読書のあしあと

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書評69 バルザック

『谷間の百合』

石井晴一訳(新潮文庫、2005年改版)


以前mepoさんの記事を読んで自分の問題意識と重なるところがあり、本書を買いに本屋に行った。
しかし紀伊○屋にも、ジュ○ク堂にも、B○○K1stにも見当たらない。ありったけの古本屋を回ってやっと手に入れ、やっと読み終わったのが一週間前。こんな有名作品でも、最近は肩身が狭くなっているようである。


【著者紹介】
Honoré de Balzac (1799年─1850年) フランスの小説家。
フランスのトゥール生まれ。孤独な少年時代の読書や夢想に浸った経験は、後の作品にも影響を与えている。超人的ペースで多産された作品は写実的であり、19世紀リアリズム小説のさきがけとなった。社会のあらゆる人物、場面を描くことによって、フランス社会史を成す『人間喜劇』を構想・執筆したが未完に終わる。『レ・ミゼラブル』の作者ヴィクトル・ユーゴーの親友でもあった。
代表作に『絶対の探求』『ゴリオ爺さん』(1834年)、『谷間の百合』(1835年)など。


【本書の内容】
純真な青年フェリックスは、舞踏会で出会ったモルソフ伯爵夫人の美しさに魅了され、夫人の住むアンドルの谷間を足しげく訪れるようになる。充たされない結婚生活を送る夫人の心にも、若者の影は、いつしか凄愴な内心の葛藤をともなってしのびよっている──。白百合の芳香の漂う谷間にざわめく強烈な官能の高まりと、宗教的永遠観が精緻な描写に託された近代リアリズム小説の傑作。(新潮文庫カバーより)


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
はじまりはナルシスティックな文章が読みづらく、たった30ページに2時間もかけて読んでしまったが、主人公フェリックスが恋に落ちてからは引き込まれていき、一気に読み終えた。こういう重厚な作品は、その世界に入ってしまえばこっちのものである。確かに古典文学の名に恥じない名作だと思った。

以下に見るように、この作品の最も大きなテーマは恋愛における精神と肉体の葛藤であるが、それ以外にも色々と考えるところがあったので、順に感想を記していくことにする。


<精神と肉体の相克──青年の煩悩>
不遇な少年時代を過ごしていた青年フェリックスは、ある舞踏会で美しい貴婦人・モルソフ伯爵夫人(=アンリエット)に出会う。その後アンドルの谷間で偶然の再会を果たし、フェリックスは何とかアンリエットの好意を得ようと試行錯誤する。
何を考えてもアンリエットへの恋情につながり、見えるもの全てを美しくさせてしまう初恋の情熱的効能が、前半300ページにわたって克明に描かれる。谷間の百合のように美しく、気品にあふれたアンリエットに恋焦がれるフェリックスの内面描写は、さすがと思わせる迫力があった。

他方で、アンリエットの方も若き純真なフェリックスに惹かれていくようになる。傲慢で他人の話を聞こうともしない夫と病弱な二人の子どもとの不幸な結婚生活に慣れてしまっていたアンリエットには、フェリックスの率直で清潔な愛情が「初めて人に愛された」ように思われたのであった。

しかし貞淑な人妻であるアンリエットは、聖女のような精神的愛情を注ぐにとどまり、それ以上の関係を持とうとしなかった。燃えるような情熱をぶつけてくるフェリックスに対し、時になだめるように、時に叱るように制止するアンリエットの内面はアンビバレントなものであっただろう。
アンリエットは自らの情熱的愛を封印し、その教養と知性の全てをフェリックスに託し、彼のパリ社交界での成功に貢献するのであった。


アンリエット仕込みの教養を身につけてアンドレの谷間を離れ、パリでルイ18世に気に入られたフェリックスは、順調に政治的・社会的地位を高めていく。しかしそこでフェリックスが出会ったのは、青年が抗い難い妖艶さを備えたイギリス伯爵夫人アラベルであった。フェリックスはアンリエットの精神的愛情を頭の片隅に置きながらも、肉欲の抗い難さを言い訳にしてアラベル夫人と関係を結ぶ。アラベル夫人は、教養や精神性などの点でははるかにアンリエットに及ばなかったが、フェリックスのために全てを捧げるほどの愛情を示した。

ここに至って、フェリックスは二者択一を迫られる。

つまりは肉体の愛と聖なる愛との相克です。……アラベル夫人は、ひたすら本能や、器官や、欲望や、私たちの身体を作り上げている微妙な物質に備わった美徳や悪徳などを満足させてくれるたちの女でした。これにひきかえ、モルソフ夫人は魂の伴侶でした。(368─369項)

こういう問題は、おそらく誰もが一度は突き当たる壁であり、それを劇的に描ききったところにこの作品の名作古典たる所以があるのだろう。
フェリックスはアンリエットとアラベル夫人との「両立」(つまり二股)を模索しつつ、アラベル夫人に傾いた自分の弱さに言い訳しながらも(例えば398項)、最後はアンリエットのもとに戻ることになる。


<男の無神経?──「嘘も方便」再び>
フェリックスの「浮気」は、いつの間にかパリ社交界で話題となり、アンドルの谷間のアンリエットの耳にも入ることになった(やっぱり悪いことはするもんじゃないですね…)。この心労が原因となってアンリエットは病に伏すことになるが、フェリックスは何とか自分の行動を説明しようと試みる。それは男の私が読んでもみっともない自己弁護に思えるが、フェリックスにできることはそれしかなかった。

しかし興味深いのは、アンリエットに対して言い訳する際に、アラベル夫人に傾いてしまった事実をも率直に語っている点である。本当はアンリエットを愛している、あなたが全てである、しかしアラベル夫人に一瞬心を囚われたのは事実である、云々と。そこでは、最も愛するアンリエットに対してアラベル夫人への想いを告白する無神経さが見てとれる。

さらに、この作品自体の構成を思い起こしてみよう。この作品は、フェリックスが現在の恋人であるナタリーという女性に向かって書いた手紙という体裁をとっていて、その中で若き日のアンリエットやアラベル夫人との関係を回想するという設定になっている。
つまり、この作品は現在最も愛するナタリーに対してアンリエットの思い出を告白する手紙なのである。

この手紙に対して、ナタリーは「あなたの索漠とした心をあらわにお見せになるような告白は今後二度となさいませんように」(543項)、「いっそのこと嘘をついてだまして下されば、あとあと感謝申し上げたことでございましょうに」(546項)との言葉を残し、フェリックスに別れを突きつけるのであった。


こういったフェリックスの性向と女性たちの反応は、書評28:角田光代『空中庭園』書評29:遠藤周作『結婚』で示された「嘘も方便」という問題を想起させる。
この三冊を読んでみて興味深いと思うのは、恋愛や結婚における「言わなくてもよい」ことを秘密のままにしておくのは比較的女性に多く、逆に「全て打ち明けてしまいたい」という衝動に駆られるのは男の方が多い、ということである。これはこの三冊にとどまらず、一般的な傾向なのではないかと思う。というのも、私自身「打ち明けてしまいたい」というフェリックスの衝動もわからないことはないからである。

しかし本書を読んで、改めて「嘘も方便」の重要性を再確認した。官能の誘惑に負ける弱さもさることながら、「打ち明けてしまいたい」自己破壊願望も、若さの故なのかもしれない。


<バルザックの見るイギリス人とフランス人>
もう一つ興味深かったのは、アンリエットとアラベル夫人が見事に「精神的愛情─肉体的官能」図式に対応しているのとともに、バルザックはこれにフランスとイギリスの国民性をも重ね合わせている点である。

バルザックがフェリックスに語らせるには、イギリス人は無意識のうちに唯物論を奉じ、物質的な生活を快適なものにすることに腐心する快楽主義に陥っている。そこには、「神々しい精神性や、カトリック的な魂などは見当たら」ないのだと言う(367項)。その典型例がアラベル夫人であるとされ、そこには明らかにバルザックのイギリス観が色濃く反映されている。
この観点からのアラベル夫人の描写(=イギリス批判)は読めば読むほど辛辣であり、相当のイギリス嫌いでなければこんな文章は書けないと思う。フランス人は英仏戦争以来イギリス嫌いが定着していると聞くが、ここまでとは…。


バルザックは、青年を魅了してやまない官能的妖艶さを、イギリス人に担わせて小説を書いた。しかし私は、どちらかというとこういう色気はむしろフランスにこそ似合うと思う(いい意味で)。イギリス人が抽象的観念論を毛嫌いし、具体的なものを好む傾向にあるのはイギリス人も認めるところだが(例えば書評49:『オーウェル評論集』)、それを端的に肉体的官能嗜好に結びつけるバルザックの観察には、少々違和感があった。
このあたり、英仏両国がお互いをどう見ているのかを知らないのだが、ちょっと興味を持った。


<おわりに>
バルザックの作品は後のドフトエフスキーやトルストイに影響を与えたと言われるだけあって、少々似ているな、と思った。こういう大部の作品は、なかなかゆっくり時間をとれるときにしか読めないものだが、機会があればまた挑戦してみたい。

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おそらくバルザックは古今東西の小説家の中でも5本の指にはいるでしょうね。「ゴリオ爺さん」「従姉妹ベット」「絶対の探求」などなど・・・熱に浮かれたようになる作品がてんこ盛りです。時間と機会さえあれば邦訳されている「人間喜劇」を制覇したい、という気持ちもあります。アンリエットの純真さに若き私はとろけて一時期「人妻」に憧れました(苦)

2007/2/14(水) 午前 0:41 [ kohrya ]

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トラバ、ありがとうございました!読んでいただけたのですね〜。物語の内容だけではなく、他書との比較、歴史的背景を踏まえた記事で勉強になります。そうなんですよね、フェリックスがアンリエットに赤裸々に告白するところは私も違和感を感じたんですよ。それを後にナタリーが一喝してくれて、さっぱりしましたが(笑)。その辺は言わないのが礼儀でしょう…などと思うのですよ。使い古されたテーマでも、熱に浮かされていると(笑)かなり引き込まれますね。私もトラバさせてくださいね。

2007/2/14(水) 午後 11:45 mepo

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>こーりゃさん:私もこの本を読んでバルザックが予想以上に面白いと思いましたが、あまり邦訳されていないのが残念ですね。新潮文庫では他に『ゴリオ爺さん』しか訳されてないですし。『谷間の百合』のような、現代でも意義を持ちうる作品がどんどん読まれなくなっていくのは寂しいです。私はアンリエットにも惹かれる気持ちもわかりますが、アラベル夫人に傾いてしまうフェリックスも頭ごなしに否定する気にはなれません(苦笑)。

2007/2/15(木) 午前 9:18 大三元

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>mepoさん:とても魅力的な本の紹介、ありがとうございました。考えさせられるところの多い作品でした。ナタリーの批評の部分でスッキリされるあたり、女性の読み方だなぁ、と思います(笑)。ジッドの時もそうでしたが、やはり男女で読み方とか視点の角度が違って面白いですね。身につまされる思いです。トラバありがとうございました〜。

2007/2/15(木) 午前 9:24 大三元

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大三元さん、実は私は、mepoさんのところでこの小説の記事を読んでからこちらの記事を読みました。いろいろな切り口があるのだなと大変面白く読みました。機会があればぜひ読みたい作品です。

2007/2/25(日) 午前 10:39 miffy_toe

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>すてさん:この作品の主題である「精神と肉体の相克」みたいなところはmepoさんの記事で取り上げられていたので、私の記事ではそれ以外のことについて力を入れて書いたつもりです。一冊の本でも色んな側面がありますし、そういったところも記事を比べて楽しんでいただけたらと思います。

2007/2/26(月) 午後 4:39 大三元

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TBありがとうございました。
「アンリエットの内面はアンビバレント」とありますが、私が一番引っかかったのはまさにこの部分なんですよね・・。女性を敵に回す発言かもしれませんが、フェリックスはそれに振り回されたようにも思えました・・。
この作品は人によっていろんな感想があるでしょうね。

2008/5/12(月) 午後 9:43 KING王

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>KING王さん:そうですね、おっしゃる通りだと思います。でも、そこで「振り回された」って割り切っちゃうのも、女性陣からはものすごい顰蹙を買うんでしょうけれど(笑)。

2008/5/13(火) 午前 0:51 大三元

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「全て打ち明けてしまいたい」という衝動はないですが、恋人ができたら言うと思います。それは相手の判断材料を提供することにおいてフェアでいたいという気持ちからです。結婚している状態を続けるかどうか、日々新たにその選択を行っているわけですから。巷間よく言われるように「自分が楽になりたいから」というのとは違うと自分では思っているのですが。。。どう思われますか?

2008/5/17(土) 午後 2:28 [ - ]

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>Ringoさん:なるほど、これは新しい視点でした。私の場合は、「自分が楽になりたいから」というよりは、自覚なくいつの間にかしゃべっちゃっている、というのが実態です…(苦笑)。でも、個人的にはRingoさんのおっしゃることもよくわかります。そこも含めて本当に選んぶかどうかのジャッジを経て、初めて本当の男女関係なのだとも思うので、そういう関係はすごく羨ましいです。ただ、世間の夫婦や恋人同士がRingoさんのような意図であんなことやこんなことも打ち明けあっているかというと疑問なのですが…。
一瞬投票でこの設問を作ろうかとも思いましたが、また微妙な設問になっちゃいますね(笑)。

2008/5/18(日) 午後 10:10 大三元

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