ここから本文です

書庫東南アジア島嶼部

オセアニアの海洋文化のルーツとされる島嶼部東南アジア(フィリピン、インドネシアなど)の海洋文化、特に「漂海民文化」に関する記事
記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

 インドネシア政府と日本マジャパヒト協会という組織が共同で建造した復元船が、7月10日に那覇港に入るそうです。船はマジャパヒト王国がジャワ島で栄えた13世紀頃の設計と工法そのままだそうですが、どのような航法技術で航海中なのかは不明。

 肝心の船ですが、http://www.j-majapahit.com/uploads/imgf8ec36b9cb555ee7b8bb4.gif格好いいっすよ。建造中の画像を見ると、いかにもアジア・オセアニア的な準構造船で、ダブルアウトリガー仕様。

 当初の予定では那覇以外に長崎や大阪、東京にも寄港することになっていたようですが、現計画でどうなっているのか気になります。

太平公主がホノルルに

 2007年のホクレアのミクロネシア航海の現地レポートを敢行したスターブレティン紙のガリー・クボタ(Garyを日本ではこれまでゲイリーとカタカナ化することが多かったのですが、私の記憶の限りでは英語話者はGaryを「ギャリィ」とか「ガリィ」と発音していますね)記者の記事です。

http://www.starbulletin.com/news/hawaiinews/20090102_Restoring_ocean_pride.html

 台湾で一昨年に建造された伝統的なジャンクの「太平公主」がカリフォルニアまでの太平洋横断航海を行い、その帰り道にハワイに立ち寄ったとのこと。私も知らなかったんですが、この船、往路には日本にも寄港していたんですね。奄美大島の名瀬とか、和歌山の白浜に立ち寄っていたそうです。

「 台湾のジャンク船、名瀬港に/太平洋横断を前に寄港」
http://www.kyodoshi.com/news/574/

「世界へ旅する 太平公主」
http://scofits.mo-blog.jp/ayhavela/2008/07/post_f045.html

動画(名瀬港)
http://jp.youtube.com/watch?v=EXVk-b5C3Gw

 二つめのリンクは奄美の船大工、坪山さんのウェブログです。憶えておられる方もいるでしょう。ホクレアが急遽、名瀬に避難した際に受け入れの為に奔走された、あの人です。奄美では坪山さんとホクレアの話で盛り上がったとあります。

 クボタ記者の記事にもありますが、この太平公主プロジェクトもホクレアの1976年の航海に刺激されて始められたプロジェクトであるとのこと。中国の帆船の外洋航海の能力が不当に軽んじられているので、一発これでカリフォルニアまで行ってみせてやろうじゃねえかという話になり、6年かけて伝統的なジャンクを建造したんだとか。今回、見事にその目的は達成されたわけですね。

 太平公主は2月上旬にホノルルを出航してマーシャル諸島経由で台湾に戻り、ついでに香港にまで足を伸ばす予定だそうです。

 

 石川直樹さんは順番で言うと3番目、チャド・バイバイヤン船長と林和代さんの次に登壇されました。石川さんは写真家でもあるので、ご自身で撮影された写真を豊富に使ってのお話し。

 私が石川さんにお願いしたのは、「ヤポネシア」という言葉のイメージをもう少し解りやすくしてくれればということでした。ホクレアの日本航海を巡ってはこの言葉をキーワードとして使う方も何人かいらっしゃったのですが、私にはどうにもこの言葉を使う意味が解らなかったんですね。響きが面白いとか格好いいとか「ポリネシア」に似ているとか、それ以上に何か建設的な意味があるんだろうかと。

 そこで、石川さんなりの理解で「ヤポネシア」という言葉について私たちに教えてくれと頼んだわけです。

 石川さんはまず南西諸島の写真を次々に見せてくださいました。お祭りや聖地に特に拘っていると石川さんはおっしゃっていましたが。それらの写真に続けて東南アジア島嶼部のお祭りや聖地の写真。するとこれが確かにそっくりなんですね。適当に入れ替えてもバレないくらいに似ている。面白い。

 続いて石川さんは北海道の写真とアラスカの写真を。これも似ている。う〜む、そう来たか。こうしてまず石川さんは、日本列島が南の方から北の方へと緩やかに変化しながらも連続的に続いていっている文化の存在を視覚的に見せてくれました。その上で、半島とか離島は中央から見れば地の果てであり末端部なのだけれど、そういう場所を良く見ると実は海上交通によって別の土地と繋がりあっていて、決して文化のドン詰まり地形なのではないと指摘されます。

 視点を変えようというわけですね。日本列島というものを東京に中心がある一つの塊として見れば、東京以外は全部多かれ少なかれ末端です。全てのものは東京から始まり、それ以外の土地にやって来るというようなイメージ。しかし実際には日本列島はそういう単純な中心・周縁あるいはツリー状の文化モデル、交通モデルでは捉えられないもんであると。「ヤポネシア」という概念を使うことによって、そういった視点の変換が可能になるのではないか。

 そういう問題提起でした。

チヌリクラン顛末

 昨日は私を含む航海カヌー・マニア数名で、文化人類学系の映像プロダクション、「ヴィジュアル・フォークロア」にお邪魔して参りました。ヴィジュアル・フォークロアは門田修さんの「海工房」などと同じく、学術系の映像製作に片足を突っ込んだ映像プロダクションで(というか代表の北村さんは門田さんの先輩格で、勿論二人はお知り合いだそうです)、昨日はヴィジュアル・フォークロアさんがこれまでに製作されたカヌー関係のドキュメンタリーを見せていただきに窺ったわけです。

 新宿御苑のすぐ脇にあるオフィスの本棚には、文化人類学の専門書がずらりと並んでおりまして、まるでどこかの大学の研究室のようでした。

 さて、昨日見せていただいた中で最も印象に残ったのは、若きイングランド人スタッフのアンドリュー・リモンドさんがここ数年取り組んでおられたという、台湾の蘭嶼島の先住民、ヤミ族のドキュメンタリーでした。ヤミ族は伝統的にトビウオ漁が盛んなのですが、そのトビウオ漁に用いられる大型の木造漁船「チヌリクラン」が、村で数十年ぶりに建造されて進水するまでを追ったドキュメンタリーです。

 チヌリクランというのはこんな船です。パンの木から造ります。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/umdb/pcdview.cgi?volume=pcd3548&img=88&size=3&flip=

 その内容は、このドキュメンタリーが公開された時のお楽しみということで、敢えて書くのを止しますが、一つだけ非常に印象に残った部分がありますので、そこだけチラ見的にご紹介しましょう。

 チヌリクランそのものは、村の男たち総出でともかく完成し、海に浮かべられます。問題はその後です。チヌリクランを使うには10人の漕ぎ手(パドルではなくオールで漕ぎます)が必要なのですが、この漕ぎ手が集まらないのです。船が出来るまでは盛り上がったのですが、いざ船を使おうとしても、人が集まらない。老人たちは、「若者たちは伝統文化の継承に興味が無い」と嘆きます。一方、若者たちは、チヌリクランを出しても獲物となるトビウオが充分に獲れないことを問題とします。

 実は、台湾島から近代的な漁船が蘭嶼島沖までやって来て、巻き網のような近代漁法でトビウオを根こそぎ乱獲しており、チヌリクランが操業するような場所ではもうトビウオは殆ど獲れない状態になっていたのです(リモンドさんの話では、つい最近になって台湾島の漁船のトビウオ漁は禁止されたそうです)。

 結局、チヌリクランは使われないままに野ざらしで浜に置かれたままとなってしまいます。

 ここには一つの教訓があります。伝統船を再建したとして、その船が普段の生活の中に無理なく溶け込んで存在出来るような状況が整備されていなければならない。さもないと、船は造っただけで終わりになってしまう。その為には、社会状況に合わせた船の運用体制のデザインの最適化も必要でしょう。そして自然環境もまた、きちんと手入れされていなければならない。伝統船は、それを取り巻く社会・自然と不可分なのです。

※他にもチヌリクランを建造した村はいくつかあるようですが、やはり「造って海に出して終わり」のようです。
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/00695/contents/0022.htm

海の文化史

 今日は本の紹介。

 後藤明(1996)『海の文化史:ソロモン諸島のラグーン世界』未来社

 後藤さんは東大の修士課程を出られた後にハワイ大に留学されて、そこで考古学、文化人類学、言語学を学んでPh.D.を取得されたという方なのですが、ハワイで師事されたのがかの篠遠喜彦先生やパトリック・ヴィントン・カーチ先生(いずれもポリネシアの考古学の大家)。あるいはベン・フィニー先生(ポリネシア航海協会創設者の一人、文化人類学者)という、錚々たるメンバーです。

 それで、後藤さんはご自身では「考古学と文化人類学の境界領域をやっている」とこの本でも書いておられるのですね。境界領域というよりは、「考古学の研究成果を積極的に参照した文化人類学」というように私には感じられますけども。

 さて、この本は、そんな後藤さんのそれまでの研究を駆け足で紹介したものです。タイトルにはソロモン諸島(メラネシアに含まれる)とありますが、東南アジアやポリネシアの話もわりとちょくちょく出てきます。日本の話もですね。後藤さんとメールを遣り取りしていると、今日はフィリピン、明日は台湾、一昨日は沖縄という具合に、なにやらいつもあちこちを飛び回っておられて、どうにも「この地域が専門」「現在はこの地域を集中的に研究している」というものが判りづらいのですが、実際にこの本も、ちょっと内容は散漫かなあ、という印象です。本一冊を通して、読者をぐいぐいと引っ張っていく牽引力に欠ける気がする。

 実は後藤さんは、調査対象にしているフィールドは異常に多彩なのですが、学問的な手法はすごく手堅くて、淡々と、あるいは黙々と、「これだけは確実に言える」というファクトを積み重ねて論文を書かれるタイプの研究者です。個々の論文では夢は語らない。石橋は構造計算書までチェックしてから渡る。だから、後藤さんの個々の論文は、その地域そのテーマに関心がある研究者には「読みやすい」けれども、通りすがりの素人を魅了するフェロモンは決定的に欠けているんです。

 これは、悪口じゃないですよ。日本で活動する研究者としてはむしろ有利な特性。素人受けする外連味の効いた研究者は一段低く見られる世界ですから。論文の文章はつまらなければつまらないほど良い。査読を通りやすい。それが日本です。それに後藤さんは素人を意識して書いた『海を渡ったモンゴロイド』では、一転してとても魅力的な夢を語っている。その気になれば、そういうものを書く技倆が後藤さんにはある。

 ただ。この本に関しては、うっかりしたものか、研究者としての後藤さんの文章がかなり残ってしまっているんですね。ですから、研究者・後藤明の論文をなんとなく並べた本に近い。部分部分では魅力的な描写があり、雄大な夢や、おっと思わせる指摘がありますけれども、全体として一つの作品にはなっていない。私はそう感じました。

 とはいえ、この本は、ソロモン諸島の離島に暮らすメラネシア系住民の民族誌としては、手に入りやすい方ですし、文章も平易で個々の章も短いですから、そういったテーマに興味があれば、是非読んでみることをお奨めします。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
加藤晃生
加藤晃生
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン

みんなの更新記事