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書評 近代日本

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書評66 米原謙

『徳富蘇峰──日本ナショナリズムの軌跡』

(中公新書、2003年)


書評38:坂本多加雄『日本は自らの来歴を語りうるか』や、書評61:苅部直『丸山眞男』を読んできた流れで、最近は日本人の国際政治思想に興味を持っている。日本の為政者、外交官、あるいは知識人や一般の大衆が、国際社会をどのように認識し、その中で日本はどうあるべきだと考えたのか。

本書は、明治・大正・昭和を通じて活躍した言論人・徳富蘇峰の評伝である。今回は、この本を手がかりに、近代日本の国際政治思想にわずかでも光を当ててみたい。


【著者紹介】
よねはら・けん (1948年─) 大阪大学大学院国際公共政策研究科教授。専門は日本政治思想史。
大阪大学法学部卒、同大学院博士課程修了後、ソルボンヌ大学に留学。下関市立大学助教授、大阪大学法学部助教授などを経て現職。
著書に『植木枝盛――民権青年の自我表現』(中公新書、1992年)、『日本的「近代」への問い――思想史としての戦後政治』(新評論、1995年)、『近代日本のアイデンティティと政治』(ミネルヴァ書房、2002年)などがある。


【目次】
第1章 新世代の「青年」の誕生
第2章 平民主義のリーダーとして
第3章 「膨脹」への意欲――日清戦争
第4章 「世界の同情」をもとめて――日露戦争
第5章 「白閥打破」から「亜細亜モンロー主義」へ
第6章 閉塞するナショナリズム
終章 ナショナリズムの「再生」――第二次大戦後


【本書の内容】
明治十九年、徳富蘇峰は二十三歳で、評論『将来の日本』を著して華々しく論壇にデビューした。その後、藩閥政府への参画を「変節」と誹謗され、戦後は第二次大戦中の言動によって無視されつづけた。しかし蘇峰は、青年時代から一貫して、日本が国際社会から敬意ある待遇を受けることを主張してきたのである。本書は「大言論人」蘇峰の生涯をたどり、日本ナショナリズムの転変に光を当てるものである。(中公新書カバーより)


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
なかなか興味深い評伝である。徳富蘇峰は、今となっては忘れられた言論人となりつつあるが、昨年『徳富蘇峰 終戦後日記』が刊行されて話題になった。蘇峰は、近代日本のナショナリズムの紆余曲折を一身に体現したような人生を送った。その蘇峰の生涯と思想を辿ってみれば、近代日本の運命をわずかでも追体験できるに違いない。

本書は、徳富蘇峰が「平民主義」の言論人として出発し、ファシズムの嵐の中で「転向」してその片棒を担ぎ、戦後にまた「復活」するまでの転変を追っている。多くの近代日本の思想家にとってそうであったように、蘇峰にとってもその思想やナショナリズムは、国際社会をどう捉えるかという問題と不可分であった。そこでは紆余曲折を経ながらも、蘇峰が一貫して日本が国際社会から敬意ある待遇を受けるために言論活動を展開していったことが明らかにされよう。


<「国際社会」への参入>
徳富蘇峰が言論人として出発し、初めて国際社会に言及するのは同志社大学を中退した翌年、明治14年である。
当時弱冠18歳の蘇峰は、国際社会の現実は「腕力政界」であり「詐欺世界」であること、それにもかかわらず「条理」に従って行動し、「道義」を外交の基準にすべきことを説いている。「理」によって「理」を行うのではなく、「力」によって「理」を実行すること、そのためにはとにかく「実力」を養成しなければならない(36─37項)。
これは、生涯蘇峰の言論活動を貫く柱になる主張であった。それは儒教的理想主義とも、征韓論的武断主義とも違う、戦略的道義主義とでも言うべき国際政治観である。

このあたりの国際社会観は、この時代の国際情勢を正しく反映したものと言ってよいと思う。当時の帝国主義時代にあってそれに順応しなければならないこと、しかし欧米帝国主義にもそれなりのルール(=理)があることなどは、当時の代表的知識人に共有されていた認識であった(書評36:坂本多加雄「『万国公法』と『文明世界』」参照)。
弱冠18歳、恐るべき洞察力と先見性である。


<日清戦争を超えて>
条約改正問題が紛糾する頃から、蘇峰はナショナリズムへの傾倒を見せ始める。もっとも、ナショナリズムは以前から蘇峰の思想の根底にあったものである。蘇峰が理想とした英国を見れば明らかなように、平民主義と国家の拡張は矛盾しない。この頃から蘇峰が強調したのは、「内における国民的自由と外に対する国家的自主が連動しなければならないという自覚」(100項)であった。

しかし蘇峰のナショナリズムが前面に出てくるのはやはり日清戦争・三国干渉後である。はじめに述べたように、近代日本にとっての最大の悲願は、国際社会に参入すること=欧米諸国から対等な扱いを受けることであった。蘇峰の他にも、福澤諭吉、内村鑑三、陸羯南など多くの知識人は日清戦争を「文明と野蛮の戦い」と定義し、日本を「文明」の側に位置付けた(121─122項)。それは当然日清戦争によって正式に日本は「文明」の一員になったという自己解釈の表明であり、欧米の“yellow monkey”という偏見に対する勝利でもあったはずだ。

しかしながら、それに対する欧米の反応は三国干渉という、期待とはおよそ正反対のものであったことを我々は知っている。蘇峰らの屈辱感は想像に難くない。「文明」としての欧米諸国へのアイロニカルな感情は、醸成され始めていた。


<黄禍論と日露戦争>
日露戦争とそれに対する世界の反応は、その感情を爆発させることになった。蘇峰は、三国干渉の4ヶ月後に「日本帝国をして人情と文明の防衛者たらしむる」ことを国家目標として設定する(130─131項)。ここでは仮想敵国は「野蛮」で「無道」なロシアであり、日本は「文明」と「進歩」の国とされている。またこの頃盛んになってきた黄禍論に対しては、「人性の共通」「人道の一致」を強調して文明の普遍性に立つべきことを説いているのは興味深い(146項)。黄禍論に対抗してアジア主義を唱えるのでは、欧米諸国の敬意は得られないと考えたのである。日本はアジアの覇権を求めているのではなく、欧米と対等に見られたいだけだ、という蘇峰の切実な願望が伝わってくる。
ところが、日露戦争勝利をもってしても、欧米からの差別的眼差しを修正することはできなかった。日清・日露戦争における日本の勝利に対して、欧米人は「感嘆の念」を惜しまなかったが、「本物の尊敬」が生まれることはなかった(163─164項)。それは蘇峰をはじめ脱亜論者の挫折を意味した。日本はアジアを脱することはできなかった。それは「アジアへの回帰」へと蘇峰を向かわせることになったのである。


<アジア主義への回帰>
蘇峰の脱亜論は挫折し、アジア主義に回帰した。しかしそれは当のアジアの方が受け入れられるようなものではなかった。というのも、蘇峰のアジア観は脱亜論の、即ち欧米側に立ったような視点でアジアを見るようなものだったからである。
本書はそれを吉野作造の中国論との対比の中で明らかにしている。

同時代に蘇峰と同じように、日本を欧米と並ぶ帝国主義国たることを望んだ思想家に吉野作造がいる。しかしこの二人のアジア観、特に中国観は極めて対極的である。吉野作造は辛亥革命に同情を寄せ、中国の国家建設を援助し共存する提携関係を提唱している(187項)。ところが、蘇峰は中国が近代化できると思っていなかった。だから同じく日中提携でも、蘇峰が提言するのは、中国が日本に資源を提供して、日本は「支那の巡査」をするという攻守同盟になる。結局蘇峰は、「欧米が日本の国民的自尊心を傷つけることには敏感でも、アジア諸国の『傷つけられた自尊心』には無関心だった」(188項)のである。

その後米国で排日移民法(1924年)が制定され、日本が欧米から法律というはっきりした形で拒絶されるに至った時、蘇峰は亜細亜モンロー主義を提唱するようになる。そして満州事変はそれまでの蘇峰と多くの日本人に鬱積していた感情を爆発させ、日本は太平洋戦争への道程をひた走る。その日本の歩みと寄り添うが如く、蘇峰もファシズム体制の一端を担ってプロパガンダに参加するのだった。


<亜細亜モンロー主義は必然だったか>
以上、徳富蘇峰のナショナリズム、国際政治思想を近代日本の歩みとともに俯瞰してきた。要約すれば、蘇峰は一貫して日本が国際社会から敬意ある待遇を受けるために言論活動を展開し、日露戦争後にそれが挫折したことで亜細亜モンロー主義に走ったと言うことができよう。それはあたかも近代日本と運命をともにしたかのようでもある。
しかし、それは必然だったのだろうか。日本のナショナリズムは欧米に否定され、亜細亜からも拒否されて暴発する以外になかったのだろうか。

私は、蘇峰が日露戦争直後に、日本が国際社会から敬意ある待遇を受けることを諦めている点に注目したい。というのも、第一次世界大戦を経て成立した国際連盟に参加し、日本は常任理事国として国際的責任を担っているからである。また蘇峰らが満州権益を侵害されたと憤ったワシントン条約でも、日本の海軍は対米六割と規定されているが、これは仏・伊よりも高い比率である。これらの事実は、第一次大戦後には日本もそれなりに国際社会から評価され、敬意を払われていたことを意味しているのではないだろうか。
蘇峰のナショナリズムは、日露戦争勝利にあっても満足することなく、その後の国際社会からの好意的な待遇も受け付けなくなってしまったのではないかと感じる。

また排日移民法に関しても、当時は蘇峰はじめ新渡戸稲造などのリベラル派までも反米感情一色に染まってしまったが、長期的にはアメリカ自身の自浄作用が働くという、清沢洌のような冷静な分析もあったはずである(書評56:『清沢洌』参照)。
もっともこれらの指摘は、21世紀に生きる人間の20世紀初頭の歴史に対する後知恵なのかもしれない。


<おわりに>
ところで米原は本書の「あとがき」で、執筆中に訃報に接した坂本多加雄の著作について触れて、「坂本の多産な仕事ぶりと『国民の物語』を意識したナショナリズム論は、どこか蘇峰を連想させるところがあった」と述べている(245項)。
このブログでは坂本の著作をいくつか取り上げてきたが、そう言われればそうかもしれないと思った。『日本は自らの来歴を語りうるか』に収められた蘇峰についてのエッセイにも、かなり同情的なところを感じる。蘇峰は94歳まで健筆で生涯を著作活動に捧げたが、坂本は52歳の若さで逝ってしまったのが、何とも残念である。

閉じる コメント(7)

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徳富蘇峰もまた、毀誉褒貶相半ばする言論人の一人ですね。ただ、彼の生涯を俯瞰するとき、初期の「リベラル」な蘇峰が、後に「国家主義」へと“変節”するといった従来の評価も、大三元さんのおっしゃるような後知恵的な観があるようにも思います。実際のところ、平民主義に基づく「国民」の創出と、ナショナリズムが背景にある「国家主義」というのは、近代日本にとって必ずしも矛盾したものではありませんからね。むしろ、彼の思想を一つの流れとしてみることが、近代日本の姿を眺める方法としてはいいのかもしれませんね。

2007/2/1(木) 午後 10:11 [ デヲキシリボ格さん ]

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>デヲキシリボ格さんさん:彼が「転向」していない点や、平民主義と国家主義の親和性など、全くその通りだと思います。記事でも指摘しましたが、平民主義が帝国主義の拡大を要求する点などは、三谷太一郎『近代日本の戦争と政治』などでも指摘されており、通説になりつつあるようですね。しかもこれは日本のみならず同時代の世界的な現象ですし、そういった時代背景、内的関連にも目配りが必要なのでしょう。

2007/2/3(土) 午前 5:41 大三元

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>デヲキシリボ格さんさん:私自身はむしろ、蘇峰が「転向」していないにもかかわらず亜細亜モンロー主義を唱え、太平洋戦争の片棒を担ぐ運命にあったことに近代日本の悲劇を見るのです。蘇峰に象徴される日本のナショナリズムは、否定され、挫折し、暴発するしかなかったのか。これが今の問題関心ですね。的確なコメントありがとうございました。

2007/2/3(土) 午前 5:43 大三元

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その点は、以前、野島(加藤)陽子先生も何かで述べておられましたね。加えて当時の日本には、中国という「問題」もありました。中国ナショナリズムの台頭と、日本にとっては「血で贖った」特殊権益との相容れない関係も、近代日本にとっては結果的には不幸以外の何ものでもなかったように思います。

2007/2/3(土) 午前 9:12 [ デヲキシリボ格さん ]

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>デヲキシリボ格さんさん:えっ、加藤陽子って結婚してたんですか?知りませんでした…。予備校の日本史講師との結婚て、どこか猪口孝・邦子夫妻を連想させます。「中国」という問題も語るのが難しいですね。それこそ旧外交と新外交のはざまのような問題で。以前取り上げた川島真の論文で中国にとっての「近代化の物語」が跡付けられており、当たり前ですが中国も「坂の上の雲」を夢見ていたという事実に、認識を新たにしました。

2007/2/4(日) 午前 6:42 大三元

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こんにちは。
日清戦争は重要なターニングポイントと思っています。

2008/6/7(土) 午後 7:57 [ kemukemu ]

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>kemukemuさん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございます。日清戦争についてはコンパクトな入門書があまり出ていませんね。日露戦争の方はこのブログでも取り上げた山室信一のものや中公新書にも類書がありますけれど。

2008/6/8(日) 午前 6:35 大三元


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