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 24日でクリスマスイヴ礼拝があります。
 
 賛美コンサートが中心の礼拝です。

夏休みに工作大会

イメージ 1 こんにちは。

 すごく久しぶりの更新。

 なんだか最近というか、、こっちに来てから何をするにも時間がかかってしまい・・・

 時間を上手に使えない感じでいます。。。

 もどかしい。。。


 もっといろいろやりたいことがあるのに残念な感じ・・

 どんどん時間が過ぎていき・・・もう8月になってしまったなんて、、、ショック・・

 年齢のせいかしらね。。。

 もうちっとぱっぱか動きたいホーリィさんでした。


 今週はお盆かぁ。。 

 親に会いに行かないとね。(東京下町在住)

 でも、今週は暑いなぁ。

 埼玉ってすごく暑い。

 東京の方が暑くないかも。。。


 まぁ、そんなにたいして変わんないと思うけど、、

 暑くてもたまには顔出ししないとね・・・

 清水にいた頃は六年半も顔を出さなかった時があるから・・・(^_^;)


 さて

 お盆が終わってから・・・8月20日に教会で工作大会をします。

 教会学校をやっていない教会だけど、何人かの子どもたちが参加してくれたらうれしい。


 教会員のお孫さんで「行きたい」と言ってくれている子がいる。

 どうか来てくれますように。

 近所の子で去年来てくれた子もいる。

 時々ママと一緒に教会に来る子で、弟と妹とパパと一緒に来てくれた。


 最近は教会に来てないんだけど、工作大会をきっかけにまた来てくれないかなぁって思います。

 すでに配ったチラシとこれから配るチラシが用いられますように。

 教会の前に貼られたポスターが子どもたちの目に留まりますように。


 話はは変わって・・・

 もっとホーリィさんは暴れたいなぁ(そんな年齢ではありませんが・・・)

 こちらの教会は一人(50代)ぬかして、みな70代の方です。

 元気でやる気いっぱいな方たちですが・・・

 私のテンポについていけません。


 私としては、、教会の皆さんは、とてもしっかりしてて、やる気もあるからと期待していたのですが、、

 年齢には勝てなかったようです。

 でも、それが理解できなかった私は怒ってばかりでしたよ・・・

 最近になって、私についていくことはできないんだなって悟りました。


 遅い方・・ゆっくりの方に合わせないと・・と今は思っていますが、それって、けっこう私にはつらいことみたい。


 もし、みんながそんなにやる気がなくて、「先生のお好きなようにやってください」と言ってくれたら、

 一人で暴走してたでしょうね。

 一人で、これやって、あれやって・・・その方が楽という気持ちもあるけど、それじゃぁ、意味ないね。


 神様は心を一つにしてそれぞれの賜物を生かし、良い働きをすることを願っている。

 それぞれの賜物を引き出していくのも私の仕事だ。

 それなのにそれをめんどくさがって、一人でやりたいことをやる・・・それは御心じゃないね。


 なんとかゆっくりめの人たちに合わせながら、良い賜物を引き出すことができるように・・・


 それとみんなすごく忘れっぽい、、、

 冗談で「認知症かよっ!」と言ったこともあるぐらい。。。


 でも、みなさんそう言われてもげらげら笑って

 「先生も年をとったらわかるわよっ(^○^)」と言っておりました。


 確かに年齢には勝てない。

 私自身も40代ってきつい・・と思う。。。

 30代の時は「20代の時とちがってきつい」なんて思わなかったけど、、、

 40代になると体が思うようについていかない。


 運動不足もあると思うけど・・・

 30代の時は運動不足でも動けたんだけど、、、この年齢になると普段よく動いていないとだめなのね。


 最近はパソコン・・事務的なことをけっこうやっているからなぁ。

 もっと意識して動くようにしよう。。。


 教会のみんなももっと意識して物事を覚えていただければ嬉しいのですが・・

 それは難しいことなんでしょうね。

 メモすればいいのにとも思うのですが、

 「メモをとったことを忘れる」「メモしたものをなくす」「知らないうちに間違えてメモしたものを捨てる」

 そんなことも言っていたから、、、仕方ないんだね・・・


 けど、自分もいつかそうなるんだから、、、

 そう思うと「今」を大事に悔いのない生き方をしていきたい…なんて思っちゃったりもしてます。。。(^_^;)


 とりあえず今は工作大会の祝福のために祈っていこう。

 子どもたちといろんなお話をして、遊んだり、おやつ食べたり・・・楽しい時を持てたらいいな。


 
イメージ 1 こんばんは。

 あっというまに時が過ぎていき・・焦りまくる私(-_-;)

 最近、仕事をするのが遅くなったのか・・それとも自分で勝手に仕事を増やしてしまっているのか・・(-_-;)

 まぁ、それはいいとして・・・


 明後日は父の日です。

 父の日も母の日のように教会から誕生したものです。

 1909年 ソノラ・ドッドという女性が『牧師協会』に「母の日があって、父の日がないのはおかしい。父の日を

 作ってほしい」と訴えたことによって「父の日」ができました。(1910年)


 ソノラは六人きょうだいの末っ子。母親は幼い時に死んでいます。

 そこで父親は働きながら母親代わりをします。

 再婚もしないで、子どもたちのために頑張ったそうです。

 そして、子どもたちは立派に成人し、

 「これからパパに親孝行を」と父に恩返しをしようと思っていたのに、パパさんは疲労で倒れ、

 亡くなったそうです。


 ソノラは苦労して自分たちを育ててくれた父のことを心から尊敬して、愛して、感謝していた。

 だから、彼女は「父の日運動」をしたのです・・。

 そして、それが教会で認められたわけです。


 ただ父の日が広まるのに時間はかかったようです。

 けど、1916年ウィルソン大統領が、父の日の祝典で演説をすることによって広まった。


 で、1966年・・「六月の第三日曜日に父の日を祝う」ということをジョンソン大統領が決め・・

 そして、1972年、、正式に国民記念日となったのでした。


 母の日も父の日も親の立場から・・・・「もっと子どもたちは親を尊敬するべきよ」っていう理由で作られた

 ものではなかった。

 子どもの立場から・・・・「自分を愛して育ててくれた親に感謝の気持ちを表したい」という理由で作られた

 ものだった。。。


 なんか、それっていいね。

 私、あんまし、親のこと尊敬してないや・・・

 やばいっす。。。(^_^;)反省。。


 来週の礼拝のお話は

 「息子を治められない父ダビデ」のお話。

 父の日礼拝で、あんまり話したくないところですね。


 ダビデさんはイスラエルという国を立派に治めているのに息子たちに関してはだめなのよね。

 そういうパパさんってけっこういますよね。

 外の仕事はバリバリこなしているのに、家庭ではそういう能力を発揮できない。

 会社ではみんなの真ん中にいて、部下をかっこよく指導しているのに、家庭では「窓際族」状態・・


 なんでなんだろうか・・

 お父さんだって頑張っているのなぁ(そういう私も実家にいるときは父とはなるべく顔を合わせないように

 生きてきた・・・)


 世のお父さん、ファイト!

 応援してますっ(この際、自分の父のことは置いといて(^^//)・・・・


 ダビデパパにも頑張ってほしいところですが、、、この人はだめですね。

 もっとしかりしろよ、、、と言いたくなります。


 ダビデさんは息子が罪を犯したのに叱らず、懲らしめず・・・そのことによって悲劇が起こるっていうのが

 次週のお話。。。 


 ダビデの長男アムノンは腹違いの妹美少女タマル恋焦がれる・・・

 律法では腹違いであっても、兄妹との結婚は、だめ。

 でも、ダビデの時代は、、場合によっては「それもあり、、」というか良くないけど、なんとかなる場合も

 あったらしい


 通すところを通し、手続きすればいいとか、「通すところを通す」って、まあ、王様に許可をもらうってこと

 でしょうね・・・

 ってことはアムノンの場合は父親から許可ってなるのか。。。


 けど、アムノンはそういうことをしないで、無理やり・・乱暴してタマルと関係を持つ。。。

 タマルは「そんな愚かなことはしないでほしい。王にきちんと話してほしい。そうすれば王は良き計らいを

 してくれるはずだ」と言ったのですが・・・アムノンは聞く耳を持たなかった。。。


 アムノンは律法を破った。。

 しかし、この後、アムノンはまた罪を犯す。

 アムノンは自分の欲求を満たすと、タマルに対する興味はなくなり(恋心はなくなり・・)、

 「早く出ていけ」と言います。


 イスラエルではこういうことをしたならば責任を取らなくてはいけません。

 だから、タマルをここで帰すということはしちゃいけない。

 王にこのことを話して結婚しないと・・・


 タマルも「そんなことをしてはいけない。先に私にしたことも悪いことだけど、その私をここから追い出すことは

 もっと悪いことをしたことになる」と重ねて律法違反をするなと諭そうとするのですが、

 アムノンは怒りまくってタマルを追い出します。。。


 タマルは二度も侮辱を受けたことになります。

 彼女は泣きながら、その場を去っていきます。


 そのことを知った三男アブサロム・・

 彼とタマルはお母さんが同じです。

 大事な妹を汚し、ひどい扱いをしたアムノンをアブサロムは憎むようになります。


 まぁ、それは当然。

 けど、罪を犯したアムノンに対してダビデは何もしなかった。

 アムノンのことを聞いて怒りはするけど、本人を呼び出して、直接叱らない、懲らしめない。

 父でもあるけど王なんだから、律法違反したアムノンを裁かなければならない。

 アムノンのしたことは本来なら死罪に当たる。。。


 だから、死刑にしなくてもそれなりの対処をするべきなのに何もしない・・・

 そんなダビデの態度にアブサロムは不信を抱く。

 そして、、、タマルは、、おそらく失望したでしょうね。


 自分がこんな酷い目にあったのに父親は何もしてくれない・・

 事件の被害者になった娘を父は助けてはくれなかった。(助ける力があるのに)

 王である父は加害者を裁かず、被害者に思いやりのある言葉をかけることもしなかった。


 なぜ・・・

 それはアムノンの罪を通して自分の罪を思い起こしたからなんじゃないでしょうかね。。。


 自分もアムノンのように姦淫罪を犯し、弱いものを踏みつけたわけですから・・・


 ダビデは誠実な部下ウリヤの妻バテシバと男女関係をもった。

 ウリヤが戦争で必死になって戦っている間、そんなことをしてしまったのだ。

 モーセの律法では「他人のものをほしがってはいけない。隣人の妻をほしがってはいけない」というのが

 あるけど(自分の持っているものに満足しなさいってことよね)、「欲しがる」だけではなく、奪ってしまった。


 そして、それがウリヤにバレる恐れができてしまい、、、結局何も悪いことはしていない、ダビデに忠実で

 ダビデのために命をかけて戦っていたウリヤを最前線に送らせ、戦死させてしまった。

 姦淫罪を隠すために殺人罪を犯したダビデ・・・(表向きは戦死ですけどね)


 正しい者を殺したダビデ。弱い者を踏みつけたダビデ。

 長男アムノンも正しい信仰を持って兄を諭そうとしたタマルを踏みつけた。

 女性で年下で、、弱い立場であるタマルを踏みつけた・・


 自分もアムノンと同じことをやってる・・・だから、息子に偉そうなことは言えない・・・

 って考えなんでしょうかね・・


 でも、ダビデの場合、神様に叱られ、懲らしめを受けています。

 神様はダビデのしたことにすごくプチ切れていたので、その懲らしめも一度で終わってはいません。


 ダビデは自分の罪は死罪に当たるものだということを自覚し、心からその罪を後悔し、悔い改めました。

 そして、主からの懲らしめをしっかりと受け止めていく覚悟もします。


 ダビデは罪の恐ろしさや自分の愚かさを痛感した。

 だからこそ、それをアムノンに教えるべきっ!


 「アムノンのことを叱る資格なんてねぇよな」なんて言っている場合ではない。

 ダビデは悔い改め前から良心の痛みを感じていた、そして、預言者ナタンを通して、神様にすごく怒られ、

 裁かれることによって、きちんと罪と向き合い、悔い改めることができた。


 だから、今度はダビデがナタンのように神様の怒りを伝え、正しい道に導いていく義務があった。

 バカ息子はダビデよりもひどい。

 全然良心の痛みを感じていない、ケロケロカッパですよ。

 律法を破って、人を傷つけておいて、罪を犯した自覚がないんだから、本当にイカレタ野郎です。

 イスラエル人としてもアウトですが、人間としてもアウトです。


 アムノンは罪を犯したのにその生活は変わらない。


 それなのに律法に従順で利口な娘の人生が変えられていく

 心も体も傷つけられたタマル

 もう結婚を望むことができないタマル

 かわいそ過ぎます。


 ダビデは古傷が痛むのを恐れてアムノンと向き合うことができなかった。

 そして、アブサロムとも向き合うことができずに彼を避けていく。


 アブサロムがタマルのことでアムノンのことを怒っていること・・そのことをダビデは当然知っている。

 だけど、そんなアブサロムにダビデは声をかけることができない。

 普通の会話ができてもタマルの件は避けていく


 アブサロムもダビデに対して「どうしてお父さんは何もしてくれないのですか?どうして兄をそのままに

 しておくのですか!」と訴えることもしない。


 ダビデはそんな彼を気にしつつも何も言わない。。

 何もしないうちにあの事件がうやむやになり、そのうちみんながそのことを忘れていく・・・

 そんなことを望んでいたのでしょう。


 しかし、アブサロムは忘れない。どんなに時間が経ってもその怒りが消えることはない

 彼が何も言わなかったのはムカつき過ぎて、言う気になれなかっただけ。

 アムノンを裁かない父、妹を助けず、気にもかけてくれない父・・・アムノンもムカつくけど役立たずの父親も

 ムカつく。


 そんな暗い心を抱きながら、アブサロムはアムノンに対する復讐を計画たてる。

 そして、二年後に実行。

 アブサロムはアムノンを殺害。


 もう二年も経っているから大丈夫かなとダビデは思っていたかもしれない。

 けど、時間が経てば、忘れられるような事件じゃないよね。


 アムノンを裁くか、あるいはタマルに対して良き計らいをしてくれれば、、、あるいはアブサロムに寄り添って

 話を・・怒りを言い分を、心に抱いていることをしっかりと聞いて受け止めてあげれば、こんなことは起き

 なかったでしょう。


 アブサロムはアムノンを殺した・・・

 これも当然律法違反。

 だから、彼は逃げた。

 母方のおじいちゃんのところに逃げて行きました。

 アブサロムはそこに三年間いました。


 ダビデはアブサロムのところには行こうとはしませんでした。

 またお得意の放置プレイです。


 ダビデはアブサロムと向き合おうとしなかった。

 ダビデは彼を裁かなくてはいけない、叱らなくいはいけない・・・

 でも、話もきちんと聞いてあげなくてはいけない

 やっぱり自分にも責任があるからねぇ


 だけど、それができない。

 それは、アブサロムのことも愛しているけど、アムノンのことも愛していた。アムノンは大事な長男だ。

 それをアブサロムが殺してしまった。

 だから、会いに行ってあげようとか、話を聞いてあげようという気持ちにはなれなかった。


 こうして親子関係が悪くなることによってダビデ家に災いが起こる。

 この時もダビデがしっかりとアブサロムと向き合えばこんなことにはならなかったのに・・・って感じです。


 ここの記事は父親としてのダビデのだめっぷりが描かれています。

 そして、罪の恐ろしさも・・・

 ダビデのウリヤに対するひどい仕打ち・・・それを引きずっているダビデ。

 引きずっていたからこそ、息子をきちんと教育できず、裁くことができず、、、

 その結果、息子たちは大きな罪を犯してしまう。


 罪を一度犯すと、それがどんどん広がっていくってことよね

 怖い・・・


 ウリヤにしたひどい罪を忘れないで生きていくことは大事ですが、それを引きずることによって、正しい裁き

 を行なえないっていうのはねぇ・・・


 そういうことをしちゃったからこそ、心を入れ替えてイスラエルの王らしく生きていかないといけないのに・・

 心に古傷を抱きながらも、、、息子たちに偉そうに説教すればするほど、古傷がダビデを苦しめたとしても、

 それでも罪がこれ以上広がらないために父親としての役目を果たさないといけなかったね・・・


 私自身も人前で偉そうなことを言ってしまうことがある。

 ダメ人間なのに、かっこよく聖書のお話をしてしまうこともある。

 自分みたいな人間が語るべきではないと思ってしまうこともあるけど・・・それでも、、やっぱり神様の御心を

 しっかりと伝えていきたい。


 神様のゆるしをいただきながら、神様の助けをいただきながら、神様が私たちに望んでいる生き方を

 しっかりと語っていきたい。


 自分の罪深さゆえに神様や人を避けるのではなく、きちんと向き合える人になりたい。

 
 


  


 

 
 
イメージ 1 こんにちは。

 すごい久しぶりの更新です。

 
 こちらに来てから精神的にまいることが多く・・・(^_^;)なかなか文章を書く気がしなかったのでしたぁ〜(^○^)

 なかなか今の教会のやり方に馴染めなくってねぇ


 でも、そんなに合わせなくてもいいや・・・

 もっと自分らしく・・って最近は思えるようにはなってきました。

 それともっと本業に力を入れようとも思えるようにもなってきて・・


 教会員にやってもらいたいと思うことをみなさんにお願いしながらも、なかなかそれが難しいこともあり、

 また自分でやった方が早いし、まちがいなくできるから、つい自分がやってしまうことも多々ありで、、、


 けど、そのことによって牧師がやるべきことをやってない・・・ということが起こり、

 それがストレスになっちゃったりもしていました。

 そこで、何があっても、いろんなことができていなくても放っておく勇気を持とうとも思いました。

 しかし・・・これがけっこう難しい(^_^;)


 だからといって目についたら、なんでもやるってあんまり良くないね。

 もっと気にならないように努力しないと(それもまた難しいけど)
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 さて、明日はペンテコステ。

 先月の役員会で信徒に

 「私たちはペンテコステを知りません。教えてください。ペンテコステの日にはそれに関係する説教を

 してください」

 と言われました。


 しかし・・・

 昨年もそう言われて、、したんですけどっ

 そして、

 「わかりやすい」とか「よくわかった」って言われたんですけどっ

 
 更に

 「ペンテコステのお祝に何かした方がいい」

 「今まで何もしたことかがないから、何をしたらいいかわからない」

 「何をしたらいいのでしょう?愛餐会ですか?」

 ともいわれました。

 でも・・


 昨年もそれらしいことを言われたから、ちょいとしたことをしたんですけどっ!(この私が)

 それに何かすればいいってもんじゃないんですけど!

 お祝いの意味がわかってないのに無理して何かすることもないと思うんですけどっ!


 
 あ〜あ・・

 昨年、一生懸命に熱い心を持って説教したのですが、それがすべて無駄だったという感じがして

 むなしくなりましたが、仕方ないですね。

 こういうことにも負けないで頑張りたいと思います。


 ただこの時は半ギレしちゃったので、

 「語ってもすべてが無駄になるかペンテコ礼拝なんてしませんからっ」と言ってしまいました

 相変わらずお子様ホーリィさんです。


 でも、そういうことを言われてもみなさん何も気になさらないというか・・・言われたことをほとんど忘れてしまう

 方たちなので、今月の予定表にしっかり「ペンテコステ礼拝」というものを入れていました。

 私が「やらない」といったことをすっかり忘れているってことです。

 うらやましい性格・・・(-_-;)

 半分おくれよ・・・(-_-;)


 だけど、忘れていいこともあれば、良くないこともある。

 だから、重要なことは忘れないようにメモをとるようにさせた・・(私って幼稚園の先生みたい)

 ところが・・・・そのメモをなくす、どこに置いたか忘れる、しかもメモしたことじたい忘れている・・・


 そして、こんなこともあった。

 まちがったことをメモしている、、言ってもないことをなぜかそう言ったと勘違いしてメモしている・・

 
 先月の役員会の議事もメモするように言いましたが、すべてが無駄になりました(議事録ノートもね)

 落ち込むホーリィさん・・・

 それでも「頑張れ、私っ!」と気合を入れるようにします。


 そんなこんなで明日はペンテコステ礼拝です。

 すべてが無駄に・・・と思わずに精一杯やります。祈って準備します。

 頑張れ、私っ!


 ここのブログでもよくペンテコステの説明をしましたが、今回も同じことを繰り返し説明させていただきます。
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 ペンテコステはキリスト教の三大行事の一つです。

 あとの二つはクリスマス、イースターです。


 クリスマスとイースターはイエス様がこの地上に来られた時以降にできたお祝いですが、ペンテコステは

 それ以前からあったお祝いです。


 ペンテコステって、もとはユダヤ教のお祭りです。

 その日は収穫感謝のお祝をしていたそうです(後に律法授与記念日)。


 そして、ペンテコステという言葉「50日」という意味があるのですが・・・(ギリシャ語)

 そうすると「なぜ、収穫感謝が『50日のお祝い』なのか?」「50日かけて作物を収穫するの?」あるいは、

 「50日間もお祝いするとか?」と思ってしまう人もいるかもしれない。


 この「50日のお祭り」(ユダヤ教では七週目の祭りというらしい)はあるお祭りをしてから50日目に行うものなの

 で、「ペンテコステ」というのです。


 で、そのあるお祭りとは「過ぎ越しの祭り」です。

 昔イスラエルはエジプトで奴隷になっていた。

 神様はそんな彼らを解放するために「10の災い」をエジプトに下す。


 10つ目の災いで「エジプトにいるすべての長男が死んでしまう」っていうのがあった。

 神様がエジプト人だろうがイスラエル人だろうが人間だろうが家畜であろうが

 そんなの全く関係なく、すべての長男が殺してしまうという災い。。。


 ところが、そんな中でイスラエル人の長男は助かる。

 傷もしみもない子羊の血を自分の家の柱とかもいに塗ることによって彼らは助かる。

 神様がそれをすれば「そこの家を『過ぎ越す』」ということを約束し、イスラエルはそれを信じて実行した

 のです。


 このでき事によってイスラエルはエジプトを出ることができました

 彼らはエジプトの奴隷から解放されました。


 そして、このできごとを忘れないために「過ぎ越しの祭り」というのができました。

 
 イエス様の十字架とよみがえりは「過ぎ越しの祭り」のシーズンの時に起きたものでした。

 聖書にそう書いてあります。

 子羊の血によって助かった長男たち。このことを通して奴隷解放されたイスラエル・・・

 そして、イエス様の血によって救われた私たち。罪の奴隷から解放された私たち・・・

 重なりますね。。。


 そして、二千年前の過ぎ越しの祭りの50日目・・つまりユダヤ教のペンテコステのお祝の時、あることが

 起こった。

 それはイエス様が約束してくださった聖霊が下ったということ。


 信心深いユダヤ人がペンテコステのためにエルサレムに集まって来ていた時、聖霊が下る。

 だから・・・ペンテコステの日に下ったから「聖霊降臨日」のお祝が「ペンテコステ」といわれるようになったと

 言えますし、

 それと主の復活・・つまりイースターの「50日目」に聖霊が下ったからっていうのもあるでしょうね。


 明日はそんなお話をしながら聖霊について語りたいと思います。


 聖霊降臨日・・・のお祝は教会の中でもなかなか広まらない。

 
 やっぱり「聖霊」と言ってもピンとこない、形のないもの、目には見えないものだから、なんだか「?」という

 感じになってしまう人もいる。これが下って何がめでたいのだろうって思ってしまう方もいる。

 だけど「イエス様」という形のあるもの、目に見えるものが「誕生した」とか「よみがえった」となると

 めでたいと思えるわけで・・・


 昨年もそのことを覚えながら「聖霊」について語ったのですが、やっぱり「わかりやすかった」と言いながら

 本当は「難しい」「わからない」と思っていたのでしょうね。


 私も勉強不足すぎるし、祈り不足ですね。

 もう一度やり直さないとね・・・

 でも、明日はペンテコステに起きた出来事を中心に話して、それで次の週に「聖霊」のお話をしたほうが

 いいかな・・・


 土曜日の夕方になってこんなことを言っているようではだめですね。(^_^;)


 もうちっとちゃんとしないとなぁ〜(-_-;)(^_^;)

 
 
イメージ 1 こんばんは。

 もう少しで2015年も終わる・・・

 早いなぁ・・


 この一年、、思ったような、、自分が考えていたような牧会伝道ができなかった

 もっといろんなことをしたかったんだけど、、

 時間がたりなかったなぁ

 時間の使い方が下手だったなぁ


 9年ぶりの転任でバタバタし過ぎたかなぁ


 転任早々いろんな問題に気付き、、それを解決するために走りすぎたかな・・・

 
 まぁ、いろいろ考えてもしょうがない

 大変なことが多かった一年だったけど、守られて過ごせたことを感謝しよう。。



 さて、先日の礼拝は、伝道礼拝でした。

 といっても、、特別な伝道礼拝ではないので、どこかの偉い先生をお呼びしたのではなく、

 この私が「救いの証」をしました。

 「救いの証」とはどのようにイエス様と出会ったかというお話をすることです。


 まだ教会に来たばかりで「信仰」というものがわからない人のために二カ月に一回、伝道礼拝を

 しよう、「救いの証」をしようということになったのでした。


 ところが、、残念ながら、普段来られている求道者がお仕事でお休みでした。。

 他にも求道者はいたのですが、乳飲み子を抱えている方で、、今は、礼拝にはたまにしか来れません。

 先週のクリスマスは赤ちゃん(生後二カ月・・!)と来られたのですが、今週の礼拝には来られません

 でした。。。


 でも、求道者だけでなく、クリスチャンにとっても救いの証を聞くのはいいことですので、先日は神様が

 私にしてくれたすばらしいお話を熱く語らせていただきました。


 途中で泣きそうになり、、こまりましたけど・・(-_-;)

 救いの証・・・イエス様の出会いを話すと泣けてきてしまいます・・

 10分〜15分くらいにまとめて話している時はそうなることはめったにないのですが、、、先日は

 25分も話してしまったのでね(20分話すとout・・泣きそうになる)


 なんとか頑張って普通の顔で話せると思ったので、わざと証の時間を長くとり、その代わりに説教を

 25分ぐらいに抑えて・・と準備しました。


 しかし、、結果は後半泣くのをこらえて話す感じになってしまった(^_^;)

 ちょいと恥ずかしい

 いつも強気で威張っているホーリィさんの姿を教会員に見せているのでね、、、

 だから、あんまし弱い感じの姿は見せたくはなかったのですが・・・


 けど、神様がもうちょっと自分を見せるように・・って導いたのかもしれない・・ですね(^_^;)


 救いの証をしている時、ある子ども讃美歌を思い出しました。

 ご存知の方も多いと思いますが、紹介します。


 「勇気を出して」

 主が私に与えてくれた新しい人生を感謝します

 それは本当にすばらしいもので昔の私には想像できない

 罪の中、歩んでいた私を赦してくださり、

 傷ついた心も癒された

 主の愛に胸が熱くなる


 さあ、今走れ

 主のかぜを受けて、すばらしいイエス様、伝えよう

 勇気を出して走り続けよう

 イエス様が共におられるから


 この歌通り・・私もイエス様に出会って生き方が変わった。

 罪が赦され、傷ついた心が癒されることによって新しく生きることができるようになった。


 そのことを先日、証をすることによってもう一度思い出し、神様に感謝しました。

 そして、もっともっとイエス様をいろんな人に伝えていきたいって思いました。


 来年は・・・走り続けよう

 イエス様を伝えるために・・・

 

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