読書のあしあと

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書評92 太宰治

『太宰治全集3』

(ちくま文庫、1988年)


太宰治全集を少しずつ読んでいる。以前、この第三巻に収められた作品では「畜犬談」だけ単独で書評したが、今日はこの巻をまとめてレヴューしたい。


【著者紹介】
だざい・おさむ (1909─1948年) 作家。本名、津島修治。
青森の名家に生まれ、東京帝大仏文科に入学するも、講義についてゆけず中退。学生時代から作家を希望するが、自殺未遂を繰り返す。1935年、『逆行』が第1回芥川賞候補。結婚後、『富嶽百景』『斜陽』などの作品を次々と発表、戦後流行作家となったが、1948年、玉川上水に愛人と入水心中。
主な作品に、『晩年』、『女生徒』、『思ひ出』、『走れメロス』、『女の決闘』、『東京八景』、『新ハムレット』、『駆込み訴へ』、『老ハイデルベルヒ』、『正義と微笑』、『富嶽百景』、『右大臣実朝』、『津軽』、『新釈諸国噺』、『お伽草紙』、『パンドラの匣』、『ヴィヨンの妻』、『斜陽』、『人間失格』、『桜桃』などがある。


【収録作品】
八十八夜/座興に非ず/美少女/畜犬談/ア、秋/デカダン抗議/おしゃれ童子/皮膚と心/春の盗賊/俗天使/兄たち/鴎/女人訓戒/女の決闘/駈込み訴え/老〈アルト〉ハイデルベルヒ/誰も知らぬ/善蔵を思う/走れメロス/古典風/盲人独笑/乞食学生/失敗園/一灯/リイズ


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
太宰は面白い!こんなに面白いとは思わなかった。まさに、良質なエンターテイメントだ。

この巻に収録された作品は上に挙げた通りだが、この巻は特に読んでいて楽しい。『人間失格』に象徴されるような暗いイメージなんて吹き飛んでしまう。書評89:「畜犬談」は一級のユーモア小説だったけれど、他の作品もそれぞれの味がある。小説ってこんなに幅があって、こんなに楽しいものなんだと思わせてくれる一冊である。

今回はその中でも特に気に入った作品を取り上げてレヴューしたい。


「駆け込み訴え」
太宰の短編の中でも割と有名な作品。

申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。(253項)

そう言いながら駆け込んできたのは、キリストの弟子ユダであった。
ユダはキリストを敬愛し、自分こそあの人に一生ついてゆく意志と資格があると自負するが、キリストは一向に自分に振り向いてくれない。ユダはだんだん卑屈になり、愛しさ余って憎さ百倍、キリストを裏切ろうと決意する。あの有名な「最後の晩餐」の場面で「私を売ろうとしている者がいる」と名指しされたユダは、役所に駆け込んだのである。

「最後の晩餐」の背後に、ユダの屈折した感情を読み取ろうとした意欲作。


「老ハイデルベルヒ」
以前の記事で太宰の作品は「人間くさい」という指摘をいただいたが、この作品はまさにそれである。しかも太宰にしては珍しく、ほのぼのした場面もあったりして、その多面性を改めて感じさせてくれる。

50年も燗ばかりつけている飲み屋のおじいさん、酒屋を営むが家で一滴も酒を飲まない佐吉さん…人間味溢れる三島の人々。読んでいて、思わず顔がにやけてくるような味のある人間模様が、そこにはあった。


「走れメロス」
「メロスは激怒した。」
この一文で始まる、あまりにも有名なこの作品は、しかし太宰の作品の中でも異色中の異色作である。

まず、スピード感が違う。太宰全集を読んでいると、どの作品も文体が違ったり雰囲気に慣れるのに多少手間取ったりするのだが、「メロス」は読者に休ませない。一気呵成に読ませてしまうスピード感がある。
同じく中学の教科書の定番である漱石の『坊っちゃん』もテンポのいい作品だが、「メロス」の方が断然速い。こっちまで前のめりになってしまうほどだ。

加えて、内容も素晴らしい。たった15項の短編に、信じて待つことの大切さ、逆に待たせることの辛さ、人間の弱さと強さ、家族と友情など、様々なテーマが凝縮されており、しかも上手くまとまっている。そして流れるようにクライマックスまでもっていく鮮やかさ。最後には、布をメロスに渡す少女の頬が赤らむというささやかなオチまでついていて、作品の完成度が恐ろしく高いと感じた。

色んな果汁が混ざった、しかし後味の爽やかなジュースを一気に飲み干したような読後感。
『全集3』の中でも、この「メロス」は出色の短編である。

閉じる コメント(22)

中学生くらいの頃、結構太宰にはまってました。「お伽草紙」とか「駆け込み訴え」とかが好きでした。
中学の国語教師が「走れメロス」について、感動するような作品ではない、太宰は友人を待たせた自分を戯画化したのだと言っていたのが非常に印象的でした。檀一雄を待たせた一件のことを言われていたのだと思います。

2007/8/31(金) 午前 4:12 hazakura

多分なんですが・・・。
人間の心は、たくさんの本心があって、それを全て表現する
ことのできる人なのではないかな〜と思ってます。
感情に正直で、実直・・・なイメージです♪
・・・どうでしょう?(笑)

2007/8/31(金) 午前 11:41 ビール大好きあつぴ

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>はざくらさん:「お伽草子」もファンが多い作品ですよね。いずれ書評できたらいいなと思っています。
「走れメロス」と檀一雄をめぐる一件は諸説あるようですが、私自身はそういう話に詳しくないので何とも…というところです。ただ、その話題に絡んで太宰が「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」と言ったということを小耳に挟んだことがあります。壇を待たせたことに罪悪感を感じつつも、待たせる側の辛さをもメロスの姿には託されているような気がします。
また、太宰がどういう意図で書いた作品であれ、それが理由で「走れメロス」の価値は落ちるとも思えません。

2007/8/31(金) 午後 7:31 大三元

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>あつぴさん:なるほど、さすが太宰治を読み込まれているだけありますね。そう言われてみればどの作品も“嘘をついている”感じがしないですね。自分の感情に、本当の意味で率直な人だったのかもしれませんね。貴重なご意見、ありがとうございました。

2007/8/31(金) 午後 7:38 大三元

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私も太宰全集、追いかけたいですね。まだ手元にないのですが(笑)。「駆け込み訴え」は、裏切ったユダが切なかったです。健康に正しく生きたいけれども、弱くて生きられない人間の切なさがひしひしと感じられました。吉本隆明は、この作品について「……ユダには太宰の自画像が象徴化され、イエスは太宰の理想像として象徴化されているともかんがえられる。あるいはユダとイエスを一人格のなかに同居させることが、太宰の理想の人間像だったと言えるのかもしれない。」と書いてありました。ユダとイエスは誰の中にもいますね。

2007/8/31(金) 午後 11:03 mepo

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「駆け込み訴え」の感想、昔の記事で少し恥ずかしいのですがTBさせていただきますね〜。

2007/8/31(金) 午後 11:15 mepo

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>mepoさん:ふむふむ。太宰の理想の人間像が「ユダとイエスを一人格のなかに同居させ」たものだという視点は新鮮ですね。キリストに嫉妬するユダの気持ちもわからないこともありませんが、そんなに先鋭化しなくてもいいのに…と思います。そこらへんが吉本隆明の指摘するところなんでしょうか。

2007/9/2(日) 午後 2:26 大三元

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>mepoさん:トラバありがとうございました。早速伺いますね。

2007/9/2(日) 午後 2:35 大三元

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ラーメンと近代文学の記事を書くために「俗天使」と「善蔵を思う」を読んだばかりです。『人間失格』しか読まない人とか,「走れメロス」しか読まない人も多いんですが,太宰治はやっぱり全集であれこれひっくり返して読みたい作家ですよね。「老ハイデルベルヒ」をあげているあたり,さすがですね。

2007/9/2(日) 午後 10:31 NONAJUN

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>NONAJUNさん:ラーメンと近代文学のシリーズ、大変面白く読ませていただいておりました。ちょうどこの『全集3』に「善蔵を思う」が収録されているということもあったのですが。
「老ハイデルベルヒ」は私にとってとても印象深い作品で、太宰の印象が一変させられましたね。こんな温かい作品も書けるんだなぁと。こんな経験も全集ならではかと思います。

2007/9/3(月) 午後 3:18 大三元

大三元さんも読書はスタバなんですね〜。(って、余計なお世話でした)太宰は、暗〜いイメージばかりが先行し、まじめに読んだことがありませんが、なんと面白そうですね。先日も校正の仕事で、太宰ゆかりの地、三鷹の紹介ページをやったばかり。やはり「メロス」あたりからのぞいてみたいです・・・

2007/9/3(月) 午後 10:22 [ yumiko ]

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太宰も面白いですよね。まだまだ読み込めていない作家ですが、「メロス」「斜陽」「人間失格」「女生徒」辺りまでは、何とか読みましたが。個人的には、「斜陽」が好きですね。ちょっと、高橋和巳にも繋がる気がしますしね。

2007/9/4(火) 午前 1:37 [ gak*1*66* ]

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>yumikoさん:もちろんです〜。しかも最近はスタバ出現率が上がってます(笑)。
太宰はやっぱり『人間失格』のイメージが先行しがちですが、全くつかみ辛いくらいに多様な顔を見せる作家です。まるでレストランのメニューに八宝菜とサーモンのカルパッチョとほうれん草のおひたしとキムチチゲが同時に載ってるようなものですね(余計わかりにくいか笑)。

2007/9/4(火) 午後 11:20 大三元

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>gakiさん:「女生徒」「斜陽」などもいずれ手を出してみたい作品群です。しかし全集となると、そこまでたどり着くのが大変です(笑)。それまでにさらに多くの太宰の側面を見ることになるのでしょう。

2007/9/4(火) 午後 11:21 大三元

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この辺の太宰はとても面白いですね。文才が溢れ出るように書いています。読み出せば全集は一ヶ月で読めます。次の太宰評を期待します。

2007/12/31(月) 午前 10:18 [ 遠い蒼空 ]

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>jyhs0114さん:いやぁ、私は遅読のため一ヶ月では到底読めません。でも、長さを感じさせない全集だと思います。

2007/12/31(月) 午後 8:42 大三元

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私は「ろまん燈籠」がすきですww
マイナーかもしれませんが・・・。(図書室の先生も知らなかった・・・。)

2008/3/17(月) 午後 10:08 花宮

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>紘さん:初めまして。ご訪問&コメントありがとうございました。「ろまん燈篭」とは渋いですね。でも私も好きな作品です。いい意味で太宰っぽいですよね。

2008/3/18(火) 午後 10:27 大三元

「走れメロス」は確かに異色ですよね。。
筒井康隆さんの「時を駆ける少女」と同じくらい信じられませんでした。

短編では「トカトントン←怪しい、坑夫みたいに間違えてるかも」に最も共感を覚えました。

2008/7/28(月) 午前 10:42 AKIKO

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>AKIKOさん:私は文庫版『太宰治全集』を順に読んでいる段階なので、「トカトントン」という作品は知りませんでした。順番に読んでいくと、出会うのはいつになるやらわかりませんが、覚えておきます。ご紹介ありがとうございました。

2008/8/3(日) 午前 8:02 大三元

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