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糸谷氏の無尾翼機は、きれいだった。 その当時、固定翼は(当然のように)尾翼が付いたものが殆どで、無尾翼機は稀であった。 実際、無尾翼は美しくても、距離が伸びずに優勝は出来ないと考えている人も多かったと思う・・・。 糸谷氏は、バードマン・ラリーには、第2回目くらいからの常連で、初期の頃はハンググライダー関係者も多かったので、大会では知合いも多かった。 第12回(1988年7月)は、糸谷氏を取巻く仲間が集まり、夏の年中行事になったバードマン・ラリーに20人ちかく参加していたと思う。 その時のメンバーの大半は、筑波大学の芸術学群関係者が多かったと思う。 鳥人間の滑空機のコンテストは、長いエプロンから続く、湖上10メートルのプラットフォーム(テイクオフをするところ)で離陸し、その後、滑空をして距離を競うものである。 エプロンで順番待ちをする間、急に風が吹いたりすると、機体が傾き(壊れるのではないかと心配して)ハラハラしてしまう。 当日、もしくはその時の気象条件は飛ぶ場合の大きな要因で、運次第であるものの、向風(アゲインスト)は離陸しやすく、追い風では十分な対空速度が得られず失速する可能性が高くなる。 助走する距離は7メートルくらいしかなかったと思うが、パイロット自身の助走と、最後にキールをプッシュする人が重要である。 ともかく、テイクオフする瞬間、十分な初速を得ないと、機体は失速する。 また、パイロット以外の人間がプラットフォームから琵琶湖に落ちるとチームは失格になる。 糸谷氏が、プラットフォームから飛出した瞬間、機体は湖面に向けてダイビングをした。 つまり、プラットフォームから飛出した次の瞬間、機体は消えた。 まっ逆さまに落ちたように見えた。 プラットフォームの端まで駆寄り、湖面を覗き込むと、機体は湖面に向けて、実際に「まっ逆さま」にダイブしていた。 「このまま行ったら、そのまま着水する・・・」と思った瞬間、多分、湖面から3メートルくらい上で、糸谷氏は機体を回復させた・・・。 ラダーも付いていない翼だけの機体なので、パイロットの体重移動だけでコントロールするのである。 重心を後ろにずらして、機首を上げるのに成功したのだ。 最初にダイビングをしたため、その分スピードも付いた。 後は、水面効果を使いながら、水の上を滑るように滑空していく・・・。 その後、どのくらいの時間が流れたのだろう・・・。 機体は、遥か彼方まで飛んでいった後、着水。 しばらくして発表された記録は、「261.9メートル」。 結局、250メートル以上飛んで、「優勝」した。 始めての優勝だったので皆嬉しかった・・・。 しかも、並居る尾翼機を抑えての無尾翼機が長い距離を滑空して、優勝したのである・・・。 30th anniversary あなたが選ぶ!鳥人間コンテスト 名機ベスト10と言う企画が、第30回大会の時にあったようで、このサイトによると、糸谷氏の機体は、堂々の1位に選ばれている・・・。 「風の谷のナウシカ」の住む、風の谷の空気(気体)の密度が高ければ、ナウシカの(小さな)翼でも十分飛べるはずだ・・・、と糸谷氏はいつも言っていた。 これは、海でスキューバ・ダイビングをする時に、ちょうど良いドリフト(水の流れ)があれば、小さなキックボードでもウイングにして、浮力をコントロールして、好きな方向(上下、左右、前後)へ行けることを考えれば、納得できる。 大会が終わって、機体の関東までの移動は、彦根から、夜中の名神と東名高速道路をひた走った。 大会は7月30日だったので、夕方7時くらいから9時くらいまで、花火大会であがる花火が、高速道路から良く見え、きれいだった。 その年の後、私はガーナに仕事で行ったりして、大会には行っていない・・・。
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遊ぶ (ただ遊ぶ)
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ここは、無邪気に遊ぶ書庫です。
ただ、それだけ・・・・・
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テレビ番組としては、「人力飛行機が主体」になった鳥人間コンテストも、初期の頃は、「滑空機」のコンテストだった・・・。 私が始めてコンテストに行ったのは、多分1981年(第5回)だったのだと思う。 ただし、その当時のTシャツは、すでに捨ててしまったので、81年だったのか、83年だったのか、よく思い出せない。 どちらにしても、もう20数年前のことだと思うとビックリする。 ともかく、私は、糸谷浩氏のチームにいたのだ。 糸谷氏は、ハンググライダーの師匠でもあり、学生時代、ダボス(長野県)とか、色々連れて行ってもらった。 あの頃、糸谷氏は、湯河原にあった(菅原タカノブさんがやっていた)「レインボー・フライング・クラブ」(丹那)に所属した後は、「西富士友の会」に所属していたので、バードマンには「西富士友の会」で出場している・・・。 (初期の頃の)コンテストの前、自宅で作った機体を埼玉大学のサークル棟の前で組立てていたのを思いだす。 その後、筑波大学の芸術学群の倉庫で機体を作るようになり、大型のクレーンで重心を出せるようになったりした(その頃の筑波は、田舎だった・・・。 デザイナーの春日亀美智雄(バン)氏が 一緒に作っていた。 ちなみに春日亀の名前は、元公家の名前で、公家の子孫としては日本に一軒しかなく坂氏は春日亀千尋さんと結婚するときに、春日亀姓に改名したと聞いている・・・。 まあ、どうでも良いようなことをグダグダ書いて、すいません・・・)。 その2に続く
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ネットサーフしていたら、YouTubeで面白いものを見つけました。 Kissと言う題名の物語で、「because I'm a girl」と言う副題が付いていますが、意味不明です・・・(笑)。 画像が軽いせいか、スピードの遅い私のPCでも、すんなりダウンロードできました。 色々なバージョンがあるようですが、これは中国語の字幕つきです。 漢字の字幕が付いていると(簡略文字でも)無いより物語がわかるような気がします。 もともと、韓国で作られた歌のプロモーションビデオか、物語のダイジェスト版なのだと思います・・・(けど、そこら辺の知識がまるっきりないので解りません・・・)。 アドレスは、ここです。 一応、2箇所書いておきます。 http://www.youtube.com/watch?v=l4JSy2I6jbQ&NR=1 http://www.youtube.com/watch?v=J6fn3XIJPdA&mode=related&search= 純愛の物語なのですが、真剣に考えたら、「こんなのアリかよ・・・」って、思ってしまいました・・・。 いくらなんでも、これはスゴすぎのような気がします。 突っ込んでは、いけないのでしょうが・・・「何か、他の解決策があるのでは・・・?」と思ってしまいますね。 しかし、これはハマりそうですね・・・。
韓国映画恐るべし・・・、って感じでしょうか(笑)。 |
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朝日新聞ウエブ版 2007年10月08日18時31分 立体パズル「ルービックキューブ」の世界大会が7日、ブダペストで開かれ、1面が9個のパネルで構成される立方体の部門で北海道釧路市の中島悠さん(16)=釧路工業高等専門学校建築学科2年=が優勝した。優勝タイムは3回の競技の平均で12秒46だった。 人には、それぞれ色々な能力が備わっていると思いますが、私は(はっきり言って)ルービック・キューブを解くセンスがありません。 まあ、興味もないので真剣に取組んだこともありませんが、真剣に取組んでも、あまり進歩がないように思います。 そう言えば、昔、解説本を暗記しようとした覚えがあります・・・(恥)。 したがって、友人でカチャ・カチャやって解いてしまう人は、はっきり言って尊敬に値します。 1面が9パネルの立方体のほか、16パネル、25パネルのものや・・・ 世の中には、16パネル(4列)とか、25パネル(5列)を解く人もいるわけですね・・・。 脱帽します・・・、と言うか、想像を絶するルービック・キューブですね。 売り出したら、一般の人も買うのでしょうか? 目隠しや・・・ 点字のような印しでも付いているのでしょうか? 世界大会となると、想像を絶するレベルの人が、参加するのでしょうねえ・・・。 たまげた事に、キューブが繋がっている、2連、3連、4連なんていうのもあるのですね・・・。 これは、作った人にも脱帽です。
と、取り留めのない、感想文で失礼しました・・・。 |
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久しぶりに見かけた、ホノボノとした記事ですね・・・(笑)。 この記事の中に、タイトル、本文、写真のコメントに、「ヘビー級」の文字が、それぞれ1回づつ出てきます・・・。 本文の締めも、「ヘビー級」で終わっているところが、落語のオチを連想させる記事です。 しかし、やっぱり一番すごいのは、記事のタイトルでしょうか・・・。 「ヘビー」級のハブ と書かれていますが、ヘビに「カギ括弧」が付いているところが、なんともヘビーだと思います・・・(笑)。 朝日新聞、ウエブ版 2007年07月10日03時01分 鹿児島県奄美大島で重さ3.5キロもある猛毒ヘビのハブが捕まり、地元の奄美観光ハブセンターに運ばれた。体長2.21メートルで、卵10個を宿すメスだ。 これまで持ち込まれた約140万匹の中で最も重く、体長も歴代3位。山野草を採りに行った農業の男性(63)が、木の上にいたところを捕まえたという。 ふつうは革製品やハブ酒になる運命だが、しばらくは飼育される予定。同センターの中本英一所長(76)は「こんな大きいのは初めて。まさしくヘビー級です」。 写真コメント:重さ3.5キロのヘビー級ハブ=鹿児島県奄美市名瀬長浜町の奄美観光ハブセンターで |



