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『難解』が、今では完全に消えた例を紹介しましょう。
音楽の話をします。
バッハの時代(300年ほど昔)以前には『短調』というも
のは、聴き手には違和感があったそうです。
単調というのは『ド』ではなくて『ラ』が土台で、最後も
『ラ』を含む音で終わりますが、…これが当時のひとには
「終わった」と感じにくかったらしい。
「終わり方、変だよ、モヤモヤする〜」
ところが、今の我々は『短調』〜「ちょっと感傷的でいい
わあ〜」となって、違和感がない。
更に、20世紀はじめのころの音楽でも…、
私が学生時代、音楽の先生に「ドビュッシーやラヴェルが
好きです。」と言ったら。
「うーん、君は変わったひとだねえ〜」ですって。
つまり、その先生の音楽理論では、ドビュッシーやラヴェ
ルの音の扱いは、19世紀の伝統的ドイツのクラシックとは
かなり違っていたのです。
でも、ドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』『月の光』
ラヴェルの『ボレロ』などは、盛んに聞かれていて、変だ
とは感じない。
ここが難しいところ、最初はドビュッシーもラヴェルも、
当時の専門家は受入れにくかった、それまでの音楽の決ま
りに反した変な!?音の動かし方だった。
専門家ほど - 何でこんな音の並べ方なのかワカラン!
でも、庶民は理屈は関係なし、心地よければそれでよし。
いまでは、専門家でも文句を言うひとはいません。
短歌の世界でも、こういうことは各時代にあったのだと思
います。
少し前に、歌人の穂村弘がデビューしたとき、どうにも理
解できん、というひとがかなりいたそうです。
でも、今では完全に若者の心をつかんで、大きな影響を与
えています。
もちろん穂村弘は短歌をよく解って、自分が生きている時
代もわかって、あえて斬新な自分の言葉を提示したのです。
〜ここが何より重要な点でしょう。
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