読書のあしあと

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書評52 井上寿一

『日本外交史講義』

(岩波テキストブックス、2003年)


岩波テキストブックスは有斐閣アルマとともに定評ある入門書として定着しつつあるようだ。実際アルマも質が高いが、このテキストブックスも佐藤卓己の『現代メディア史』など好著が多い。
本書は開国・維新期から冷戦後までをカバーした日本外交史の概説書。出版された当時、細谷千博『日本外交の軌跡』(NHKブックス、1993年)以来の、一人の手になる日本外交通史ということで話題になった。考えてみれば、戦前・戦後まで通して日本外交を一人で語るなんてことは、現在の細分化・専門化が進んだアカデミズムでは野心的な試みである。


【著者紹介】
いのうえ・としかず (1956年─) 学習院大学法学部教授、同学部長。専攻は日本政治外交史。
1986年一橋大学大学院法学研究科博士課程修了。一橋大学法学部助手、学習院大学法学部助教授を経て、2005年より同大学法学部長。大学院在学中に細谷千博の指導を受けて以来、戦前期日本外交について実証研究を重ねる。一次史料に即した実証性と大胆な解釈による歴史の見直しは注目を集めている。近年ではオーラルヒストリーの手法を導入して戦後日本の経済外交・対アジア外交へのアプローチを進めている。
著書に『危機のなかの協調外交――日中戦争に至る対外政策の形成と展開』(山川出版社、1994年)、『アジア主義を問いなおす』(ちくま新書、2006年)など。


【目次】
第1章 近代日本の外交形成
第2章 “帝国”日本の対外膨張
第3章 国際協調の受容
第4章 危機と戦争の間
第5章 アジア太平洋戦争下の外交
第6章 戦後外交の形成
第7章 冷戦と戦後国際秩序の模索
第8章 経済成長による外交の変容
第9章 危機とデタントのなかの自立
第10章 日本の国際化


【本書の内容】
150年前の開国から現在に至るまで、「国民国家」としての日本は、それぞれの局面に国内政治と相互に影響しあいながら、いくつもの選択肢の中からある外交政策を選択し実行してきた。なぜその選択がなされ、結果として現在があるのか。日本外交の軌跡を検証するとともに、そこから見えてくる今後の外交の姿を示す。(岩波書店紹介より)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
なかなか面白い。概説書としてうまくまとまっていると思う。「岩波テキストブックス」としての役割は十分に果たしていると言えるだろう。


<本書の特徴>
本書の第一の特徴は、「テキスト」を強く意識していることである。読者として主に想定しているのは学生だろう。各章末に「まとめの課題」「キーワード解説」「ブックガイド」「まとめの課題の答」がそれぞれ載っていて、章ごとに理解を助けるようになっている。これはよく考えれば大学の授業なんかでは使い易いのである。もっとも対象は学生だけではなく、叙述も「ですます調」になっていて広い読者層を意識しているのが窺える。

第二の特徴は、個々の事象にこだわるよりは「通史」の解釈を強く意識していることである。個々の事象にこだわっていない結果として、他の外交史の本よりも固有名詞が少なくなっている。「幣原外交」くらいになるとさすがに使っているけど、政治家や具体的事件などの名前は他のテキストに比べれば極端に少ない気がする。個々の問題に関しては「ブックガイドを読め」ということなのだろう。

第三に、第二の点と関連するが、歴史を現代の視点から捉え返すという意識がかなり反映している。例えば、各章の始めに「この時代は肯定的な評価と否定的な評価に分かれています、あなたはどう評価するかを考えながら読みましょう」みたいなことが書いてある。
この「評価することを前提に歴史を見る」ことのススメは、コテコテの歴史家からすれば轟々たる非難を浴びるところだ。私自身は無味乾燥な歴史書は面白く感じないので好意的に解釈したいが、歴史家が「テキスト」をこういうスタンスで書くとは大胆なことをしたな、という印象を持った。


<大胆な歴史解釈>
第四に、第二の点と第三の点の当然の帰結として、著者独特の歴史解釈が随所に見られる点が面白い。
例えば、悪名高い1915年の「対華21ヶ条要求」を「帝国主義外交に習熟した結果」として中立的に記述し、否定的な見解を斥ける。

その後の中国侵略の直接的な起点とも位置づけられるこの21ヶ条要求は、しかし日本にとって、同盟関係のイギリスをお手本とした帝国主義外交のルールにのっとった外交行動でした。……21ヶ条要求は、清朝崩壊後の中国の弱体化が欧米列国の帝国主義的勢力拡大を誘発することをおそれて、あらかじめ力のバランスを確保するためでもあったのです。(51項)

こうして近代国際政治の勢力均衡原理(バランス・オブ・パワー)をようやく身につけた日本が直面したのは、21ヶ条要求に対する国際的非難であった。その中心には帝国主義に批判的なアメリカの存在があった(この経緯の思想的側面は書評36・坂本多化雄「『万国公法』と『文明世界』」を参照)。
こういう斬新な読み方は井上の前著『危機のなかの協調外交――日中戦争に至る対外政策の形成と展開』(山川出版社、1994年)でも見られたもので、刺激的である。


ただ惜しむらくは、テキストであるが故に註がついていないことである。上述のような面白い指摘を見つけても、井上自身の見解なのか、それとも以前に誰かが指摘しているのかがわからない。「ブックガイド」に全て目を通せばいいのかもしれないが、せめて既存の研究がある部分には註をつけて欲しかった。


<おわりに>
以上見たように、テキストとしてはうまくできているが、もう少し具体的な叙述も欲しいところだ。歴史を見るには鳥の眼と虫の眼の両方が必要だろう。
本書で歴史を俯瞰したり意味づけたりする面白さを知った上で、より詳しい歴史書を読みたい。

…と、読者に思わせるということは、『日本外交史講義』というタイトルの責務を全うしているとも言える。

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それにしてもよくお読みになりますなあ、私も月に10冊を目標に読みまくった時期がありましたが、今はもっぱら20年、30年前に読んだものの中でもう一度読んでみたいものを本棚からさがして読んでいます。 今、ブログに紹介している万葉の歌も1986年に買った斉藤茂吉の「万葉秀歌」を読み直し、カメラをもってその地を訪ねています。

2006/11/11(土) 午前 9:06 [ ひろ坊 ]

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>hirobowojisanさん:今は人生の中でも集中して読書ができる期間と思って、読書に注力しています。再読はあまりしない方ですが、また余裕ができれば再読期間に入ると思います。斉藤茂吉は読んだことがありませんが、今後の参考にさせていただきますね。

2006/11/12(日) 午前 2:38 大三元


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