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トム・デマルコ氏の「ピープルウェア」を読むと、上司がどれだけ部下を信じられるかが非常に大切なことが分かる。
確かに、自身の経験においても、上司から信用されていないと感じた途端に、仕事に対する情熱は冷めるものだ。 信頼されていない兆候はいともたやすく見抜けるものだが、信頼されている兆候は簡単にはわからない気がする。 疑心暗鬼は人の心を曇らせると言うが、部下が上司を信じることも必要だろう。 上司ばかりを責めては可哀想かもしれない。 上司は上司で、経営層から毎日のようにいたぶられ(そのこと自身がさらに問題ではあるが)、部下から突き上げられ(それもやっぱり問題ではあるが)、中間管理職ほどむごたらしい職業はないのかもしれない。 部長は部全員の年間の給料を予算として確保しなければならない。そうしなければ、部として気の利く成果は挙げられない。 組織は均一なほど管理は楽になる。自分が部下だったころは管理を煙たがっただろうが、自分が管理する側に回った途端に、そんなことは微塵も考えなくなるから不思議だ。 時々は思い出すかもしれないが、自分が何でもやらなきゃならない強迫観念にいつも襲われることになる。 そんなにとは無いのに、だ。 私は幸いにして、管理される側だ(変な言い方だが)。 どちらかと言うと、決まった上司もいない。部直属といっても良い。 お気楽な職種だとは言われているが、自分の成果を直接部長に示さなければならないプレッシャーは、いつも有る。 それを楽しめるようになるまでと言うもの、胃が痛い日々が続いた。 プロジェクトの遠くから、プロジェクトに出入りする毎に、そのプロジェクトが抱えているいろいろな問題が見えてくる。 上司から信頼されていないプロジェクトは、デマルコ氏の言うとおりの崩壊を見せる。 では、信頼されている(と思われている)プロジェクトでは、チーム力がプロジェクトを成功に導くかといえば、そんなに簡単なことではない。 今の日本のソフトウェア開発現場に、デマルコ氏の言うような真の「チーム」が存在するのだろうか?と疑うことで、少し慰めようとしているのかもしれないが。 書籍の「チーム殺し」の章は面白かった。自分の周りではごくありふれた光景だったし。 しかし、あえて付け加えるなら、「何もしない」という活動(?)もチームを崩壊させる。 これは「管理者など不要!」とうそぶく開発メンバに、とくに顕著だと思う。 開発者はアーティストであると同時に、サラリーマンでもある。一面だけかもしれないが。 日々のつまらない作業は否が応でも降ってくる。風雨にさらされることは、長い目で見ると必要だったりする。 雨風が嫌だからといって、いつまでも日照りの日々では土地が乾いてしまう。 管理者がまったく何もしないと、無政府状態になることもある。 チームは時間をかけて崩壊していく。 楽しいことは必要だが、楽なこととはまた別だ。 少し心に緊張感をもって仕事をすることは、心身の健康には必要だろう。 |
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