読書のあしあと

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書評81 夏目漱石

『坊っちゃん』

(新潮文庫、1950年)

復活書評第一弾は、誰もが一度は目を通したことがあるはずの、漱石の代表作である。

私は「趣味は?」と聞かれるととりあえず「読書」と答えることにしているが、世間で読まれている本を読んでいるわけではない。
漱石についても、高校の教科書で読んで以来ちゃんと読んだことがなかった。そこで最近、漱石の作品をあらかた買い込んできて「漱石を読む2007年」にしようと思い立ったわけである。
その第一弾として、今回は初期の作品の中でも比較的短い『坊っちゃん』を取り上げることにした。


【著者紹介】
なつめ・そうせき (1867─1916) 近代日本最大の作家。本名は金之助。
江戸牛込馬場下に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。日本文学史に輝く数々の傑作を著したが、最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。
他の代表作に『三四郎』『それから』『行人』『こころ』など多数。


【本書の内容】
松山中学在任当時の体験を背景とした初期の代表作。物理学校を卒業後ただちに四国の中学に数学教師として赴任した直情怪行の青年“坊ちゃん”が、周囲の愚劣、無気力などに反撥し、職をなげうって東京に帰る。主人公の反俗精神に貫かれた奔放な行動は、滑稽と人情の巧みな交錯となって、漱石の作品中最も広く愛読されている。近代小説に勧善懲悪の主題を復活させた快作である。(新潮文庫カバーより)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
あらすじについては改めて書く必要もないと思う。実直潔癖な青年「坊っちゃん」が、松山の中学に赴任した際に生徒の悪戯や教頭らの嫌がらせにもめげず、最後には「天誅」を食らわせて教師を辞めて帰京する、という簡潔な作品である。

『坊っちゃん』は今でも教科書の教材として人気の高い作品だが、その理由はおそらくこの勧善懲悪的な主題、あるいは全体を貫通する軽快なテンポにあるのだろう。姑息な赤シャツや野だを懲らしめる坊っちゃんを描く漱石の文章は、「一気呵成なそう作力の奔出から生まれた歯切れのよい文体のリズム」(江藤淳「『坊っちゃん』について」151項)に溢れている。
赤シャツらに反発を覚える坊っちゃんの言い分はこうである。

考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功しないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊っちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。それじゃ小学校や中学校で嘘をつくな、正直にしろと倫理の先生が教えない方がいい。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のためにも当人のためにもなるだろう。(56頁)

いやはや、ごもっともです。


<漱石の感性は江戸的だった>
実は、本書を読んだ際に、『坊っちゃん』自体よりも江藤淳の解説「漱石の文学」の方を興味深く読んだ。私は漱石初心者であり、江藤淳が漱石研究の第一人者であるくらいは知っていたが、この新潮文庫の末尾に収められた20項ほどの解説には恐れ入った。


江藤淳は、漱石の文学が現代に生き続けている理由を、前近代的価値観・倫理観を保持しつつ、近代の裏側に突き抜けていることに求めている(江藤淳「漱石の文学」143─144項)。
実際、漱石は最大の近代作家とされているにもかかわらず、「坊っちゃん」は生粋の江戸っ子であり、帝国大学卒の赤シャツに反抗する。「天誅だ」と言って赤シャツと野だを殴る坊っちゃんの価値観は、明らかに近代のものではない。どちらかと言えば「野蛮」あるいは前近代のものである。

リアリズム文学が隆盛を誇った近代にあって、漱石は「善」「美」といったものを独特の江戸的感受性によって表現した。


<「近代」が求めるもの>
一方で、漱石は「『近代』の影の部分を最初に洞察した作家」(同上、146項)でもあった。当時「近代」の最先端にあった英国に留学した漱石は、完全に都市化したロンドンがスモッグにまみれ、かつての田園風景を失っているのを目撃する。近代の行き着く所を知ってしまった漱石は、ロンドンでの生活に生き甲斐を見出せず帰国するのであった。

『坊っちゃん』における、坊っちゃんと山嵐の奔放な活躍は、一見爽快ではあるが、その実「敗北」であることに江藤淳は注目する。江戸的な感性を示して赤シャツらに対抗した坊っちゃんと山嵐は、結局辞表を提出して学校を辞めるのである。漱石は、前近代的な江戸の価値観が「近代」に太刀打ちできないことを知っていたのだ。


だが、このような寂しさを漂わせた『坊っちゃん』の底流には暖かさがある。それは言うまでもなく、坊っちゃんの言うことなら何でも信じ、いつも黙って受け入れてくれる清の存在であった。
坊っちゃんは東京にいる間は清の愛情を不可解に思うが、離れてからやっとその有り難味に気づくことになる。

清なんて見上げたものだ。教育もない身分もない婆さんだが、人間としては頗る尊い。今まではあんなに世話になって別段ありがたいとも思わなかったが、こうして、一人で遠国へ来てみると、初めてあの親切がわかる。越後の笹飴が食いたければ、わざわざ越後まで買いに行って食わしてやっても、食わせるだけの価値は充分ある。清はおれの事を慾がなくって、真直ぐな気性だと云ってほめるが、ほめられるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に会いたくなった。(37項)

こういった感情は、親元を離れる子どもが初めて感じる親の存在の大きさを的確に表現していると思う。


成長してから気づく家族の大切さ、「母」を求める感情というのは、どちらかというと近代以前のものだと私は思っていた。しかし社会学者の山田昌弘は、近代こそ家族を必要とするのだと指摘する。「自分を心配し、自分を必要としてくれると思える存在が、家族以外にはなくなっていく」(書評80:『少子社会日本』、51項)のである。
近代社会に正面から取っ組み合いを挑み、愛想を尽かした坊っちゃんが求めたのも、やはり「母」なる清だった。


<おわりに>
久しぶりにちゃんと読んだ漱石の作品だったが、作品自体を楽しんだというよりは、上に述べたようなことを考えながら読んだ感じだった。
次回作はちゃんと作品の中に入り込むようにもしたい。

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漱石を読むという企画、楽しみです。漱石は今読んでも新鮮な言葉があふれている気がしますね。私ももう一度読み返したくなりました。

2007/7/3(火) 午後 10:26 miffy_toe

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漱石の「本質」は実は坊ちゃんでなく「赤シャツ」じゃないんでしょうか?この作品を読んだのももう40年近く昔ですが、「猫」の皮肉な独白なども併せると漱石は物事を高いところから見て卑怯でせせこましい人間だと思います。たぶん、正義感あって単純で真っ正直な人じゃ有りません。いつか漱石もアウトラインをたどるくらいはやりたいですね。

2007/7/5(木) 午前 2:40 [ kohrya ]

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>すてさん:すてさんもご一緒にどうですか(笑)?私は漱石入門としてですが、再読の方も何かしら感じるところはありそうですよね。

2007/7/5(木) 午前 7:29 大三元

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>こーりゃさん:なるほど、面白い分析ですね。確かに漱石は「正義感あって単純で真っ正直な人」というよりも皮肉屋なところがあると思います。ただ、漱石自身も「坊っちゃん」に自分を重ね合わせていたのではなく、前近代的感性で奔放に行動する「坊っちゃん」を戯画的に描くことによって、それが近代の前に敗北してしまうことを描いているのだと思います。自分の教師経験がもとになっているとはいえ、漱石本人と比べると「坊っちゃん」は奔放すぎですもんね(笑)。

2007/7/5(木) 午前 7:34 大三元

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時代の境目にいた漱石は「近代的」なる自分自身の姿の滑稽さを坊ちゃんや猫の目を通して描いたのだと思います。スウィフトの「ガリバー旅行記」を下敷きにしていますね「猫」は。そう言えば漱石も英国留学帰り、英文学の影響は当然受けていることでしょう。

2007/7/5(木) 午後 9:27 [ kohrya ]

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「坊っちゃん」は,恥ずかしながら,ちゃんと読んだことがないです。学生時代に必要に迫られて大急ぎで読んだきりで…。文体というか語り口が魅力的であったということは覚えているんですけど,大三元さんの記事を読んで,もう1回ちゃんと読んでみたいという気持ちになりました。

2007/7/6(金) 午後 7:49 NONAJUN

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>こーりゃさん:江藤淳は上記の解説の中で、漱石はイギリスに留学してオースティンなどの英文学に魅了されたものの、近代化してしまったロンドンにはもはやその英文学を培ってきた田園風景がないことにショックを受け、帰国したと指摘しています。江戸的な感性がもはや近代の前に勝てないことを、漱石はすでにその時に知ってしまったのでしょう。この問題が他の作品にどう影響するのか、そこに注意しながら読み進めていきたいです。

2007/7/7(土) 午後 1:09 大三元

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>NONAJUNさん:NONAJUNさんもですか〜。意外ですね。でも『坊っちゃん』なんかは自分で思い立って読む人はなかなかいないのでしょうね。文体の魅力についてはおっしゃる通りだと思います。是非、NONAJUNさんの『坊っちゃん』の記事も読んでみたいです。

2007/7/7(土) 午後 1:12 大三元

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この夏休みに娘が学校の宿題で読んでいますが、私も再読したくなりました。私の頃は中学で読んだのに、今は高校になってからの宿題で驚きましたけど。。(^^ゞ
先日も芥川が宿題の時私も久々に読んだのですが、中高生の頃とは違った感想を持つことができて面白いですね。

2007/8/18(土) 午後 8:40 choro

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>Choroさん:高校で『坊っちゃん』を読んでるのですか〜。読書に年齢は関係ないとは思いますが、高校くらいならせめて『こころ』あたりを読んで欲しいですね。実際『坊っちゃん』は中学校が舞台ですし、中学生でも読める作品だと思うので。これも学力低下or学習内容の削減の影響でしょうか。

2007/8/18(土) 午後 11:19 大三元

素晴らしい書評でした(^o^)僕もこれくらい書きたいとは思うんですが、素養がなくていつも感想文にとどまってます。

2007/8/26(日) 午前 8:33 [ おでんや ]

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>おでんやさん:ご訪問&コメントありがとうございます。私の方もおでんやさんの読まれている本は読んだことのないものばかりなので、参考にさせていただきますね。

2007/8/26(日) 午後 6:44 大三元

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再び書評を読ませていただきました。あ、↑私は半年くらい前に読んでたんですね(笑)。私も再読で、「赤シャツのようなもの」=近代に染まってしまうという坊ちゃんの怯えに、今回気づきました。やはり「坊ちゃん」的気質では近代に立ち向かえないという寂しさというか、怯えというか…。もうしばらく漱石を読んでみようと思いました。TBさせていただきますね。

2008/1/28(月) 午後 4:21 mepo

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>mepoさん:トラバありがとうございました。そうなんですよ、一見景気のいい作品なんですが、よくよく考えてみると寂しい物語なんですよね。ここで立ち止まらずに、その先の漱石を読んでみたいと思わせるような本でした。

2008/1/31(木) 午前 7:59 大三元

漱石さん、大好きです。
全作読んでると思っていたのにハルキさんが最もお勧めの「鉱夫」という作品、まったく知らなくてショックを受けました。
読まれたことありますか。

今日は暑中見舞い持参でお邪魔しました。ゲストブックの中です。

2008/7/20(日) 午後 1:43 AKIKO

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>AKIKOさん:『抗夫』のことでしょうか?私も読んでいないのですが、村上春樹が好きだとは初耳ですね。ちょっと興味がわきました。チェックしておきましょう。ちなみにこの『坊っちゃん』以降漱石作品はさぼっています…。。

2008/7/20(日) 午後 6:21 大三元

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『抗夫』です。

2008/7/28(月) 午前 10:32 AKIKO

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>AKIKOさん:そうでしたか、『抗夫』、チェックしておきますね。確か柄谷行人なんかもこの作品について多く書いていたような気もします。

2008/8/3(日) 午前 7:33 大三元

大三元さんが、『坊ちゃん』の中の“清”にちゃんと触れていてくれたことに感動しました。私は清あっての作品『坊ちゃん』だと思っていましたので・・・。
私は高校時代に夏目漱石にはまって以来の読書好きです。漱石先生会っての今の私、ってとこがありますです。

2008/11/26(水) 午後 1:54 [ booklover ]

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>bookloverさん:古い記事にコメントありがとうございました〜!
私は高校時代全く本を読まない学生だったので、もうちょっと真面目に読んでおけば、と反省するばかりです。「漱石先生会っての今の私」、なんて言ってみたい台詞です(笑)。

2008/11/28(金) 午前 8:13 大三元

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