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どうも、このブログが重くてパソコンを替えるまでは書き込めそうにないと思っていたのですが、またぼちぼち書き始めます…。 スクールバスの運行は、一日3回。朝に自宅から1時間ほどかけて園児をピックアップして9時までに幼稚園へ載せて行く。昼は12時に年少組を家へ送り、2時半に年長組を送る。私の他にJimmyとJackいうアメリカ人の運転手がいて、彼らは朝と臨時の時のドライバーだった。 私の前任者は、シンガポール人だったが、母国に住む母親が病気のため、すぐにでも帰りたいとのことで、私が引継ぎをしたのは一日だけだった。 まず、朝のコースに驚く。ただでさえ複雑で一方通行の多いニューヨークのクィーンズ地区を高速道路を3本も乗り降りして行かなければならないのだ。しかも治安が悪いことや交通安全の観点から、必ず子どもの家やアパートに横付けにしなければいけない。およそ10ヶ所を5分以内の誤差でピックアップしろというのだ。 「無理だ。」 何しろ、私は日本でも一年半しか運転したことがない。しかも広々した北海道の田舎道を。さらには、右ハンドルも、右側通行も、オートマチック車もはじめてなのだ。おまけに、私は方向音痴なのだ。多くの幼い子どもの命を預かるスクールバスの運転手なんて…。 「絶対、無理。」 滅多に絶対と言う言葉を使わないようにしている自分も、さすがにこの時は無謀だと思った。 そして、断るなら早い方がいいと思った。 自分の車まで貸してくれて、野良犬のような自分に救いの手を差し伸べてくれた園長さんには、申し訳ないが、正直に女園長に告げることにした。 おとなしく皿洗いの仕事を続けて、帰りの旅費が貯まったら、年内にはロスアンゼルス経由で帰国しようと思った。せっかくのチャンスだが、あまりにも自分の能力を越えている。危険が多すぎる。 翌日は、以前運転手をしていた日本人が私のステイ先までスクールバスで迎えに来ることになっていた。
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