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雑誌やウェブメディアの編集者で目立つのが好きな人が、業務を通して自分のとこに集まってくる情報をウェブ発信してそこそこフォロワーが付くというのをたまに見かける。 情報が早かったり一次ソースに触れられたりするからそれなりに価値がある情報発信である一方で、彼・彼女の価値は、多くの場合、まさにそこにしかない。 そこを勘違いして、論客気取りで諸々を語るようになると、思考の浅さが露呈して痛いことになる。 雑誌編集者の仕事は、言ってみれば仕入れてきた情報をもっともらしく加工して右から左へ流すこと。そこで求められるのは、買い手/読み手に半月ばかりの間、そんなもんかと思わせておく幻惑の手管だ(それはそれでニーズがある商売だからよしとする)。 一方、何かについてきちんと議論するときに必要なのは、自分はどんな情報源に基づいて何をどのように考えたかを示すことだ。詳しく知らない領域については、自分はこの領域は専門外なので一般論しか言えない、とか、こういう文献を読んだ限りではこう考えることが出来そうだ、とか書く必要がある。 つまり、雑誌編集者のやることと誠実な論客のやることは本質的に真逆なわけだ。 だが目立ちたがり編集者はしばしばそこを理解せず、産直採れたて情報を、それが産直採れたてであるというだけで、いかにもこれが答えだみたいな顔でドンと客の前に置く。特に外国に明確に「本場」があって、会社のカネで「本場」に行けちゃったり、「本場」の住民とお知り合いになれたりすると、もういけない。俺、「本場」知ってるから。今、あっちではみんなこういうことを話してるんですよお客さん(ドヤ顔)!! 痛い。 どうしようもないんだけどねもうこれ。そういう人ってそれなりに組織の中では上の方にいる人なので、厳しく突っ込まれると怒っちゃうから。
もちろん編集のスキルとは別に何かの分野についてきちんと勉強している人は別です。そういう人は自分の専門領域は何かがちゃんと見えているので、痛いことにはならないし。 |
コミュニケーション
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RPAを導入するとアナウンスして猛反発を食らった話。ああ・・・・目に浮かぶようだ。
私も、めいっぱいICTを活用して徹底的にムダを無くした仕組みを構築しようと挑戦してみたことがあるのですが、もちろん失敗しました。
理由はもちろん中高年社員の皆様のお気持ち問題ですが、そもそも事業所作った場所が市場の無い場所で、そこに「社長、ここに事業所作ればボクの人脈で3ヶ月で単月黒字に出来ます」と甘い夢を吹き込んだ人がいて、でもまったくそんなことは無かった(けれどその場所にしては相場よりマシな数字は出したぞ俺は)けれど、社長はその数字をノルマにして上手く行かないのは全部何故かその詐欺師ではなく私のせいにして、上記ICT化も上手く行かない理由の一つにされて(あんたもやろうって最初は盛り上がってただろうが)、元大手企業の部長だったという還暦おじさんがここぞとばかりに社長に取り入って自分ならここを黒字化出来ますとまた甘い夢を囁いて、アホくさいから私はさっさと船を下りましたが、結局上手く行っているという話は聞かない。
最初の詐欺師も詐欺の数字で契約した法外な給料を貰えるだけ貰って逃亡したそうな。 教訓ですか? お仕事の相手の人間性はよく見極めましょう。それに尽きると思った。 |
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先日開催された立教校友会婚活パーティー。潜入させた草たちからの報告が上がり始めています(諜報機関か秘密結社みたいな元かとうゼミ)。 表向きは30+30人のヘテロセクシャル参加で4組成約とのことですが、実際には表の成約率と裏の成約率は全く異なっていて、結果はこれから徐々に(見える人にだけ)見えてくるはずでございます御屋形様。 そうかそうか一安心じゃ。引き続き確実なクロージングまで気を抜かずに進めて下さい。与信管理上の注意点として、以下の諸点に引っかからないかどうかが第一関門です。
序盤のデートはこのチェックポイントで引っかからなければ全部通すくらいで進めて下さい。良いですね? で、今の人ってデートはどこ行くの? いきなり居酒屋って前にどっかで聞いて驚いたことがあるんだけど。 え、いきなり居酒屋で晩ごはんが初回デート定番? なんたる自信満々な男たちだ。 それってお笑いで言えば90分間のワンマンライブを一見さんしかいないお客さんの前でやるのと同じですよ。そんなこと出来る人が婚活パーティー来ますかね。婚活パーティーにたどり着く前に上流で捕獲されてそのままダンナにされてる可能性高いでしょ。 先生はどうしてたんですか? 私はお金払ってエンタメのプロの力を借りてましたね。遊園地でも美術館でもライブハウスでも映画でも小劇場演劇でもなんでも良いんですが。そういうとこはお客さん楽しませることのプロだから、単純に2時間持つじゃないですか。その間に相手の反応を徹底観察して、どういうことに興味持ってるかとかどういうポイントでウケてるのかとか、データをアタマに叩き込んで、その後のトークの組み立てを考えるんですよ。 前座にプロ頼んで場を暖めておいてもらって、ついでにプロの振ったネタを拾っておいて自分のトークで回収するわけですよ。それなら第2ラウンド90分間も天使通過事故を阻止出来る可能性が高い。 いくらコミュ力に自信があっても、いきなり居酒屋デートは回避が無難だと思いますよ。なんとか凌げるのかもしれないけど、わざわざハードモードから入る必要も無いんじゃないかな。カネでなんとかなる話はカネで解決せよ。プロのエンタメで底上げだ。 と、ここまで書いておいてですが妻はそういう形で成約したパターンではなく、気づいたらなんかくっついてきてた人でした。あと3ヶ月で結婚20年です。知り合ってからだと来年で28年目! まさに人生の伴侶。
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私がなぜ、ラストショットブック&トートを「3500円」で、「科学館のミュージアムショップ」で、売ろうとしているのか。 バカ売れするとは思っていません。1館あたり月に3セットとか4セットくらいでも十分だと思っています。そこにあることが大事なのです。 なぜならば。 ちょっとした思考実験です。 もしもラストショットブック&トートが100円だったら売れるでしょうか? そりゃ売れるでしょう。原価2000円くらい(本当ですよ)のものを100円なんて掴み取り状態ですね。あっという間に売り切れでしょう。 200円でもそうでしょう。 300円。400円。500円。まだまだお得ですね。 1000円。シルクスクリーンで単純な図柄をプリントしたトートバッグに比べればまだお買い得感がある。 2000円。 そろそろ安さとかお買い得の問題じゃなくなってきますね。手に入る使用価値に対する支払い価格で考えると、取り敢えず見ずてんでも買っとけみたいな爆発的なお買い得感は無くなっている。 3500円。 この辺まで来ると、年収2000万円くらいの人でもないと、ノールックでは買えない。誰でもしばらくは考えますでしょう。 自分はこれが欲しいのか。 自分はこれが欲しいとして、なぜ欲しいのか。 自分はこれを買うことで、何を手に入れようとしているのか。 使用価値を超えるなにかを感じない限り、ブックレットとトートバッグのセットに3500円は払いませんよね。あなたも私も。 でもね、良いですか、私は「これが良い科学館・頑張っているプラネタリウムのミュージアムショップに置かれていることは、ホスピタリティ」だと思う。 何故か。 よほど気合の入った科学マニアのご家庭、親子であっても、特定の科学館に5回も10回も通うなんてことはありません。 うちでさえ、科学技術館や科博や六都科学館や科学未来館、名古屋市科学館、このクラスで3回か4回ですそれぞれ。これまでに。地方の科学館の場合は1度きりであることが多いです。 そして、一般的な家なら小学校高学年にもなれば科学館よりサッカーだ。塾だ。テニスだ。ピアノだ。ですよね? あなたの子どもの生涯で、子どもとして、どこかの科学館に行って、心の底から楽しんで、今日は素晴らしい一日を過ごしたという思い出を作る機会はせいぜい2回か3回でしょう。 そんな希少な、もしかしたら人生で一度きりかもしれない、素敵な科学館の思い出を、何か形にして持って帰りたい。そういうニーズは絶対にあるはずです。多くはないかもしれないけれど。 そのときに、ちょっと高いかもしれないけれど、心をこめてデザインされて制作されたミュージアムグッズが。大人になるまで手元に残っているようなミュージアムグッズが。大人になってもなお、あの日は楽しかったなあと思い出せるようなミュージアムグッズが。 一つも無いってのは、おかしい。 これはね、ある程度は高くなくちゃだめなんです。たとえ100円や200円で原価2000円のものを手に入れたとして、それは一生の思い出の依代になるでしょうか? ならないですよ。 2000円、3000円という、ちょっと考えるくらいのお金を払うこと、それ自体に重みがあり意味がある。何故ならば、その重さのお金はあなた自身の価値観を示すもの、あなたの一部だから。 あなたの一部であるまとまったお金を科学館に置いて、その代わりに心を込めて作られた何かを持ち帰る。その時、あなたと科学館の間で縁が結ばれる。神社の御札みたいなもんですよ。 そういうものがちゃんとミュージアムショップにあるべきだ。そう思ったからこれを作りました。
科学館の中の皆さん、自分たちが心を込めて運営している科学館に来てくれた子どもたちが最高の思い出を、一生の思い出を持ち帰るならば、その容れ物が必要だと思いませんか? |
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私のブログは「新井紀子 批判」で検索して来る方が毎日いらっしゃる不思議な場所で、一体どれくらいの検索順位で出るんだろうと思うわけですが・・・
今調べたらこの記事が2位だった(・∀・) なんでそんなことに・・・・やばいよやばいよ。
いやあこれ私もう金輪際科研費なんか通らないじゃないですか!
こうなったらもう失うものなんか無いので、引き続き新井紀子先生について色々と考えてみたいと思います。
今日はこんなまとめがバズっていました。
かいつまんで言うと、
・新井紀子が東ロボちゃんプロジェクトで取り組んでいたタスクの一部である、コンピュータによる文意理解(の代用となる機能)において、東ロボたんが開発中止になってから超速の進化を見せている。
・特にGoogleが開発しているBERTという仕組みが凄いらしい。
・新井紀子はコンピュータには文章読解は無理と言っていたけど、間違いだったんじゃないの?
という指摘です。
これについての私の考えを述べます。
うろ覚えではありますが、新井紀子が主張していたのは「機械には自然言語で使われる言葉の意味を人間のようには理解出来ない」だったと思います。また、文章の読解力についても、彼女の開発したRSTというテストで、彼女が生みの親のくせにモラハラとDVの限りを尽くす(「空気読めない」とか「MARCHは入れるけど東大は無理だった」とか言いふらす毒親怖いっす)可哀想な子の東ロボさんに負ける中高生がいっぱいいたし、東大生でさえ東ロボにゃんに負ける子が珍しくなかったから、日本の子供はコンピュータより読解力が低い、というのが彼女の主張だったはずです。
一方、BERTが達成したのはスタンフォード大学による言語理解のベンチマークテストにおける人間以上のスコアであって、BERTが人間と同じような仕組みで言語を理解しているわけではないことに注意が必要です。
つまり、今の所、Googleのバートくんは新井紀子の主張を覆してはいません。東ロボ姫とバートちゃまは直接干戈を交えたわけでもないので、実際には東ロボPの方がハイスコアな可能性さえゼロではないのです。
とはいえ。
実際に作るかどうかはともかくとして、Googleがカネに糸目を付けずにやれば東大入試を突破するAIは、1年以内に作れると私は予想します。
一方、人間と同じような仕組みで、同じように自然言語を理解し操るAIが実現するかどうかは、私にはわかりません。出来ないとは言い切れません。出来るとか出来ないとか断言することは、研究者の端くれとして、出来ません。新井紀子は少なくともディープラーニングでは人間のような形での意味理解をコンピュータに実装することは出来ないと考えているようですが、それもまた何とも言えません。断言出来るほどの材料が無い。
断言出来ないという視点から、少し話題を広げてみましょう。
新井紀子が言うように、RPAなど業務用AIの実装が進む社会は、失業者であふれるのでしょうか。実際に先日会った教え子は、年末調整を今年からAIがやるようになったので、11月だけどヒマで困ってますと苦笑いしていました。こうしたバックオフィスのマンパワーの余剰に対し、日本企業はバックオフィスからミドルオフィスやフロントオフィスへの配置転換で対応するというアナウンスをしていますね。新井紀子がテレビで執拗に噛み付いていた(スタンドプレーにも程があるだろうに)ソフトバンクもその方針を明らかにしています。
それに対応する処方箋は、やはり新井紀子の言うようにRSTで読解力を分析して、受験ブランド校の入試対策をすることなのでしょうか。
AIが本当に失業者を増やすのかどうかは、その社会の制度にもよりますし、社会制度は常に変化しますし、そもそも社会は複雑すぎるので、実際に何が起こるのか予想は不可能です。
そしてRSTのスコアアップによる失業回避という発想も、筋が違うと自分は思います。が、これも正しい答えは私にはわかりません。
ミッチェル・レズニックらがScratchを通して進めている創造性を養う教育が答えなのかというと、やはり同じ話で、社会は複雑すぎるので、何とも言えないという結論になります。レズニックらのメソッドが合う子は少なくないでしょう。今現在の世界の初等中等教育のレベルを、レズニックらのメソッドが進化させることはまず間違い無いでしょう。でも、個人がいくら創造的になったとしても、組織のありようがそれに合わせてアップデートされなければ大半の創造性は組織の中で殺されてしまいます(骨身に沁みてるよ教え子たち見てて)。
かように未来予測は難しく、「少なくともこれだけは言える」ということを多くの研究者が持ち寄ってすり合わせて積み上げたとしても、やはり難しい。
一方で、新井紀子は断定が大好きです。
これはこうだ! と言い切る。
反論すればアカウントブロック。
反論しそうな気配を見せただけでもアカウントブロック。
目障りな論敵は科研費審査で落とすと恫喝してみたり。
論敵を黙らせるのに夫(数論の権威)の名前を持ち出したり。
こうした振る舞いは、研究者としては明らかに下品です。今回のまとめがバズった背景には、そうした品の無さへの反感もあるでしょう。
彼女は良くも悪くも「極道の妻たち」の岩下志麻のような姉御キャラで、相手をねじ伏せるためなら研究者として明らかに踏み外したことも平気でやる人です。
ですが、商品としての新井紀子の魅力もそこにあります。
姉御! そう来なくっちゃ!!! ・・・実際、今の彼女には「売る」力があります。これは私も含めてビジネスパーソンなら喉から手が出る程に欲しい力です。彼女の個人的関心は既に勝ち目の無いAI開発からRSTをテコにした教育産業への進出へと移行しているように思いますが、いずれにせよ彼女が「売れる」人間である限り、取り巻きは寄ってくるでしょう。RSTが齋藤孝の「声に出して読みたい日本語」みたいに大当たりすれば、文科大臣さえ夢ではないと思います。
きっとそこは、彼女がこれまでの生涯を賭して追い求めてきた何かが最大限の規模で成就する場所でしょう。
仮にそうなったとして。その椅子の上で彼女が何を創り出すのか。それは私にはわかりませんが。
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