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書評49 ジョージ・オーウェル

『オーウェル評論集』

小野寺健編訳(岩波文庫、1982年)


最近イギリス的思考に興味を持っている。

現代国際社会においては、表面的な印象と裏腹に軍事力の持つ意味が低下する傾向にある。特に日本は安易に軍事力に頼ることを許されない。これからの日本に求められるのは、ある程度のパワーを懐に持ちながら安易にそれに頼ることなく、時には権謀術数や妥協的な手法も使いながら外交目的を達成する老練な「外交力」ではないだろうか。

近代国際政治史を眺めてみると、その模範になる政治家はいる。ビスマルクなんかはその典型例だろう。では国家レベルではどうか。上のような意味での「外交力」を備えている国家、もしくは備えている人物を生む土壌のある国家は、何と言ってもイギリスだと思う。ブライス、ニコルソン、ベヴィン、イーデンら優れた外交官・政治家を生み出した「外交の祖国」とも言うべきイギリスの人々は、どういう思考様式を持っているのだろう。

外交の話から始めてしまったが、今回は外交の研究書ではない。イギリス外交を理解するには、イギリス人を理解しなければならない。今回取り上げるのは、「良心的イギリス型知識人」の典型とされるジョージ・オーウェルの評論集である。


【著者紹介】
George Orwell (1903─ 1950年)  イギリスの作家。本名はEric Arthur Blair。
父の勤務先である植民地インドに生まれ、後に奨学金つきで1917年からウェリントンとイートンに学ぶ。1922年からイギリスを離れビルマで勤務するが、帝国主義の片棒を担ぐ警官の仕事を激しく嫌うようになっていたオーウェルは5年間で職を辞し帰国、執筆活動に入る。スペイン市民戦争のるポタージュである『カタロニア讃歌』(1938年)や、全体主義的ディストピアの世界を風刺した小説『動物農場』(1945年)と『1984年』(1949年)が代表作。

おのでら・たけし (1931年─) 日本大学文理学部教授、横浜市立大学名誉教授。
東京大学大学院修士課程修了。著書に『イギリス的人生』(ちくま文庫、2006年)など、訳書にロレンス『息子と恋人』、カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』、『20世紀イギリス短篇選』全二巻などがある。


【目次】
なぜ書くか
絞首刑
象を撃つ
チャールズ・ディケンズ
鯨の腹の中で──ヘンリー・ミラーと現代の小説
書評──アドルフ・ヒットラー著『わが闘争』
思いつくままに
ラフルズとミス・ブランディシュ──探偵小説と現代文化
英国におけるユダヤ人差別
P・G・ウドハウス弁護
ナショナリズムについて
出版の自由──『動物農場』序文


【本書の内容】
オーウェル(一九〇三―五〇)といえば、ひとは『動物農場』『一九八四年』を想うだろう。だが三〇年代から戦後にかけて展開された活発な評論活動を忘れてはならない。文学・政治・社会現象・植民地体験など多岐にわたる対象に鋭く深く切り込む彼のエッセイを貫くのは、自律的知識人に固有のあの強靱さと優しさだ。十二篇を精選。(岩波文庫表紙より)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
オーウェルというと『動物農場』『1984年』を思い浮かべる人が大半だと思う。どちらも政治色の濃い作品だが、この評論集で触れられるテーマも文学から政治・社会問題にまで広範囲にわたっている。オーウェルは、自身の作品が「政治性」を持たざるを得ないことをこう告白している。

命が通っていない本になったり、美文調や無意味な文章に走り、ごてごてした形容詞を並べて、結局インチキになったのは、きまって自分に「政治的な」目的がなかった場合であることに気がつくのである。(「なぜ書くか」20項)

本書に収められている小品は、どれも読みやすく、論旨がわかりやすい。訳もいいのだろう。これらは三種類に大別できる。

 峭兵鷏此廖崗櫃魴發帖廚魯咼襯浙侈海侶亳海鬚發箸法帝国主義的植民地支配を暗に批判した短編。
◆屮船磧璽襯此Ε妊ケンズ」「鯨の腹の中で」「ラフルズとミス・ブランディシュ」は本格的な文芸評論。
残りのものは、主に伝統的英国リベラリズムの立場から様々な時事問題を論評したもの。

△諒厳殄章世話僂困しながら未読の作品が多く(『北回帰線』など)、理解が及ばないところが多々あったので、今回はに属する「英国におけるユダヤ人差別」に触れながら考えたことを述べていきたい。


<自問からの出発──「英国におけるユダヤ人差別」>
オーウェルの評論を読んでいて強く感じるのは、この人はものごとをしっかり自分の頭で考えているな、ということだ。実はこれは口で言うほど簡単なことではない(書評44・カント「啓蒙とは何か」参照)。オーウェルは、生身の人間が持つ矛盾を鋭く観察し、それを社会の問題として、さらには自らの問題として捉えるべきことを説いた。


例えばこの「英国におけるユダヤ人差別」(初出1945年)という論文はナチス・ドイツの迫害から逃げてきたユダヤ人がイギリス国内で急増し、社会問題になっていることを背景に書かれた。
当時イギリスではユダヤ人に対する差別が厳然と存在したが、オーウェルは「世間一般にユダヤ人差別があることは認めるくせに、自分もその一人だということは認めたがらない」(264項)傾向を指摘する。つまりユダヤ人差別は許すべからざる罪だとわかっているくせに、自分の心の底に潜む差別の意識は問わないというのである。

ユダヤ人差別を論じたものがほとんど全てだめなのは、その筆者が自分だけはそんなものとは無縁だと心の中で決めてかかるからである。「私にはユダヤ人差別が非合理であることがわかっているのだから、当然加担しない」というわけだ。そのために、多少とも確かな証拠をつかむことのできる唯一の地点──つまり自分自身の心──から検討を始めようとは思わないのである。(274項)

口だけで「差別反対」と言うのではなく、実際自分の胸に聞いてみろ、自分だって心のどこかで差別しているのではないか、そうオーウェルは言いたいのだろう。つまり差別という社会問題を自分の身に引き付けて考えろということだ。
ここには、極めてイギリス的な経験論に裏打ちされた知性が感じられる。


私自身、差別は罪だと思うけれど、社会的に差別されている人を心のどこかで差別してしまっているのを感じることがある。その感情をはなから「罪だから」として、無視してやり過ごしてしまうのでは解決にならない。その感情が自らの内にあるということを自覚し、冷静に見つめた上でその感情を克服すべきなのである。
そうでなければ表面上の平穏とは裏腹に潜在的な差別意識が社会に蓄積し、オーウェルが批判したようなインフォーマルな差別が跋扈すると思う。


<伝統的英国人の肖像>
本書の編訳者の小野寺健は「解説」でオーウェルの評論をこう評している。

オーウェルの最大の特徴は、決して嘘をつかない──自分の目で見、耳で聞いた事実を理論で歪めず、かつ思想というものが、肉体を持ち無数の個性的背景を持つ人間の所産であることを忘れない点、文化の包括性を無視して整然たる──それゆえに不毛な建前論議に走らなかった点にある。……そもそも矛盾に満ちた現実を何よりも重視するという態度は、例えばフランス文化の観念性に猜疑心を抱くといった、英国の根強い経験主義の伝統につながっているのである。(「解説」364─365項)

本書に収められた評論から浮かび上がってくるオーウェルは、「個人の自由を尊び、理性を重視はしても理性一辺倒にはならず、人とのつきあいや伝統的なもの、自然を愛するといった、典型的な英国人の肖像」(「解説」374項)なのである。

こういうイギリス的思考が自分に合うかもしれないと思い始めたのは最近だが、まだ同時に憧れてもいる段階というのが正直なところ。ものごとを観念的にバッサリと切ってしまうより、上に引いたような、もっと人間的なものに惹かれるのである。
今後もイギリス関係の本は読んでいきたい。

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老練な外交力を発揮する老練な政治家が登場したら面白いでしょうねぇ。新聞を読むのが楽しくなりそう。この文庫は読んだことはありませんが持っています(笑)。「良心的イギリス型知識人の典型」に興味を惹かれましたのでぜひ挑戦してみようと思います。差別についてのオーウェルの考え方にも、最後の段落の大三元さんの所感にも共感です。

2006/11/1(水) 午後 8:24 [ - ]

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>Ringoさん:コメントありがとうございます。私も色んな方のブログで拝見する本は「持ってるけど読んでない本」が圧倒的に多いですね。ところで書評しておいて言うのも何ですが、「良心的イギリス型知識人の典型」と評されているオーウェルの評論集も、ディケンズやミラーなどが未読の私にとっては全てを理解できた気がしませんでした。イギリス的思考については後に取り上げる関係書籍で深めていきたいと思っています。

2006/11/2(木) 午前 0:45 大三元

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TBありがとうございました。オーウェルはまだ「1984年」しか読んだことはありませんが、確かに「差別や階級主義」を、被差別者の立場から、『こんなに理不尽に扱われています』と紹介する作家は数あれど、なぜそれが起こるのか、なぜ「階級が上の人々」がそういう制度を作ったのか、という根本の理由をきちんと書いている印象をうけました。ディケンズなどは、確かにどっちかといえば、「お涙頂戴風」に書いています。気づかせていただき、ありがとうございました。

2006/12/12(火) 午後 1:35 [ kat*umi*a*i ]

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>katsumi_aoiさん:なるほど、確かに「お涙頂戴」的作品は多くても差別をシステマティックに書いている作家は多くありませんね。そう言われてみるとディケンズもその系譜になるというのも納得です。こちらこそ、新しい視点を提供していただきました。ありがとうございます。

2006/12/13(水) 午前 2:20 大三元

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