|
いきなり失敗してしまった。朝8時に家を出て、最初のピックアップが8時15分。ハイウェイを乗り継ぐなどして幼稚園には、9時に着く予定だった。 しかし、到着したのはなんと11時だった。 木下さんと一緒に練習した時は、5分ほど遅れることはあったが、ほとんど定時に到着していた。ところが、信号機が壊れていたことで、回り道をすることになり、道に迷ってしまったのだ。携帯電話もナビもない、当時のこと…、途方にくれてしまった。 公衆電話をかけたくても、幼児を乗せたまま運転席から離れることは固く禁じられている。 それでも、なんとか走り回って次の家を見つけることができた。ところが、時間がずれてしまっているため、幼児の家やアパートへ行っても、玄関先で待っていず、アパートの4階から降りてくるのを待たなければならないなどという悪循環が起きてしまった。 3時間近くもかかって幼稚園に着いたときは、数人の幼児が、吐いていた…。園長は、烈火の如く怒っていた。なにしろ、年少組の子は12時には、帰りのバスに乗るわけで、この日の保育の時間は1時間しかないことになってしまう…。 バケツとモップでバスの中の掃除が終わると、すぐに年少組の帰りのバスの運転。その直前に、他のアメリカ人のドライバーと打合せ。もちろん通訳なんて誰もしてくれない。欠席や親が迎えに来ることもあるので、コースと乗っていく幼児の確認をしなければならないのだ。もちろん通訳はいない。 年少の幼児を家に送り届けたあとは、再び幼稚園に戻って、簡単に食事をすませてから、保育活動に参加し、2時半に年長組の幼児を送り届ける。これは、順調に行き、3時半には間借りしているレゴパークの家にもどれた。 その後、地下鉄に乗ってマンハッタンへ行き、6時から深夜まで皿洗い。 一週間前はホームレス同然だった男が、今は二つの仕事をもつことになったのだ。
|
全体表示
[ リスト ]



ただ運転するだけでオーケーではないんですね。難しい仕事ですね。
2009/10/4(日) 午前 0:18 [ hiro ]
おまけに治安が最悪だった1980年代のニューヨークだったので…。でも、大変だったけど毎日がとても充実していました。
2009/10/4(日) 午前 8:09