な偶然が付物だが、この偶然も仮になかったら、義経は四国で討ち果てていた可能性すらある、源平合戦最終局面の決定的な分岐点である。 香川県観音寺市の地元にとっては、特に知っておくべき場面が記載されている。 なお、義経自身は、勝利を納めた後、壇ノ浦までの約1か月の間に、琴弾八幡宮を直接参詣参拝し、馬1頭、次の戦い(壇ノ浦)への戦勝祈願文を上納したのである。 |
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