ざわめきの交差点(北摂市民ネット ブログ)

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 ≪火の鳥です≫

 「いく時代かがありまして、茶色い戦争もありました」
 これは、中原中也の詩だ。

 幾多の年輪を重ねて、多くのことを見て来たように思う。
 私が大学に入った年、狭山事件の高等裁判所の判決があった。
 1974年。今から38年も前になる。

 学内では、遅く来た「大学闘争」と言われる、大きなうねりがあった。
 当時、「大学を考える会」の一員だった私は、ノンセクトの活動家として、
 この大きなうねりの中に巻き込まれていった。

 多くの学友が逮捕され、起訴された。
 ノンセクトの中でも四部五裂し、
 それでも、起訴された友人達の支援活動と、公判闘争をやっていた。

 大学構内の「留年坂」と呼ばれる坂の上で、
 空を見上げて、ウツウツとしている私に、
 1つ上の先輩が、「新聞」を手渡した。
 「統一」と書かれたその新聞を、その時初めて手にした。

 あれから、38年。
 ずっと、読み続けていた。

 名前を「グローガル」と変えて、政治グループとして活動していたが、
 ついに、今年8月で解散するという。

イメージ 1
                        (解散を伝える新聞「グローガル」)

 突然のことで、ショックだった。

 私は、学生時代、その組織には1年もいなかった。
 時に三里塚・日本原の闘争の時代、
 「学内主義者」「大衆運動主義者」のレッテルを貼られてその組織を離れた。

 その後、ノンセクトの市民運動を30年以上やって来たが、
 しかし、いつも、横には「統一」があった。

 新左翼の新聞も色々あるが、威勢ばかり良くて、内容がないのが多い。
 その点、その時々の政治状況の分析が突っ込んだ視点で書かれていて、
 いつも、参考になっていた。

 その新聞もついにその発行をやめるという。

 時代は巡る。時代は変わる。
 
 私も、前を向いて歩きださないといけないと思う。
 まだまだ、若いはずだ。

 戦国の大大名になった毛利家の出発点は、毛利元就の決起だった。
 当時、彼は57歳。人生50年と言われた時代にである。

 38年間、「ありがとう!」そして「さようなら」

 寂しくなるけど、心からこの言葉を送りたい。
 それが今の私の心境である。

                                                  (火の鳥)

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