|
どぉ〜もぉ〜☆ 今日はTVでフィギュアやってましたけど……それよりもボクシングでした。 川島選手、惜しかったなあ。ちょっと判定には疑問アリですが……もう一度挑戦して欲しいなあ。 王者のムニョスのパンチも効果的に見えたものもあったにはあったけど、でも川島のほうがはるかに有効打といい、ガードの固さ、手数……やっぱり川島のほうが優勢だったように俺の目には見えました。 判定後のブーイング。 俺は、判定がそうだという以上仕方ないと思うんですけど……でも、採点に際してどのへんを重視したとか、そういう部分はぜひ聞きたい。それで納得できるかどうか。 しかしそれにしたって、観客が見ていてブーイングを送られるような判定にはやはり問題アリだ。 せっかくこないだのバンタム級のダブルタイトルマッチがいい試合だっただけに、ちょっと残念です。 あ、申し遅れました! honcyoでございます。もちろん、階級はヘビー級です。 さて、今日のキーワードは男に生まれたからには夢はでっかく天下取り!! まぁ若干オーバーでしょうか? しかし男なら、一度は頂点に立ちたいという野望を持たなければ。 ……と俺は思うワケさ。 まあそれは措いても。 しかし男なら(?)、一度くらいは「もし俺が戦国の世に生まれていたらどうなっていただろう?」 ……と、ちょっとした大河浪漫に思いを馳せてみたこともあろうかと思います。 そんな話題で、盛り上がれた時期もありましたね。 「俺……絶対、農民で変な戦に巻き込まれて死んでたと思う。」と言うヤツとか。 「分からんけどたぶん武将ではないだろうな……」なんてヤツも居て。 案外、身の程をわきまえてるもんだなあ〜と、妙な関心をしたことを覚えてます。 先のような話になった時、俺は「どう考えても歴史に名を残す猛将になったであろう」と言ってました。 そんな俺に再び思い出される大河浪漫……。 素晴らしい。 なのでココは、 『やってみて、トラバして!!』 とのご意向に沿うことにします。 (ホンマは、コメで書き込んで終わっとこうと思ってたけど……) えー、俺ことhoncyoは戦国武将にたとえると、 honcyoさんは【伊達政宗 】ですじゃ。 ● 伊達政宗さんのあなたは、思慮深く、ものごとの表面よりも、本質に興味があるタイプです。 何でも本質から理解しようとするので、即席の知識や技術を身につけることはどっちかというと苦手ですが、一度本質から理解したものは、自在に応用を効かすことができます。そのような特質は他人にはなかなか理解して貰えないかもしれませんが、一歩一歩進んでいけばやがて大きな実りを得ることでしょう。 ● honcyoさんの今日の課題は、スクワット100回です! ……ふーむ、なるほど。 まぁ当たってるっちゃあ当たってるけど……、『即席の知識や技術を身につけることはどっちかというと苦手』 うーん、“即席の知識や技術”ってのがそもそもピンと来んけど……でも、honcyoさんって結構器用だぞ? もしや、今日まで培った本質からの応用が利いてるんでしょうか? 『何でも本質から理解しようとする』……とまで大げさなモンでもないが、でも確かに1回ハマったらトコトンこだわって追求していくきらいはあるな。それは間違いなくある。 それが理解を得ない……あるかも知れん。ま、確かに気難しい人間であることは確かだ。 (別に理解を得ようとも思わんけど) 当たり具合は6割8分かな。 そしてスマン! スクワットは膝に悪いから随分長くやってないんやわ。悪いな!! (そもそも怪我してるっ、ちゅうのに。確実に敵国の謀略だコレは。) 伊達政宗…………。 言わずと知れた奥州の独眼竜。 まぁ正宗と言えば独眼竜というイメージもさることながら。 (そういや思い出した、俺って左目が極端に良くないらしい。でも正宗は右目がない。) なぁ〜んか、俺の中では「遅れてきた大物」という感じなんだよな。 もちろん、陸奥の覇者というイメージもあるんですけどね。 正宗が登場して勇名を成さんとする頃、すでに日本は太閤・秀吉が強大な力を持っていてという時期。 いかに陸奥を制していようとも、正宗では太刀打ちできないほどの強大な力を持っていた。 これがもう少し、戦国混迷の時期に生まれていれば、あるいは……?! と思えてならない。 織田信長の死後の乱世が終わろうという時期に、秀吉、家康らが恐れた男。 魅力的な人物でもあろうし、非常に惜しいような気もしてならない。信長、信玄、謙信らと戦っていれば?? いや〜分かりませんよ? 乱世の覇者、すなわち天下人となったかも知れないし、逆に言えば江戸時代における陸奥の安定はなく、今の世において 名君 と呼ばれることはなかったかも知れないし。 あの時、もし生まれていれば……?? ね? 考えてみるのもやっぱり面白いモンなんですよ。 正宗辞世の句、 曇りなき心の月を先だてて浮世の闇を照してぞ行く 先の見えない時代を曇りなく照らされる自分の心の月の光に頼るように生きたなあ。 つまり先の見えない戦国時代ではあったが、自分の信じた道を進んで行くような人生であったなあ。 (※ honcyoによるカンタンな意訳) まさに、ですね。 戦もあり、同盟関係を結んだりもし。天下の秀吉、家康と互角に渡り合った若武者の姿が見えますね。 その勇猛さでもって、三代将軍家光にも一目置かれて、外様大名としては破格の条件で扱われた。 それもすべて、自分の信じた道を進んだのだ。 どうやら伊達政宗という人は、最期にある種の充実感をもってその生涯を終えたらしい。 それは戦国の世に生まれて、考え方はあるけどやはり幸せなことだったと言えるのでしょう。 たとえ天下は取れずとも……。 うん、俺も願わくばそんな人生にしてみたいものよ。 余談ですが、この記事を書くにあたって多少の調べを進めた結果。 なんと、「政宗の趣味は料理であった」という説にも行き着きました。 なんだ、やっぱり当たってるのかも知れんなあ。 いや〜、それにしてもあんな薄っぺらい占いでここまで話を広げられるのも俺ならではだな! やっぱ心の月がどんどん照らしていくんだね〜♪ それでは今日はこの辺で☆
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用






この記事の発端となった、石田三成です。
占い自体はとっても薄っぺらい!それは分かってるけど、ここまで書いてくださる政宗公に感謝!!
私はさ、「へぇ〜、ほんちょさんは政宗なんだ!!」と思って、ちょっと違うかな?と思ったんだけど、写真の下の文を読んでいくと・・・なるほどねぇ〜と思ったよ。
2008/1/15(火) 午前 8:30 [ ぷぅーちゃん ]
ほんちょさんの伊達政宗 納得できますね
同様に トラバさせていただきました m(__)m
2008/1/15(火) 午前 9:49
honcyoさんと同じく、伊達政宗でした!・・・天下は取れずとも、信じた道を行きましょう〜♪
2008/1/15(火) 午前 11:50 [ - ]
武田信玄がでたベルです。
ロマンチストとリアリストの両面を併せ持つとかなんとか・・・。
伊達さんかぁ〜。うん、それっぽい☆
2008/1/15(火) 午後 10:22 [ べる ]
3年ほど前再放送ですがNHKで年末何日か連続で独眼流正宗をやっていました、日曜日の大河ドラマだったのかなあ、正宗は渡辺謙で、とっても面白くて家事もほっぽりだして見てました。honcyoさんは伊達政宗ですか、かっこいい!
2008/1/15(火) 午後 11:58
ぷぅーちゃん、おかえり! いや〜、内容が好きな“戦国武将”だったからこういうふうに書けたんですよ。しかも伊達政宗! 俺自身も意外な結果ではあったけど、カッコイイし。嬉しいよね☆
またね〜、こう書くと申し訳ないような気がするんやけど……俺、石田三成って相当嫌いなんですよ。もし三成だったらこんなふうには絶対書けなかったね。
だから、ぷぅー姉が三成ってのも俺にはまるっきりピンとこないの。むしろ逆ぐらいの人物じゃねえか? と。そもそも三河者が三成って! 家康公がお怒りじゃないですか?!
2008/1/16(水) 午前 1:21
とこさん、おかえり! 納得していただけますか〜、コレで俺も伊達男だ! ウンウン☆
トラバありがとうございます。しかしやっぱり女性を武将に喩えられても……ピンと来にくいですねえ、正直。
2008/1/16(水) 午前 1:24
ひろママさん、おかえり! あ〜コレでひろママさんも伊達男(?!)だ。
いやいや、正宗は天下を取るつもりで秀吉や家康にたてついたんですから。目指すは天下、それぐらいの努力であったり行動を起こしていれば、どこかかんか……報われるのかなと。
B'zの♪MOVEって歌にあるんですけど、♬ガムシャラな日々は報われる〜♫って。目標は高く持って進む! でも結果それに届かずとも真摯にやってれば、どこか満足できるのかも知れないなあと思います。
月並みですけど、日々気合いを入れてやることです。それこそが「浮世の闇を照らす“曇りなき心の月”」となりうるのではないでしょうかね。
ま、頑張っていきましょう☆
2008/1/16(水) 午前 1:31
ベルくん、おかえり! あのねぇ〜……「伊達さん」って!!! 近所のオッサンやないねんから!!!
ロマンチストとリアリスト……エエやん、当たってるん違うん?
2008/1/16(水) 午前 1:33
ロコさん、おかえり! へぇ〜、でも薄っすらやってたような覚えも……しかし3年前ですかぁ。
NHK放送の大河ドラマ『伊達政宗』は今を去ること20年ほど前に放送されたものです。俺は当時、幼稚園の年中ぐらいかなぁ? 俺もそのカッコ良さに一発でやられましたね。意味も何も分からんけど、カッコいいなあ〜ってね。幼稚園で絵に描いたことすら覚えています。
忘れてましたけど、紛れもなく俺の今でも続く歴史好きの原点ですね。まさか20年も経って、こんなことで思い出されるとは♪
2008/1/16(水) 午前 1:44
そういえば・・・「そもそも三河者が三成って! 家康公がお怒りじゃないですか」と言われておりますが、旦那は「徳川家康」だったんだよ。(笑)ってか、名古屋人の家康!!何かおかしくて・・・。
2008/1/23(水) 午後 2:42 [ ぷぅーちゃん ]
>ぷぅー姉、名古屋人の家康よりも三河人の三成のほうがはるかにおかしいぜっての。まーあれだわや、お宅の夫婦にはどっかに秀吉がいて、なんだかんだで上手くいってるのかも知らん。
そもそも、だいたいが俺なんか伊達政宗やねんぞ?? 東北に縁も所縁もない。それどころか、行ったことすらない!!!
2008/1/25(金) 午前 2:53