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更新怠けてますね、スミマセン。
ちょっと今週は忙しくって。。
社会人は大変だね。俺なんかより大変な人の方がたっくさんいるんだろうけど。
皆さん、肩の力入れすぎずに、さらっといきましょw
ではい、読み終わりました。
町田康の「屈辱ポンチ」。
今回もさらっと、レビューを書きましょう。
この「屈辱ポンチ」も、短編形式。
・けものがれ、俺らの猿と Getting wild with our monkey.
・屈辱ポンチ
の2作を収録。
・けものがれ、俺らの猿と
なぜか、英語のサブタイトルが付いているのが気になりますがw、
話の内容は、仕事が少なくなった脚本家・佐志に、大物プロデューサーの楮山のじいさんが、大作映画の仕事を持ってくる。
そこで佐志は、楮山に言われるがままに脚本の下調べに出発するが・・・
なんか、すごく不思議な話。パラレルワールドって言うの?
ちょっとこの話は、感想を言葉にしづらい。好み分かれるかも。
・屈辱ポンチ
友人の浜崎から頼まれ、跋丸という男へ復習することになった「オレ」岡倉三郎と帆一。
2人はいろいろな嫌がらせを試みるが・・・
これはね、町田康お得意の阿呆な珍話。おもしろいね。とっても愉快で、読んでいて心地よい。
この本の解説で、保坂和志という人が語っている内容がなんとも印象深かった。
オレが思うに、町田康の本の「解説」で解説している人はみな町田康にベタ惚れで、
はっきし言って、深読みしすぎつつ絶賛している場合が多いのだけど、この本も例外ではない。
保坂が解説で書いている事を自分なりの解釈で書いてみると、保坂は、
町田康の小説は面白い。しかし笑えるから面白いのではなく、真面目だから面白いのだ、と言う。
町田康の小説の主人公を怠け者と思う人は、サラリーマン根性で読んでいるからだ。
小説を読む時に、社会とは別の価値観で読めという気はないが、真剣に読めば社会人根性など消え、
主人公は怠けているのではなく、自分に対して真面目に生きているとわかるはずだ。と。
そして、一人称の視点で語られる形式の小説を読んでいて、主人公の行動や思考を「あはは、面白い」
と感じるのは、主人公を理解しそびれているからであり、そんな読者は未熟だ、と言う。
しかし、人はどんな時でも笑う。
それは社会的観念では笑うべきでない時も、人は笑う事があることを意味している。
町田康の小説には「笑い」があるが、町田康の「笑い」はリアルの「笑い」である。と。
リアルとは現実的という意味ではなく、現実の底に横たわる「もの」。(自分の解釈では「真実」の意)
ちょっと鼻に付く解説でしょ?
上から見られてる気がして、むかつうー、むかつくうー、と思うのだけれど、ちょっと納得したような。。
ちなみに「けものがれ、俺らの猿と」は永瀬正敏主演で映画化もされてます。
今日TSUTAYAで借りてきたゼ。
この摩訶不思議なお話が、一体どんな風に実写になっているのか楽しみ。
鳥肌実も出演しているんだって・・
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