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ほんおじが亡き父の書斎で古い日記を見つけたのは数年前のことです。
父の日記ではなく、秋田県の赤星鉄也(仮名)という方の日記で、戦争のため軍に入隊し満州に行き、そして敗戦までの間を日記に綴っています。
何故この日記が父の書斎にあったのか?
少しだけ記憶に残っているのですが、今から40数年前秋田から来られたという方が突然父を訪ねて、小学校2年生くらいのお嬢さんを連れていました。
多分あの方が赤星鉄也さんだろうと思います。
ほんおじの祖父は軍人で秋田の連隊にいたとき、父は生まれています。
ほんおじは1943年生れですから、日本の敗戦の時は2歳ですが、日清戦争を経験し後に教官になった祖父も大学卒業後戦地に行った父も戦争の話しは一切しませんでした。
一度だけほんおじが30年前中国に出張するようになった時、「王府井はどうなっている?」と突然父から聞かれたのが唯一の中国の話しです。(兄の話では戦争前に北京大学に行っていたそうです)
今考えても残念なことです。戦争の話しをしたくない気持ちも判らないでもありませんが、子供達に戦争を2度としないためにも語って欲しかったと思います。
戦争にかかわる写真もほとんど残っていません。ただ、祖父が近衛連隊での写真と父のソ連国境での警備と思われる写真が一枚づつ残っています。
その意味で赤星鉄也さんの日記は大変貴重なものになりました。
実は、とても小さい字で判読できない文字も多々あり、いまだにきちんと読むことが出来ていません。老眼鏡をかけてもよく読めないのです。今北京の留学生の協力も得て少しづつですが、連載風に掲載していきます。
日記に登場される方のお名前は、仮名にさせていただきましたが、私の父だけは本名で登場します。
優しい父でしたから、読んでいるとこの人がほんおじさんのお父さんかと判ると思います。
それにしても赤星鉄也さんは、誰にも見つからず小さい紙にメモし、箸入れの中に詰め込んで書き続けて日本に持ち帰ったのは驚きです。とても几帳面な方だったのではないかと思います。
連載は、同じYhooBlogにしました。写真も無く味気の無い画面です。コメント欄もありません。ただ、興味のある方に読んでいただければと思っています。
戦争を2度と起こさないためにも、貴重なこの日記「青春の軍靴」を残したいと思います。
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