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【レース概要】 下図は本レースにおける私のラップと心拍数の関係です。 15km過ぎから単調にペースダウン、これは、 HR(心拍数)が跳ね上がらないペースに抑えた結果です。 5kmごとのLAPとSPLITを表にまとめると下記のようになります。
予想どおり10kmで結果が見えてしまい、ゴールまで長く辛いレースになりました。 キラ〜ン、これが完走メダルですよん。 (第80回記念大会とあります。始まりは1936年の日本の統治下で開催。 複雑な歴史を背負ったレースのようですね。。。) 【コースの紹介】 下記がコースになります。ソウルのおいしい所を押さえた、良いコースだと思います。 日本で言えば、東京マラソンに似ています。新宿副都心、銀座、皇居前、浅草、お台場、 そんなところを巡るイメージです。 【0〜10km】 3時間10分をイメージしたペースで入りました。Aブロックとはいえ、 最初の1kmは混雑していて、流れで5'00"/kmペース。早々、 3時間のペースメーカーに勢い良く抜かれますが、4'20"/km代のペースで走ります。 心拍数は190BPM程になっていましたが、下がってくれることを祈ってペースを維持。 5kmで22'41"、練習用シューズで良くガンバッタタイムだと思います。 しかし、心拍数は190BPMぐらい。「やっぱり、だめかな」と思いながらもペース維持。 コースとしては、新宿副都心から丸の内、銀座といったところを走っています。 しかし、レースに集中していたので、この辺の記憶は全く残っていません。 7.5kmから5kmごとのスポンジサービスがありますが、使う人はほとんどいません。 気温は3〜4℃というところでしょうか。アームウォーマーで丁度良いです。 【10〜20km】 10km 45'18"。まあまあ良いペース。コースは清渓川沿いを走ります。 清渓川は人工的な河川敷き遊歩道で、規模の小さな鴨川のような感じです。 12kmの東大門付近の折り返し手前で、3時間10分のペースメーカーにゆっくり抜かれます。 暫く後ろに付きますが、心拍数が200BPMを超え、メーターの表示が消えてしまいました。。 今日のレースはここまで。。。とまだまだレース序盤ですが、 これからの残りの長い距離を考慮して、ペースメーカーを追うことを諦めます。 昨年の荒川では、更に追い込んでゴールまで呼吸困難状態だったことを思い出します。 とりあえず、180BPM以下で計測値が安定するペースを探ります。 3時間10分のペースメーカの背中がちょっとづつ小さくなって行き、 それと同時に抜かれ基調となって行きます。頭の中に『蛍の光』のメロディーが流れます。 リタイヤも脳裏を過ぎりますが、シューズ紛失事件のバタバタで、小銭の携帯を忘れました。 回収バスを待っていると、お土産の買い物の時間がなくなるので、完走するしかありません。 時折、陽が射すと暑さを感じ始め、アームウォーマーを手首まで下げます。 【20〜30km】 三度南大門付近までもどり、北上してから乙支路、清渓川と並行に走るチュンノを 東に走ります。これは日本の昭和通り〜白山通り?って感じでしょうか。 経験では、心拍数→呼吸→脚の順にダメージが来ますので、心拍数で抑えておけば 楽に走れます。私の場合、呼吸困難になることは良くありますが、脚に来たことはありません。 したがって、辛いといっても、遅さにイライラするだけで、PainではなくSufferingです。 今回のようにやっちまったレースは、HRが150→200BPMの間のマージンが無くなって行き、 だんだんとペースダウンしてゆくことになります。心臓と呼吸のシンクロが外れてしまいます。 23km付近で3時間20分のペースメーカーに抜かれ、27km付近で3時間30分のペースメーカー に抜かれます。ゴールは遠いなぁ〜。。とりあえず、邪魔なので手に持ったパワージェルを補給。 【30km〜40km】 この辺りはお台場のような感じです。漢江のウォーターフロントで視界が開けますが、 逆にランドマークまでが遠く感じる、気持ちの萎えるところです。 所々、女子学生の応援団がハイタッチと声援で背中を押してくれます。 そうそう、こちらの応援は「ファイティン(Fighting)」と言います。 でも、心拍数でスピードが上げられないとき、応援されても当惑しますね。走れないのだから。 もうLSDペースなのに、それでも心拍数が跳ねてしまうので、時々歩かざるを得ません。情けない。 気持ちは余裕しゃくしゃくなので、カメラ持ってくればよかったなぁ。などと思います。 34km付近で3時間40分のペースメーカーに抜かれます。多分Cブロックぐらいから出発してる はずなので、実際には3時間50分相当でしょう。楽勝で付いて行けそうなのに、 「Dody says let's go ,but my heart says no」って、聞いたことのある歌のようです。 37km過ぎのロッテワールドまで来ると、走れそうな気がしてきました。 応援も多く、チームのサポーターが小さなドリンクビンを並走しながら渡し、飲ませるという 光景が良く見られるようになります。私は、飲みたくも食べたくもありません。 【40km〜ゴール】 流石に2km程度の距離ならインターバル走です。でも、上げても6分/kmがやっとです。も〜。 しかし、40km過ぎで3時間50分のペースメーカーに抜かれます。勝手にして!! ゴールはチャムシルスタジアムです。後方から大きな掛け声の集団が接近する気配がします。 おそらく、4時間のペースメーカーの集団でしょう。すごい盛り上がりです。 なんか怖いので、追い付かれないようにスピードをアップします。 もう心拍数計を見る必要はありません。周りより10秒ぐらい速いペースまで加速してゴール。 『終ったぁ!!!!!!』。。。4時間2分。ギャフン。 【ゴール後】 まずミネラルウォーターが配られ、 ゼンケンから計測チップを外し、これと交換で完走メダルがもらえます。 そのあと、順路を進むとパンとジュースとバナナの入った袋が配られ、 おじさんに消臭剤を首に散布されました。これはオフィシャルなサービスなのか? 荷物返却の窓口へ向かいます。ナンバーの若い順に遠く、 外国人専用窓口も一番遠いところ(ゴールからだと6〜700m)にありました。 テントで着替え、更に300mくらいある地下鉄の駅を目指します。 切符を窓口で買い、レジデンスに戻ります。地下鉄で30分くらいでしょうか、
ずいぶん遠くまで走って来たものです。。。。(つづく) |
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【レース当日〜レースまで】 問題のレースシューズ紛失事件です。 (出発まで) 朝4:00起床。4:30から朝食開始、5:00終了。パンとカップラーメンを食べる。 身支度はレースウエアに、チャリティで寄付するセータを上に着て、 ロング丈のウインドブレーカを重ね着し、身支度完了。 シューズは練習用を履いて、レース用はバッグに。荷物はトラックに預けて ゴールまで運ばれるので、紛失しても問題のないように持ち物は最低限にとどめる。 (1)帰り用の着替え:トレーナにジーンズ。 (2)荷物預け用の定型のゼンケン番号の書かれた袋 (3)レース用シューズ (4)補給食と飲み物のペットボトル バッグは無くなっても良いように日本のドンキホーテで買った700円の 安物のバックパック。(←こいつがクセモノ) (事件) 6:30出発。ウオーミングアップを兼ねて、JOGで集合場所へ向かう。 道半ばで横断歩道があり、赤信号の待ち時間に忘れ物が気になり、 バッグをチェック。。。。 あ゛!! なんとランニングの振動で、上を向いたファスナーの口が開いている。 (2つのスライダーが1つのファスナーに付いていて、口の向きが変えられるようになっている構造) で、中を覗いてビックリ。 「お〜っ、荷物預け用のゼッケンの書かれた袋がない!!!」 (↑このとき、もっと重要なものが無くなっていることに気づかず) あわててダッシュで道を引き返す。もちろんバックの口を掴んで。 ものの5〜6分くらいの間のことだと思うが、既に跡形もないし、 拾っていそうな人もいない。(日曜の朝の繁華街は人影が少ない) で、出発地点のレジデンスまで戻ると、気持ちがだんだん開き直ってきた。 『事務局でなんとかしてくれるだろう』、などと軽く考える。でも、一応もう一度確認。 そこで漸く異変に気付く。。。。 なんと「レース用シューズがな〜〜〜い、い、い!? !?」 全身に寒気と脱力感が走る。 上記のシーンが脳裏を超スローモーションでハイビジョン再生される。 深い悲しみと悔しさが込み上げ、辛い練習の日々が走馬灯のように甦る。 「ん、が、がぁ」と言葉にならない声が喉を突く。 などと言っている場合ではなく、集合時間まであと5分しかないことに気付き、 正気に戻り、レースペースで集合場所を目指す。 (スタートまで) 荷物袋を無くしてしまった事情を事務局の人(もちろん日本人)に話すと、 手持ちのスタッフ用袋をフェルトペンで私の番号に書き換えてくれて、 素早く処置をしていただく。すばらしい! 「実はシューズも。。。」と喉まで声が出かかったが、あまりにも みっともないので十二指腸まで飲み込む。 今履いている練習シューズで、行けるところまで行こう。 ここがロドスだ、ここで飛べ。(ポジティブシンキングでなんとかなる問題か?) いや、練習で20秒/km以上は違うことは、もうデータで重々承知している。 しかし、男は負けると判っている戦にも全力を尽くすのだ。 (実はセコく、ひょっとすると、などと淡い期待を抱いていた) 7:10頃、事務局の人の案内で、外国人専用の荷物預けトラック経由して、 スタートラインへ。エリートランナー後ろのAブロックに並ぶ。 A〜Cブロックくらいにかけて、200m程にウォーミングアップの流れができており、 私もファルトレクで緩急走。なんか行けそうな気がしてくる。 7:30ころからチアリーダ(女子高生征服風ミニスカ?おお!)がお立ち台に上がり、 エアロビクス風の体操を開始。だんだん25000人が盛り上がってくる。 7:50になると集団がだんだん密になり、チャリティーの上着を脱ぐ。 その横で立ちションしているオヤジがいて、おお!と驚く(のは、まだ早かった) 周りを見回すと、流石に韓国といってもターサージャパンなどのレースシューズを みんな履いているではないか。チックショ〜。 8:00、前方のエリートランナーがスタート。列全体がズッと前に進む、 と同時に数百人が一斉に、道路の中央分離帯に置かれた仮設の壁のまわりに集まりだし、 勢い良く立ちションを始めた。 おおおおお〜!!な、な、なんとぉ、目玉が2mぐらい飛び出す。 8:05、一般ランナーのスタート時間。DJが調子よくゲストランナーの紹介をしているが、 一向にスタートする気配なし。しかし、公式タイムがネットタイムなので誰も気にする気配なし。 8:10過ぎ頃、やっとスタート。(つづく)
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【前日】 JAL便で17:00に仁川国際空港に到着。リムジンバス(6005線)でソウル市内へ 1時間程で今回宿泊するレジデンス(コンドミニアム)の目の前に到着。 おお!! 花粉の気配は全く無し。今日に備えて、昨日から花粉症の薬は飲んでいない。 レジデンスは、ホテルのアメニティーにキッチン、食洗機、乾燥機付き洗濯機が付いて 1泊7000円。 私の部屋は19Fで、景色もなかなか良い感じ。 チェックインして、部屋に荷物を置いて、すぐにバッグを背負って外出。 『ソウルマラソン日本事務局』が主催する『参加キットの配布&説明会』の 会場のホテルまで1.5km程のJOG。19:30開始の部に参加。 (説明会での注意点) (1)公式タイムはネットタイム。したがって、制限時間の5時間もネットタイム。 さらに、10分毎のペースメーカーもブロック毎に存在。しかし、タイムは アバウトなので要注意!とのこと。 (2)リタイヤ時は最後尾の回収車を待つか、コース沿いに地下鉄の駅が点在するので、 それに乗車する為の小銭を持参のこと。このとき、計測チップは後日、日本の 事務局へ郵送で良い。 (3)明日のレース時の天気予報は晴。ただし、集合時間(6:50)の予想気温0℃。 最高気温も6℃程度と寒い予想。従って、待ち時間が長いので服装には注意。 スタート時(8:05)に脱ぎ捨てたものは、発展途上国へ寄付される。。。。 (何かバッタもんのセーターを買いに行かねば) (4)当日、荷物は外国人専用預け窓口へ。ゴール地点でも同様に専用窓口になって いるので混雑しないとのこと。当日は事務局が集合場所から引率してくれる。 (5)レース後に『ソウルマラソン日本事務局』が開催する『完走パーティー』あり。 食べ放題、飲み放題で2500円(または40000ウォン)。集合17:30。 (散策JOG) 説明会終了20:00。晩飯と明日の朝食の調達、並びに上記チャリティー用の 上着を購入、レース後の買物の下見のために、明洞〜乙支路をJOG散策。 中心地の概ねの土地感は掴んだ。買物はロッテデパートの地下のフードコートにあるFauchionで 菓子パンを購入。地下街のバッタもん屋でタートルネックのセータを 10000ウォン(700円)で購入。その後、JOGでスタート地点や集合場所を確認し、 宿に戻る。全工程で10kmぐらい走っただろうか。 (ちょっと寂しい晩飯) 結局、晩飯はレジデンスの1Fにあるセブンイレブンで、冷食のカルビチャーハンと カップラーメンとヨーグルトを購入し、22時ごろ部屋で食べることに。 ちょっと遅くなってしまった。ヤバイ。 本日の配布物 参加賞はアッシクスのシャツ(色がなぁ、ちょっと)+アシックスの10%引き優待券付き。 ただし、韓国国内でしか使用できず。ん〜、あんまり嬉しくないなぁ。 ゼッケンを装着し、明日の服装を確認。ハイネックの半そでシャツの下に おなかが冷えないようにランシャツを着よう。下は、ロングのスタビュラックスに。 明日は4時起きなので、早く寝ようと思いながらの24時の就寝。 やはり、目が冴えて眠れず。どうなることやら。。。(つづく)
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ソウルからの更新です。 結果の報告を手短にいたしますが、残念ながら没レースでした。 初めて4時間越えの4:02'です。 (なんか最近言い訳ばっかりですが。。。。) なんと、レース直前にレース用シューズを紛失しました。 (これは100%自責の失敗でした) で、会場までのjogで履いて行った1年半落ちの練習用シューズ にて走らざるを得ない状況に。 10Km過ぎで早くも限界が見えたので、気分はリタイヤだったのですが、 どんだけ酷いのか怖いもの見たさで最後まで走ることにしました。 結果的には、記録より記憶のレース、
走って良かったと思っていますが、詳細はまた後日。 |
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車の話ではありません。 2005年11月、ヒョンな切欠からダイエット+ランニングを始め、『自らの脚』により積み重ねた走行距離のことです。 それ以来、ランニングとの付き合いは、なんと4年目になりました。 推移は以下の通り、日々コンスタントに走り続け、昨日の『青梅マラソン2009』で延べ1万kmを達成しました。 走り始めた当初、まさか『フルマラソン』の完走ができ、 ましてや『サブ3.5』を達成し、サブ3を目指そうなどと誰が予想したでしょう。 これもひとえに、ブログ仲間の皆様の厚い励ましとサポートのおかげと感謝しています。 これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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