━━━<ぱんぴーのぼやき>━━━

何の取り柄も無いけど、アウトサイダーにもなりきれない。ダメ人間気味普通人によるぼやき。気が向いたら冷やかしてって下さい。

ぼやき 本編

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きれぎれ 町田 康 (著)

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町田康の芥川賞受賞作品。

大題は
・きれぎれ
・人生の聖


『きれぎれ』
「いつもの」ダメ主人公の何をやっても上手くいかない、何をやっても裏目に出る様。
独自のビート感、言い回しはさらに強烈。
時々、何を言っているのかわからなくなるほど。
しかしこの作品で賛否両論の中、芥川賞を射止めた。


『人生の聖』
短編集。どんな話しかというと、
『BGMがベガーのソング。へっ、気持ちの渦巻』…ある掃除清掃員の理想と現実のギャップ。
『俺、ごっついだんだらやわ』…突如仕事が出来るようになった男の脳内トリップ。
『午後のワーク。小股の焼け跡』…何をやても上手くいかない無職男の一日。
『テロルの魂柱、頭脳の不具合。そして七寸間島へ』…テロル=テロ。男が仕掛ける社会へのテロリズム。
『成長し続ける銀柱。顔がもうない』…乞食を家に連れてきた男。しかし良心は裏目に。



いろいろと町田康の作品を読んできた。
初期の作品には「笑い」のエッセンスがふんだんで滑稽。面白い。
この「きれぎれ」の前後の作品は「笑い」よりもその「アバンギャルド」さが際立っている。
より文学っぽくなってきた。
個人的には、電車の中で噴出しちゃうような「笑い」の強い初期作品の方が好きだね。

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更新怠けてますね、スミマセン。
ちょっと今週は忙しくって。。
社会人は大変だね。俺なんかより大変な人の方がたっくさんいるんだろうけど。
皆さん、肩の力入れすぎずに、さらっといきましょw


ではい、読み終わりました。
町田康の「屈辱ポンチ」。
今回もさらっと、レビューを書きましょう。


この「屈辱ポンチ」も、短編形式。
・けものがれ、俺らの猿と Getting wild with our monkey.
・屈辱ポンチ
の2作を収録。



・けものがれ、俺らの猿と

なぜか、英語のサブタイトルが付いているのが気になりますがw、
話の内容は、仕事が少なくなった脚本家・佐志に、大物プロデューサーの楮山のじいさんが、大作映画の仕事を持ってくる。
そこで佐志は、楮山に言われるがままに脚本の下調べに出発するが・・・

なんか、すごく不思議な話。パラレルワールドって言うの?
ちょっとこの話は、感想を言葉にしづらい。好み分かれるかも。


・屈辱ポンチ

友人の浜崎から頼まれ、跋丸という男へ復習することになった「オレ」岡倉三郎と帆一。
2人はいろいろな嫌がらせを試みるが・・・

これはね、町田康お得意の阿呆な珍話。おもしろいね。とっても愉快で、読んでいて心地よい。




この本の解説で、保坂和志という人が語っている内容がなんとも印象深かった。
オレが思うに、町田康の本の「解説」で解説している人はみな町田康にベタ惚れで、
はっきし言って、深読みしすぎつつ絶賛している場合が多いのだけど、この本も例外ではない。
保坂が解説で書いている事を自分なりの解釈で書いてみると、保坂は、
町田康の小説は面白い。しかし笑えるから面白いのではなく、真面目だから面白いのだ、と言う。
町田康の小説の主人公を怠け者と思う人は、サラリーマン根性で読んでいるからだ。
小説を読む時に、社会とは別の価値観で読めという気はないが、真剣に読めば社会人根性など消え、
主人公は怠けているのではなく、自分に対して真面目に生きているとわかるはずだ。と。
そして、一人称の視点で語られる形式の小説を読んでいて、主人公の行動や思考を「あはは、面白い」
と感じるのは、主人公を理解しそびれているからであり、そんな読者は未熟だ、と言う。
しかし、人はどんな時でも笑う。
それは社会的観念では笑うべきでない時も、人は笑う事があることを意味している。
町田康の小説には「笑い」があるが、町田康の「笑い」はリアルの「笑い」である。と。
リアルとは現実的という意味ではなく、現実の底に横たわる「もの」。(自分の解釈では「真実」の意)
ちょっと鼻に付く解説でしょ?
上から見られてる気がして、むかつうー、むかつくうー、と思うのだけれど、ちょっと納得したような。。



ちなみに「けものがれ、俺らの猿と」は永瀬正敏主演で映画化もされてます。
今日TSUTAYAで借りてきたゼ。
この摩訶不思議なお話が、一体どんな風に実写になっているのか楽しみ。
鳥肌実も出演しているんだって・・

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しゅっと読んでます、町田康。
今回のは、なんだろ。エッセイと言うか、小説と言うか。
町田康の悪口集とでも言うべきかw

「実録・外道の条件」の構成は
・ファッションの引導鐘
・ロックの泥水
・地獄のボランティア
・紐育(ニューヨーク)外道の小島
の4章立て。

「許さん。復讐の鬼と化した俺は三年間洞窟にこもって本稿を書き綴った‥。」と、
「ファッションの引導鐘」では挨拶も出来ぬヘアメイクを、
「ロックの泥水」でははったりだらけのプランニング・コマンダー(?)と、どけちマネージャー、
「地獄のボランティア」ではボランティアと言って、無償での仕事を強要する雑誌編集者に、
「紐育(ニューヨーク)外道の小島」では、雑誌編集者の富山しゅず子に対し、
ばったばったと斬りまくる!のではなく、

「こんな外道が生きて、いた」
と、ねちねちねちねちと陰口を叩きまくるというもの。

この本を読んで、自分の行動を改めるってのもありでは?

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読んでます、町田康。
続きましては「夫婦茶碗」

とても面白かった。
個人的には「くっすん大黒」よりスイスイ読めたし、エッセイ並に笑えた。

・夫婦茶碗
・人間の屑
の2本立て。大まかな内容としては、
働かないぐうたら亭主が、何とかして生計を立てようとする「夫婦茶碗」
人生適当ーにすごしてきた主人公が己の煩悩のままに生きる「人間の屑」

またまたダメ人間=町田康自身をモデルにした話ですな。


「夫婦茶碗」の方は、夫のだめさ加減に、なぜこんな男と結婚したのか?と妻に同情するのだが、
状況を打破しようと、もがき、もがくだけの主人公を見て、こんな愛し方もあるのかなぁと微笑ましい気持ちにさせられた。

「人間の屑」は、タイトルの語呂から「永遠の仔」のようなヘビーな話かと予想したが、真逆。
阿呆丸出しのダメダメ主人公の思い込み・行動が滑稽でしょうがない。
「馬鹿だなぁ〜」と言いながら読み進み、エンティングに近づくにつれて主人公堕落っぷりが加速し、スリリングですらあった。
こっちの方が面白かったかな。個人的にはこっちがおすすめ。


内装修理や猫中毒など、相変わらず他のエッセイに書かれている町田康の実体験を元に書かれている。
解説で筒井康隆が書いているのだが、
「いい加減さから遠く離れた性格でありながら、いい加減さに憧れ、いい加減さを魅力的に描き、しかし現実のいい加減な人間は断固として許さない。」
これが町田康なのである。
他のエッセイなどからもわかるのだが、町田康は約束は必ず守る。そういう人間である。
町田康はダメ人間なのだが、いい加減ではないということなんだね。
かっこいいじゃないか、町田康。

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