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大内青琥さんの13回忌の記念として出版された遺稿集を、ご遺族からご恵送頂きました。 大内青琥さんは1980年代にヤップ島に滞在して現地の人たちと深く交わっておられましたが、その時に書いておられた日記を国立民族学博物館に文化人類学の一次資料として収集してもらう際、間に入って交渉役を引き受けたことがあります。 この遺稿集も青琥さんがミクロネシアに滞在しておられた時期に書かれたエッセイ的な文章がまとめられています。 |
ミクロネシア
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ミクロネシアの航海カヌー文化に関する記事
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エリック・メッツガーからメールが来ました。 シミオン・ホクレアとムソウマルの先日の航海(行方不明かと話題になったあれ)のフォトレポートを公開したそうです。ここ。 中央カロリン諸島への連絡船「カロリン・ヴォヤージャー」に2艘の航海カヌーが積み込まれるシーンから始まって、ラモトレック(出発地点がサタワルでもプルワットでもなくラモトレック、というのが渋い)で海に下ろされるシーンとか、航海中の船内とか、本当にミクロネシアの航海カヌーに乗ってグアムまで旅しているような気分になれますよ。マウ先生曰く「サタワルあたりの航海カヌーに較べると外洋航行の性能はイマイチ劣る」というヤップ本島デザイン・建造の老兵「ムソウマル」(拓海広志さんのアルバトロスクラブが資金提供してパラオまで石貨を造りに行った船)が、それでもちゃんとグアムまでやってきたっていうのがまた感慨深い。 Wレバーにボスフリー6速11-23Tスプロケットの大昔のクロモリフレーム、もちろんコンパクトクランクなんか使えない50T-40Tクランクで風張林道上れたぞ、みたいな。 そういえば秋休みにはうちのゼミ生たちがグアム行くんだよなあ(笑) 今度はシカウ師の「クエスト」でも見に行かせようかな。 ※某所から連絡があり、今回航海に出たのは数年前にヤップ本島で新造された2代目ムソウマルだということが判りました。同じ名前付けるなよな! いや、良いんですけどね、それもまた。
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私が大内青琥画伯のご遺族にご提案して実現した、「ペサウ」建造と小笠原までの航海の時期の大内青琥画伯の日記の国立民族学博物館収蔵の件ですが、ようやく資料の整理が終わり、「民族学研究アーカイブス」の中の「大内青琥アーカイブス」として公開されました。 大内画伯の字はかなりの癖字で、慣れないと読むのは難しいかと思いますが、ともかく航海カヌー文化史の貴重な1ページを伝える一次史料がこうして万全の保存体制で保存されることになったというのは、嬉しい限りです。
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プルワット出身でグアム島を根拠とするTASI(Tradition About Seafaring Islands)を指導する航法師、マニー・シカウ師の談話です。 「彼は偉大な人物で、大航法師(Grand Master Navigator)というべき存在だった。私が航法術を学んでいる時代から、彼は私の目標だった。」
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