|
翌日、8時ちょうどに木下さんがやってきた。30代前半の真田広之似の好青年だった。今は、ニュージャージーで、空手を教えているという。 このときから4年後の1988年に、『ニューヨーク恋物語』という田村正和主演で、井上陽水のリバーサイドホテルという主題歌が使われてドラマが放映された。このときに真田広之がマンハッタンの幼稚園に勤務する坂下正弘というスクールバスのドライバーとして出演していたと記憶している。偶然だったのだろうか…。 木下さんの指導は厳しかった。まずはブレーキ。とにかく2歳半から5歳未満の幼児を乗せているので、シートベルトをしているものの、急ブレーキは厳禁。確実に座席から滑り落ちてしまう。乗り降りのドアは手動で開けるのだが、必ず周囲を確認し、保護者の有無と不審者がいないことを確認してから開閉する。スクールバスが停車している間は、赤のランプを点滅させ、周囲の車が停車か徐行するのを確認する必要もあった。 もっとも混乱したのは、故障している信号機が多いことだ。コンピュータ制御になっているのだが、信号自体は上から釣り下がって揺れている…。 最悪の場合は、コースを変更する必要がある。そうなるとナビなんてない当時のこと、地図を片手に一方通行の多い道を行ったり来たりすることになる。 その困難さを克服できたのは、子どもたちとお母さん方との出会いだった。ほとんどが日本人や日系人ということもあって、日本人の私が新しいドライバーになることをとても喜んでくらたのだ。 「これは、やるっきゃないな…。」 窮すれば通ず。方向音痴のはずの私が、複雑なニューヨーク、クィーンズ区の道を3日でマスターし、気がつけば、アメリカに来てわずか2週間にしてスクールバスのドライバーになってしまったのだった。
|
全体表示
[ リスト ]



なんかすごいなぁ。私も方向音痴なのですが、余計になんかこわいですよね。
すごい。
2009/9/29(火) 午後 1:03 [ hiro ]
hiroさんコメントありがとう。当時は、とにかく無我夢中でした。今はなんとなく毎日を生きている感じなので、自分自身に喝を入れるためにも、また書き始めます。
2009/9/29(火) 午後 10:11