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標津湿原11/04
道東の山
[ 公徳心を高めよう ]
2018/12/23(日) 午後 1:05
標津の歴史
・1700年(元禄13年) 松前藩が元禄御国絵図を江戸幕府に献上。この図に「ちべ内」と記載。標津が文献に表われた初め。
・1701年 厚岸場所の奥地を分離して、霧多布場所を設ける。
・1774年(安永2年) 霧多布外3場所を飛弾屋久兵衛に請負わす
・1785年 幕府派遣のえぞ地分検隊が標津を通過。
・1786年 9月7日夜、幕府派遣の「神通丸」が標津沖で、「五社丸」は西別沖で暴風のため沈没。
・1789年(寛政元年) 国後、目梨のアイヌ反乱。和人70人を殺害。飛弾屋を免じ、村上伝兵衛に場所請負を命ず
・1794年 運上屋をノッカマップより根室へ移し、根室領と称す。
・1796年 小林宗九郎、熊野屋忠右衛門、根室場所請負人となる。
・1859年 道東の開拓権を与えられた会津藩が陣屋を置く
・1879年(明治12年) 4月に戸長役場を標津に設け(標津町の開基)、標津と伊茶仁の2ケ村を統治し、6月には標津郡戸長役場となる。
・1880年(明治13年) 標津・目梨両郡戸長役場となる
阿部山標識整備山行3/7
札幌・小樽周辺の山
[ くじらの山旅 ]
2018/3/9(金) 午後 8:28
阿部山標識整備山行3/7
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