読書のあしあと

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書評45 サンテグジュペリ

『星の王子さま』

池澤夏樹訳(集英社文庫、2005年)


宮沢賢治を読んでいて常々思うのは、世間で「童話」と呼ばれている作品が如何に「童話」と呼べないものであるか、ということだ。賢治はもとより、グリム童話など海外の作品でも「童話」に分類するのは気が引ける作品は多いのではないだろうか。
そんなことを考えていたら、『星の王子さま』もその類だという話を聞き、どんなものかと思って読んでみた。


【著者紹介】
Antoine de Saint-Exupéry (1900―1944年) フランスの作家・飛行士。
リヨンに生まれ、第一次大戦時に兵役(志願)で飛行連隊に所属、戦後民間航空界に入る。1926年、26歳で作家としてデビュー、以後自分の飛行士としての体験に基づいた作品を発表。第二次世界大戦中、亡命先のニューヨークから、自ら志願して再度の実戦勤務で北アフリカ戦線へ出撃、写真偵察中に消息を絶った。他の作品に『夜間飛行』(1931年)、『人間の土地』(1939年)などがある。

いけざわ・なつき 1945年─ 詩人、翻訳家、小説家。
1968年埼玉大学理工学部物理学科中退。「スティル・ライフ」で中央公論新人賞・第98回芥川賞を受賞し、その後も『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、『花を運ぶ妹』で毎日出版文化賞、『すばらしい新世界』で芸術選奨を受賞。また詩の創作もライフワークであり、『むくどり通信』などのエッセイやメールマガジンも人気がある。


【本書のあらすじ】
沙漠の真っ只中に不時着した飛行士の前に、不思議な金髪の少年が現れ「ヒツジの絵を描いて…」とねだる。少年の話から彼の存在の神秘が次第に明らかになる。バラの花との諍いから住んでいた小惑星を去った王子さまはいくつもの星を巡った後、地球に降り立ったのだ。王子さまの語るエピソードには沙漠の地下に眠る水のように、命の源が隠されている。生きる意味を問いかける永遠の名作の新訳。(集英社文庫裏表紙より)


お薦め度:★★☆☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
私はもともと全く本を読まなかった子供だったので、本書を読んだ記憶も全くない。しかし本書は日本のみならず、世界でも「名作童話」として広く読まれているし、すでに読んだ方も多いのではないかと思う。

さて、今回初めて読んだ私の感想は大きく二つに分けられる。まず「子供が理解するには難しすぎる」ということ。つまり大人にならないとわからない感情や経験がこの作品には多すぎるのだ。これはもうすでにある程度大人になってしまった私には逆に共感する部分であり、興味深く感じた。もう一つは「子供の世界」を美しく描こうとする作者の意図の裏返しとして、「子供の世界」と「大人の世界」を厳密に峻別し過ぎていると思われる点である。
まず後者の方から述べていこう。


<子供と大人の二元論──「大人とはそういうものだ」>
本書の中心的内容は、純粋な<子供>の心を持ち続ける王子さまが宇宙を旅し、そこで出会った様々な大人や遭遇した出来事の話を、地球に着いてから主人公の「ぼく」に語って聞かせる部分である。

トルコの天文学者がトルコの服を着て発表しても相手にされなかったが、ヨーロッパ風の服を着て同じ発表をしたら受け入られたという万国天文会議。全てが自分の命令通りにならないと気がすまない王様。沈黙に籠りながら酒ばかりを飲む酒飲み。自分の足で調べずに専ら探検家たちの情報に頼る地理学者。旅の途中で出会ったそれらの大人たちは王子さまにとって「奇妙」(70項)な人々であった。
そして王子さまは大人に対する対処法を「ぼく」に向かってこう述べる。

大人というのはそういうものだ。だからといって大人を責めてはいけない。大人を相手にするときは子供は寛大でなければならないんだ。(24項)


ここでは<子供>の視点から<大人>が戯画化されて描かれている。それは当然哀しいまでのサンテグジュペリの人間社会への洞察を基底に置いているが、注意すべきは<子供>と<大人>が完全に二分されて書かれていることである。
言わば王子さまは<子供>のイデア(理想形)であり、宇宙を旅する過程で出会う人々は<大人>のイデアになっている。私は読み始めた当初、ここに強く違和感を持った。というのも、この作品はあたかも大人は全て金や酒や名誉欲に溺れているかのように描いているが、実際は大人びた子供だっているし、子供の心を失っていない大人だってたくさんいるからである。

しかし読み進むうちに、この二元論は確信犯かもしれないと思い至った。<子供>のイデアと<大人>のイデアを対置させることで、それぞれの長短を鮮明にさせようとしたのかも知れない。本書をよく読むと、少なくとも結果としてそうなっている。例えば冒頭の場面、<子供>の王子さまは「ぼく」の話を聞こうとせず一方的に「絵を描いて」とせがむが、これは<子供>の短所の一つと言えよう。また、王子さまが旅で出会う大人の一人、点灯夫は他の大人たちと違って「自分以外のものを世話して」おり、王子さまも「友達になってもいい」と思う。これは大人がくだらない<大人>ばかりではないことを示している。
要するに、<子供>らしさの欠点をわきまえつつ忘れないようにせよ、ということだろう。


<人生の暗さ、哀しさ、空しさ>
いま一つ触れたいのは、本書の基調に流れる、人生の地味で暗い部分である。それはある程度人生を生きた者にしかわからない、哀愁のようなものだ。

それは何よりも王子さまが出会う大人たちが体現している。上にも述べたように、<大人>の戯画化は痛烈な社会批判にもなっているわけだが、おそらくサンテグジュペリは彼らを全面的には否定していない。既に触れた点灯夫の場合にも、一分毎に灯りをつけたり消したりしなければならない単純労働の中に、サンテグジュペリは「花を一輪生み出す」(71項)すばらしさを見出している。
このことは、単調で無味乾燥で意味がないように見える<大人>の日常生活の中にも、わずかながら明るさを発見できることを示唆する。それは逆に、ちょっとした明るさはあるが人生のほとんどは地味なものであり、それに耐えなければ生きていけない、ということを意味しないだろうか。

あるいは、これは王子さまが宇宙を旅立つ原因になった一輪の花との別れについても言えることである。花はちょっとした嘘から王子さまとの関係をこじらせてしまい、王子さまの方も花の気持ちを汲み取れずに二人の関係はぎくしゃくし始める。そして気持ちがすれ違うまま王子さまは自分の星を出ざるをえなくなった。
こういう、ちょっとしたすれ違いに意地っ張りが重なって無常にも距離が開いていくというような哀しさは、子供には絶対わからないと思うのである。人生にはこういった辛い部分もたくさんある。何よりも、最後には王子さまが星に帰って物語が終わるのだから、この物語全体に哀愁が漂っていてもおかしくない。
しかしその人生における哀愁こそ、私が本書の中で最も共感した部分だった。


<おわりに>
ところで、本作品は十種類を超える訳が出されており、今回テクストとして用いた池澤夏樹訳はかなり新しい部類に入る。一番メジャーなのは新潮文庫版だと思うが、最近でも以前触れた光文社古典新訳文庫に『小さな王子』として新訳された。私は池澤訳しか読んでいないので他の訳との比較はできないのだが、本書を読んだ限りでは池澤訳もそれほど悪くないと思う。

また通常この作品の読みどころとされているのはキツネとのやりとりだが、それより今回取り上げた部分が印象に残ったので今回は敢えてキツネとのくだりは取り上げなかった。「本当に大切なものは目には見えない」という有名なキツネのせりふよりも、本書を貫通する哀愁の方に私は惹かれたのだ。

結論として、この本は「童話」と言うにはあまりにも難しい。思春期を終えた頃から、段々とこの作品の味がわかってくるんじゃないだろうか。

閉じる コメント(26)

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今ちょうど2年の娘が読んでます。が、はたして解ってるのかどうか・・・いわゆる「名作童話」というのは子供の頃の解釈と大人になってからの解釈の二通りがあるのだと気づかされてます。子供は表面的な解釈が多く、大人になるに従ってその裏も読めるようになってくる。単純に「童話」と言ってもその奥深さに感銘してしまいます!

2006/10/13(金) 午前 10:28 ゼウスの部屋 返信する

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言われてみれば、初読のときは子供だったので、全然理解できてなかったような気がします^^;。印象的なシーンや、覚えている文章はたくさんあるんですが…。今読むと全く違う感想を持ちそうですねー。

2006/10/13(金) 午前 11:27 Cutty 返信する

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>ZEUSママさん;コメントありがとうございます。全くおっしゃる通りで、幼い頃に「童話」と言われるものを読んでいなかったことをちょっと後悔しています。もうあの頃の感性に戻って童話を読むことはできないですからね。ということで、娘様の年頃でこの本を読んだらどう感じたのか、感想を教えていただけたら非常に嬉しいです(笑)。

2006/10/14(土) 午後 0:18 大三元 返信する

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>Cuttyさん:「印象的なシーンや、覚えている文章」というのは、キツネとのやりとりでしょうか?やはり純粋な子供の頃はああいう場面に感銘を受けるんでしょうかね〜。今読んだら全然感じ方が違うと思います。

2006/10/14(土) 午後 0:53 大三元 返信する

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こんな有名な童話ですが、未読です(汗)。子ども(の心を持つ王子様)からみた大人世界が書かれているのですね。この本を読んで、自分がどんな感想を持つのか楽しみになってきました。

2006/10/14(土) 午後 6:35 mepo 返信する

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>mepoさん:コメントありがとうございます。この作品に描かれた<大人>の世界を全面的に否定するか、<子供>の世界を全面的に肯定するか、是非皆さんに聞いてみたいものです。読む機会があれば是非感想をお聞かせください。

2006/10/15(日) 午前 2:15 大三元 返信する

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新訳がいくつか出ているのは知っていますが、イメージが壊れるのが怖くて読んでいません。私も花と王子様の関係がとても心に残っています。

2006/10/15(日) 午前 11:31 めにい 返信する

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>めにいさん:そうですねぇ、訳の違いもありますし読んだ時の年齢によって全く印象が違うかもしれません。花と王子さまの関係はこの作品の太い芯の部分ですから、ここが印象に残っている方も多いようです。

2006/10/15(日) 午後 0:07 大三元 返信する

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著作権が切れる前の岩波書店版で読んでいます。正直、何も残りませんでした。でも、世間の評価は高いです。思うにこの作品は「理性」で読むものではなく、「感性」で感じるものなのかな?だから子供でも理解できるけど大人でも分からないと言うこと。大人向きに理性で読む童話(らしき)作品としてはgakiさんの挙げた「ガリバー旅行記」「ドン・キホーテ」があります。「ドン・キホーテ」は結構きつかったけど新訳が出てだいぶ読みやすくなった、という噂です。「ガリバー」は面白いですよ。「巨人の国」とか「馬の国」とか抱腹絶倒。

2006/11/24(金) 午後 9:47 [ kohrya ] 返信する

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著作権じゃなくて版権だった。

2006/11/24(金) 午後 11:45 [ kohrya ] 返信する

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>kohryaさん:「理性で読むものではなく、感性で感じるもの」という指摘は、おおむね同意ですが、私は記事の<子供と大人の二元論>の箇所は「理性で読む」べき点だと思っています。少なくとも私はそう考えました。『ガリバー』『ドン・キホーテ』もまだ未読なので、機会があれば読んでみたいと思います。

2006/11/25(土) 午前 0:21 大三元 返信する

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ドン・キホーテは岩波文庫で正編・続編各上・中・下で合計6冊ありました(旧訳)。とても「苦しんだ作品」でしたが、最後まで行き着いたのも事実で、私にとっては意味のあることでした。新訳で読んでみたい一つです。

2006/11/25(土) 午前 0:29 [ kohrya ] 返信する

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でも、これほど日本人に知名度が高くてそれでいながら「完訳本を読んだ人がいない」作品って他にあるのかな?確かにそうだよなぁ、ってのが「ドン・キホーテ」です。

2006/11/25(土) 午前 0:33 [ kohrya ] 返信する

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>kohryaさん:確かに、「知名度が高くても読んだことがない」ランキングは高そうですね。『ガリバー』も高そうですけど。しかし『ドン・キホーテ』は岩波文庫で6冊ですか!ちょっと足踏みする冊数ですね…。最近は岩波文庫も値上げしてますし、まずは古本で探してみることにします。

2006/11/25(土) 午前 2:02 大三元 返信する

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おお、確かに酷評だ(笑)。なるほど〜、確かに二分化されすぎているところはありますかね。しかし、そこが物語の面白さかもしれないと思います。実際の生活で、ここまで極端な人にはめったに会わないから(いたとしたら行政のお世話になっているはず)、物語ではキャラクターを極端にした方が人の心のうちを表現しやすいと思うんですよ。

2007/3/31(土) 午前 10:15 mepo 返信する

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私たち、大人の心(ぼくや他の登場人物)も子どもの心(王子)も持っていて、いつも葛藤していると思うんです。それを物語では、違う人間として戦わせることができる。それは、自分の心の内を客観化できて面白いことだと思います。大三元さんの記事を読むと、確かに大人のための童話かなと感じます。小さい頃に読んでおきたかったと思いましたが、わからなかったかもしれません。それにしても、大三元さんとこういう読書感想の交換をしばらくできないのは寂しいですね。TBさせていただきます!

2007/3/31(土) 午前 10:18 mepo 返信する

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>mepoさん:そうですね、二分化され過ぎていることをポジティブに捉えれば、二分化させられるのが物語の長所とも言えると思います。そうじゃないとおっしゃるように行政のお世話に…(笑)。ただ、私個人の好みとして、極端なものを嫌ってバランス感覚に感銘を受けるタチなので、こういう感想になってしまいました。

2007/3/31(土) 午前 10:29 大三元 返信する

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>mepoさん:mepoさんの記事は<子供>の方に焦点を当てた、正統な読み方の書評だったと思いますが、私自身はむしろ本書で否定的に思われがちな<大人>の方に共感を覚えたので、そちらに肩入れした記事を書いてみました。<子供>をフィーチャーした記事は誰かが書いてくれるだろうと思っていたので(実際mepoさんが書いてくれました笑)。こういう相互補完的な役割も、違う人間だから可能なのだと思っています。復帰したら、またよろしくお願い致します。

2007/3/31(土) 午前 10:33 大三元 返信する

子供のころからの愛読書です。
フランス語の勉強を始めてからは原書に挑戦、でも独特の言い回しが多くて辞書だけじゃとても分からなく、英語版を買い、日本語版を買い直し、それでも王子様が自分の星を出発するあたりで停滞していました。去年、幸いにも?4ヶ月入院していたのでその間にやっと全訳。
そしてレッスンの時、ちょっと本の表現を使ってみました。
講師(フランス人)曰く、その言い方は綺麗だけど少し古風・・・

2008/6/29(日) 午後 6:57 AKIKO 返信する

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>AKIKOさん:そうなんですか。この本が愛読書っていう方は多そうですね。確かにこの本の原著は非常にわかりづらそうです。訳書もこれだけわかりにくいですからね(笑)。その点も含め、子ども向けというよりは大人向け童話みたいな印象を受けます。
フランス人講師の方のコメントに納得(笑)。

2008/6/30(月) 午前 3:41 大三元 返信する

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