読書のあしあと

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書評 歴史小説

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書評106 司馬遼太郎

『燃えよ剣』

全二巻(新潮文庫、1972年)

年頭に掲げた課題の一つ、歴史小説シリーズを早速読み始めた。宿題は早めにやるに限るのです(笑)。
その第一弾には、言わずと知れた国民的作家の代表作の一つを選んだ。


【著者紹介】
しば・りょうたろう (1923-1996) 小説家。
大阪生れ、大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年『梟の城』で直木賞を受賞し、以後歴史小説を一新する話題作を続々と発表。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめる。1991年文化功労者、1993年文化勲章を受章。
他に1966年『国盗り物語』『竜馬がゆく』で菊池寛賞、1967年『殉死』で毎日芸術賞、1970年『世に棲む日日』で第6回吉川英治文学賞、1981年『ひとびとの跫音』で読売文学賞小説賞、1985年『街道をゆく 南蛮のみち』で日本文学大賞学芸部門、1986年『ロシアについて』で読売文学賞随筆紀行賞を受賞。


【本書のあらすじ】
幕末の動乱期を、新選組副長として剣に生き、剣に死んだ男、土方歳三の華麗なまでに頑なな生涯。武州石田村の百姓の子“バラガキのトシ”は、生来の喧嘩好きと組織作りの天性によって、浪人や百姓上りの寄せ集めにすぎなかった新選組を、当時最強の人間集団へと作りあげ、自身も思い及ばなかった波紋を日本の歴史に投じてゆく。人気抜群、司馬遼太郎の“幕末もの”の頂点をなす長編。(「BOOK」データベースより)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
幼少期から喧嘩に明け暮れ、新撰組時代を経て戊辰戦争に至るまで、鬼神の如く活躍した剣士・土方歳三を描く。

司馬作品の魅力──なかんずく本書の魅力──は、第一にはそのわかり易さにあると思う。
歴史小説は所詮フィクションであって、史的忠実さは端から求むべきではない。しかし歴史をドラマティックに再現することによって、多くの日本人を歴史の虜にした司馬の表現力には脱帽である。

第二に、卓越した人物描写を挙げるべきであろう。個人の内面を描く私小説の伝統が強かった日本文学の中で、司馬は歴史を俯瞰する「全体小説」を書いた、と言われる。しかしその司馬も歴史学からすればやはり小説である。司馬が好んだ歴史上の人物は押しなべて個性的であり、魅力的であった(あるいは、そのように司馬が描いた)。だからこそ戦後の日本人はその人物に惚れ込み、彼らと一喜一憂をともにできたのだ。
最近は政治史や外交史の研究者も人を描いてこなかったことを反省していて、魅力的な研究が出てきているが、歓迎すべき傾向だと思う(例えば、北岡伸一、御厨貴、五百旗頭真、服部龍二らの研究や、中公新書、ミネルヴァ日本評伝選の諸著作を見よ)。

以下、本書を読んで感じたことを個別に記しておきたい。


<剣に生き、剣に死ぬ>
上述の意味で、本書の軸にして最大の魅力は言うまでもなく土方歳三という個性である。

歳三は、生まれながらの軍師であった。幼少の頃から喧嘩で負けたことはなく、刀を持たせれば比肩する者はいなかった。その分、天下の情勢や政略には疎かった。疎かったと言うよりは、歳三にとっては無意味なことだったのである。歳三自身の言葉を借りれば、こうなる。

「武州多摩生れの喧嘩師歳三が、大名旗本のがらなもんか。おれのやりたいのは、仕事だ。立身なんざ考えてやしねぇ。おれァ、職人だよ。志士でもなく、何でもない。天下の事も考えねぇようにしている。新撰組を天下第一の喧嘩屋に育てたいだけのことだ。おれは、自分の分を知っている。」(上巻、466項)

「総司、見てくれ。これは刀である。……刀の美しさは、粛然として男子の鉄腸を引き締める。目的は単純であるべきである。思想は単純であるべきである。新撰組は節義にのみ生きるべきである。」(下巻、96項)

歳三にとっては、新撰組を強くすること、剣の道に生きることだけが武士の本分だと思っていた。
普段は無愛想で、笑顔の作り方も知らないこの男の、信念を貫き通す無骨な生き方が多くの読者を惹きつけるのだろう。


しかし、歴史は歳三には傾かなかった。倒幕気運の高まる世情の中で、一心同体であった盟友・近藤勇と袂を分かつことになっても、歳三は幕府に仕えるという信念を変えずに戦場で散ることを選んだ。再び歳三に語らせれば、

「人間、万世に照らして変わらねえものがあるはずだよ。その変わらねえ大事なものをめざして男は生きてゆくもんだ。」(下巻、182頁)

司馬は、歳三の口から何度も楠正成の名を出させている。正成は、時勢が足利側にあり、負けるとわかっていても、後醍醐天皇の命に従って剣を取り死んだ。司馬は歳三を正成に重ねて見ていたのだろう。それは司馬の考える、男の生き方の一つの典型でもあった。


<信念の裏返し?>
そんな歳三は、女は抱いても恋をしたことがなかった。「おそらく生涯、恋などは持てぬ」(上巻、344項)と思っていた。ところが、京でのお雪との出逢いが歳三を変える。お雪の存在が次第に歳三の中で大きくなっていくにつれ、歳三も変わっていくのである。

歳三とお雪の最後の別れの日は、歳三の生き方について色々と考えさせてくれる。
歳三は、勝ち目のない戦の前に精一杯お雪を抱き、お雪もまたそれを受け入れた。そして当日、歳三はお雪をちらと見ただけで死地に赴いた。


こういうところが歳三的生き方の難しいところだと思う。もちろん、歳三の生き方には共感できるところもある。私もどちらかと言えばそちら側の人間だ。歳三は自分の信条を貫き、またお雪もそういう歳三に惚れた。

しかし私は、あとに残されたお雪はどうなるのか?と思ってしまう。時勢がそうさせたとは言え、死んでしまっては何の意味もないではないか…。そう、歳三をなだめたくもなるのである。

愛すべき大切な人たちは、男を臆病にさせるものだ。それでも歳三にはそういうところがなかった。
その頑なな信念が多くの読者を魅了するのであろうか。


<おわりに>
余談だが、この作品は京都にいるうちに読んでおきたかった。何しろ京都は新撰組の本拠地であり、「四条河原町」「七条堀川」といった固有名詞が本書にもふんだんに出てくるのである。しかも、この作品の一節で歳三が歩いたという通りが、私の住んでいたアパートの目の前だったのだ(笑)。

そんなイメージを持ちながら京都に住んでいれば、もうちょっと日常生活もロマン溢れるものになっていた…かもしれない。


さて今後は時代を下って司馬作品を読んでいくことにしよう。

閉じる コメント(18)

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細かい筋は忘れましたが,最初の方になんだかエロティックな場面があって,その前後の情景描写とか若き土方歳三がまとっている空気感とかが強く印象に残っています。こういう感じ,自分にもちょっとあったかもしれないな…と思えるような,懐かしくて,切ない感じ。
そして,そういう若者が100年以上前にもいたかもしれないんだな〜,と思わせてくれた司馬遼太郎に感謝したくなるような感じでした。

2008/1/25(金) 午前 2:09 NONAJUN

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私は、りょうさん(坂本竜馬)派なので、あまり新撰組に興味がなく、まだ読んでいません。でも大三元さんの後を追いかけて司馬作品を読んでいこうかな。

2008/1/25(金) 午後 10:18 miffy_toe

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>NONAJUNさん:そうそう、最初の出だしは「これが剣豪小説なの?」と思わせるようなエピソードで始まりますね。おっしゃるように、司馬の描いた土方歳三の生き方は、いつの時代も変わらない無骨な若者のエッセンスだったのだと思います。それだけに、共感しつつもなだめたいような気持ちにもなりますね。

2008/1/26(土) 午後 7:43 大三元

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>すてさん:私は、次はりょうさんに会いに行こうと思っています。文庫本で8巻…長い旅になりますね(笑)。一人旅に付き合っていただけますか?

2008/1/26(土) 午後 7:45 大三元

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太平記を読んだばかりなので楠木正成と並べる土方歳三には興味がありますね。また、坂本竜馬の敵としての新撰組にも興味あるので、同じ司馬遼太郎の描いた「燃えよ剣」は読書予定リストに入っています。

2008/1/26(土) 午後 9:23 [ kohrya ]

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この本はみんなに薦めました。新しい組織を作るにはどうすればよいのかという組織論として読みました。もちろん、男の生き様はどうあるべきかも。胸を熱くして読みましたよこの本。私的には今まで読んだ本の中では間違いなくベスト10に入る本です。

2008/1/26(土) 午後 10:27 やま

「歳三は自分の信条を貫き、またお雪もそういう歳三に惚れた」、男と女の関係に限らず、人間関係は多様であり、極めて個別なものですねぇ。

2008/1/27(日) 午前 11:28 Mine

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>こーりゃさん:『太平記』を読まれたのですか。おそらく、土方歳三を楠正成に見立てた司馬遼太郎は間違っていなかったと思います。彼らに、私たちが生きる上で封印してしまった信念の発露を重ねることもできるのではないでしょうか。

2008/1/27(日) 午後 10:01 大三元

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>yama35077さん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございます。土方歳三は機能的な組織を作る天才でしたね。近藤や沖田といった類稀な個性に恵まれたことも歳三には幸福だったでしょう。楽しい読書でした。

2008/1/27(日) 午後 10:04 大三元

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>Mineさん:全くその通りです。だからこそ、こういう人間関係の多様さを知る上でも、読書っていいなぁと思うんですけれどね。

2008/1/27(日) 午後 10:05 大三元

歴史にはとんと疎いのですが、新撰組と十字軍には熱烈な興味を持っています。
でも、一度読んだら完全にはまってしまいそうなので避けてます(笑)だってもう、明らかにかっこいいじゃないですか……!

「はまったら悔しいから観ない」と母が韓国ドラマを避けている気持ちがとてもよくわかります・・・。

2008/1/29(火) 午前 0:14 [ in_my_sunshine ]

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>in_my_sunshineさん:そうなんです、私も同じ理由で避けてきました(笑)。でも思ったより冷静に読めたかなぁと思います。
十字軍も面白そうですね!でも日本人の書いた十字軍てありましたっけ?知っていたら教えて下さい〜。

2008/1/31(木) 午前 8:05 大三元

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歳三と竜馬は同じ夢を見ていたような感じがします。竜馬が生きていたら、北海等の独立を支持していたかも・・・私の妄想です。
佐藤賢一の『オクシタニア』は、たしかアルビジョア十字軍を題材にしていたはずです。ただ作品の質は保証しかねます(笑)

2008/6/5(木) 午後 2:23 CAVE

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>CAVEさん:そうなんですか。私には今のところ、竜馬と歳三はおよそ正反対の性格に思えてしまいます。『竜馬』を読み終わった時に二人がどう見えてくるのか、楽しみにしながら読んでいます。
アルビジョア十字軍て懐かしいですね(笑)!高校の世界史で習った記憶が…。佐藤賢一は数少ない西洋歴史小説家なので、作品を読むのを楽しみにしているのですが、あまり面白くないのでしょうか。

2008/6/6(金) 午前 0:25 大三元

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こちらも読了しました。よかった、今年中に読めて(笑)。他の司馬遼太郎氏の幕末ものは、なんとなく大きい事件があった年号を整理したくなるのですが、この作品だけはあまりそれにこだわりませんでした。事件や舞台や時代は、土方歳三の生き方を表現する道具のように感じたからかもしれません。司馬氏がそのように書いたのかもしれませんね。
大三元さんも、お雪との最後の別れのところで少し疑問を書かれていますが、司馬氏の作品を読むと、自分の男性的な部分が刺激されるんです(笑)。大河ドラマの「篤姫」がなぜあんなに人気があるか?と考えると、もちろん宮崎あおいさんの演技力がいちばんかもしれませんが、歴史ドラマなのに今の女性に通じる女心を上手に脚本にしてあるなあなどと思います。篤姫も相当男性的ですけどね(笑)。わ、長くなりました。TBさせていただきますね♪

2008/12/9(火) 午後 3:55 mepo

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>mepoさん:トラバありがとうございました。
たしかに、竜馬などと違って歳三の生き方はいつどこでも歳三なのであり、世の時勢にも無頓着ですから、あまり年代にこだわる必要もないかもしれませんね。私も昔は歳三型の人間でしたが、いわゆる“お雪”を持つ経験をしてから、歳三をなだめる側に転向しました(笑)。
mepoさんのおっしゃる「今の女性に通じる女心」というのはどういうものなのでしょう?歳三を待つお雪の心境でしょうか?それとも女性の中の「歳三的」なもの?

2008/12/10(水) 午前 2:00 大三元

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大三元さん、ごめんなさい。誤解を招く書き方をしてしまいました。「燃えよ剣」ではなく、「篤姫」の脚本が女性の心をうまくとらえるな〜と感じたのです。嫁ぎ先(徳川)と実家(薩摩)とのジレンマとか、神話時代から続く永遠の課題ですからねえ(笑)。
そういう意味で、司馬遼太郎氏の作品群は、完全に男性の世界だと感じるのです。私の男性の部分はものすごく喜ぶのですが、女性として読んだ時に少々取り付くシマがないというか(笑)。
うむうむ、お雪を持つ経験は人間の幅を広げる意味でも、大切ですねえ(←偉そう)。

2008/12/17(水) 午前 2:19 mepo

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>mepoさん:なるほど、そういうことでしたか。失礼しました。
たしかに女性の司馬ファンも、登場人物に共感して読むということは少ないかもしれませんね。どちらかというと「竜馬ファン」とか「歳三ファン」的な読み方が多いような気がします。
私は“お雪”に出会わなければ、一生歳三だったかもしれません(笑)。

2008/12/19(金) 午前 8:48 大三元

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