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水曜夜の『ブラタモリ』(丸の内)を見ていたら。 http://www.nhk.or.jp/buratamori/broadcast/index.html 江戸城の一角は『海』だったみたい。 丸の内(かつての大名屋敷)は、ほとんど埋め立て地。 江戸城のすぐ前に海が広がっていたというのは聞いたことが あるな。 興味をひかれたのが、東京駅の付近の鉄道の高架(レンガ造り) で、明治時代に作られたらしい。 東京駅近辺も元は海(浅い)だったわけで、地盤が悪い。 当時の土木技術では“杭は-松の丸太”である(松は腐りにくい) 10メートル以上のを、ものすごい数打ち込んだという。 そしてその高架の上を-今も電車が走っているのです。 …木の杭で支えられた上を。 もう完全に新しい技術で出来た高架の上を走っていると 思ってた。 “木の杭”-頑張ってますなあ。 ちなみに、木の杭は地下水の中だとほとんど腐りません、 濡れたり空気に触れたりしていると、すぐ腐りますけど。 遺跡とかで出るものも、地下水位より下にあった場合が多 いのだと思います。 世界的な埋め立て地といえば- “ベネチア”です。 あそこも木の杭で支えているはず、でも地盤沈下がかなり 進んで、かなりヤバイ状態になっているのは事実…。 〜近年、サンマルコ広場はさかんに水に浸かっています。 P.S. タモリと一緒に歩いている-久保田祐佳アナ-も、ちゃんと チェックしています、ご心配なく(笑 - - - - - - - 最近の“つぶやき”&“短歌” = ツイッターは… http://twitter.com/Hirochin_dos 最近の記事は… 「塗装職人の技術 」 http://blogs.yahoo.co.jp/holahola_123/60178437.html 「糖尿病通院日記10-10-14」 http://blogs.yahoo.co.jp/holahola_123/60175487.html 「大規模修繕-塗装で窓閉鎖』 http://blogs.yahoo.co.jp/holahola_123/60172172.html
つまり、江戸時代の土木工事が、いまでも東京の地盤を支えている、ってことですか? しかも、木材! 徳川の治世は すばらしい。 いいお話を 教えていただきました。
2010/10/16(土) 午後 1:35
ピンパパさん、東京は江戸時代にすでにかなり埋め立てが行なわれたようです、徳川が大名屋敷用に与えた土地が“海”というのも可笑しい。 木杭は最近の下手な杭より長持ちしそうです。高架の基礎の杭はもういまさら打ち直せないし、その必要もないと判断されるのでしょうね。 この番組は“古地図”を持って昔の名残を探すものです、京都も古地図があって見ているとけっこう面白い。我が家の辺りも昭和初期には数軒だけの“村”です^^
2010/10/16(土) 午後 1:50
木杭って凄いんですね! まさか丸の内が殆ど埋立地とは。 関東大震災がまた起きたら、どうなるんでしょうか。 液状化???
2010/10/16(土) 午後 3:05
木の杭で支えられてるとは。。知らなかった。 ちなみにベネチアが埋立地ってことも知りませんでした^^;ポチ
2010/10/16(土) 午後 6:23
Kapellさん、江戸城は陸で丸の内や東京駅の辺りはシジミでも取れそうな浅い海だったようです。この辺りは氷河期から陸になったり海になったりしているみたいです。 元海の部分は、大地震が来たら液状化は避けられません、杭で支えられた構造物はそのまま残り、地表が下がる感じになるでしょう。地下のライフラインが全部ダメになるでしょう。埋め立て地は数本の橋でつながっているだけなので結構厳しいと思います。
2010/10/16(土) 午後 8:36
アクアマリンさん、ちょっと前まで世界中-木の杭です。 ベネチアも陸と島と浅い海の部分を埋め立てて今の姿になりました、運河をゴンドラが通っていますが、元々は島との間の海。ポチありがとう。
2010/10/16(土) 午後 8:42
明治の丸の内界隈の油絵を見たら、草はらになっていました。明治時代には埋め立ても終わっていたようです。
2010/10/16(土) 午後 11:20 [ うまれ ]
うまれさん、徳川が各大名の屋敷を作らせたときに、丸の内はほぼ埋め立てられたようです。丸の内の街区が広くてしっかりしているのも、大名屋敷が広かった名残のようです。 明治時代にはハイカラな洋風建築が並んでいたのですが、関東大震災と戦争で壊滅したそうです。財閥系の記念館が今も残されているそうですね。
2010/10/17(日) 午前 1:39
最近できた三菱一号館美術館も丸の内にあります。
2010/10/17(日) 午後 9:46 [ うまれ ]
うまれさん、財閥はそういう時代の遺産を上手く残して欲しいですね。
2010/10/18(月) 午前 0:27
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小川菜摘
浅香あき恵
ルート33 堂土
つまり、江戸時代の土木工事が、いまでも東京の地盤を支えている、ってことですか? しかも、木材! 徳川の治世は すばらしい。
いいお話を 教えていただきました。
2010/10/16(土) 午後 1:35
ピンパパさん、東京は江戸時代にすでにかなり埋め立てが行なわれたようです、徳川が大名屋敷用に与えた土地が“海”というのも可笑しい。
木杭は最近の下手な杭より長持ちしそうです。高架の基礎の杭はもういまさら打ち直せないし、その必要もないと判断されるのでしょうね。
この番組は“古地図”を持って昔の名残を探すものです、京都も古地図があって見ているとけっこう面白い。我が家の辺りも昭和初期には数軒だけの“村”です^^
2010/10/16(土) 午後 1:50
木杭って凄いんですね!
まさか丸の内が殆ど埋立地とは。
関東大震災がまた起きたら、どうなるんでしょうか。
液状化???
2010/10/16(土) 午後 3:05
木の杭で支えられてるとは。。知らなかった。
ちなみにベネチアが埋立地ってことも知りませんでした^^;ポチ
2010/10/16(土) 午後 6:23
Kapellさん、江戸城は陸で丸の内や東京駅の辺りはシジミでも取れそうな浅い海だったようです。この辺りは氷河期から陸になったり海になったりしているみたいです。
元海の部分は、大地震が来たら液状化は避けられません、杭で支えられた構造物はそのまま残り、地表が下がる感じになるでしょう。地下のライフラインが全部ダメになるでしょう。埋め立て地は数本の橋でつながっているだけなので結構厳しいと思います。
2010/10/16(土) 午後 8:36
アクアマリンさん、ちょっと前まで世界中-木の杭です。
ベネチアも陸と島と浅い海の部分を埋め立てて今の姿になりました、運河をゴンドラが通っていますが、元々は島との間の海。ポチありがとう。
2010/10/16(土) 午後 8:42
明治の丸の内界隈の油絵を見たら、草はらになっていました。明治時代には埋め立ても終わっていたようです。
2010/10/16(土) 午後 11:20 [ うまれ ]
うまれさん、徳川が各大名の屋敷を作らせたときに、丸の内はほぼ埋め立てられたようです。丸の内の街区が広くてしっかりしているのも、大名屋敷が広かった名残のようです。
明治時代にはハイカラな洋風建築が並んでいたのですが、関東大震災と戦争で壊滅したそうです。財閥系の記念館が今も残されているそうですね。
2010/10/17(日) 午前 1:39
最近できた三菱一号館美術館も丸の内にあります。
2010/10/17(日) 午後 9:46 [ うまれ ]
うまれさん、財閥はそういう時代の遺産を上手く残して欲しいですね。
2010/10/18(月) 午前 0:27