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書評128 渡辺一史

『こんな夜更けにバナナかよ──筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』

(北海道新聞社、2003年)

この本を手に取った理由は、久しぶりに骨太なノンフィクションを読みたいなと思ったことと、書評93:『「待つ」ということ』を読んでケアの現場に少し興味を持ったからである。

これは、筋ジストロフィー症で重い障害を抱えた鹿野靖明氏と、その周囲に集まったボランティアの物語である。


【著者紹介】
わたなべ・かずふみ (1968年─) フリーライター。
愛知県に生まれ、大阪で育つ。北海道大学文学部中退。1987年から札幌市在住。
大学在学中から執筆活動を開始、普通の人の日常をリアルに描く新しいタイプのノンフィクションを 模索中。
本書は単行本デビュー作にあたり、新人としては史上初めて講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞した。


【目次】
プロローグ 今夜もシカノは眠れない
第1章 ワガママなのも私の生き方――この家は、確かに「戦場」だった
第2章 介助する学生たち――ボランティアには何があるのか(1)
第3章 私の障害、私の利害――「自立生活」と「障害者運動」
第4章 鎖につながれた犬じゃない――呼吸器をつけた自立生活への挑戦
第5章 人工呼吸器はわれなり――筋ジス医療と人工呼吸療法の最前線
第6章 介助する女性たち――ボランティアには何があるのか(2)
第7章 夜明け前の介助――人が人と生きることの喜びと悲しみ
エピローグ 燃え尽きたあとに残るもの


【本書の内容】
人工呼吸器を着けながらも自由を貫いた重度身体障害者と、生きる手ごたえを求めて介助に通う主婦や学生ボランティア。ともに支え合い、エゴをぶつけ合う、そこは確かに「戦場」だった―。札幌在住の大型新人が放つ渾身の長編ノンフィクション。(「BOOK」データベースより)


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
期待以上に面白かった。これはいい作品だ。

本書の主人公は、全身の筋肉が徐々に萎縮していく「筋ジストロフィー」という難病のため、24時間他人の介助を必要とする鹿野靖明という人物。『こんな夜更けに…』というタイトルは、24時間常に他人の手を必要とする彼が、真夜中に「バナナが食べたい」というわがままを言った時のボランティアの反応からきている。

これは世間一般に言われる、清く正しい障害者と心優しいボランティアとのお涙頂戴の「イイ話」ではない。障害者だってエゴも性欲もある一人の人間であり、ボランティアの方も博愛精神溢れる「良い人」ばかりではない。そういう介助ボランティアのリアルな現実を、著者もボランティアの一人として介助に加わりながら、ありのままに書きとめている。

最も印象深かった点は、健常者×健常者という一般的な人間関係と、障害者×健常者の関係の共通点と相違点、そしてその向こう側にある人間関係の本質とも言うべきものである。


<「どちらが健常者でどちらが障害者なのかわからない」>
鹿野靖明という人物は、世の「障害者」というイメージをことごとく覆す。障害者は、ともすると聖人君子のように絶対化されがちである。ところが、鹿野は徹底的にワガママで、自己中で、自我のかたまりのような人物だった。
ボランティアに対して、四六時中「あれやってこれやって」のオンパレードなのだ。しかも、「やってもらっている」「申し訳ない」などという気持ちは微塵もない。さらには、介助の経験のない新人ボランティアに対して医療器具の使い方や痰の吸引などをテキパキと教えるのである。そこではボランティアの方が「タダで介助の知識を教えてもらう」立場になる。

ボランティアを取材するうち、私は「どちらが健常者でどちらが障害者なのかわからない」と言いたくなるような迷宮に迷い込むことになっていた。(117項)

ましてや昨今、自らの生きる意味に迷い、精神的な病を抱える健常者も珍しくない。そんな迷える若者も“鹿ボラ”に集まってきて、逆に鹿野に支えられている部分もあったりするのが面白い。鹿野の剥き出しの「生きるエネルギー」が彼らを惹きつけるのだろうか。

それにしても、優秀なボランティアを自分の「秘書」と呼び、新人ボランティアたちには「研修」をほどこす「教師」となる。そうやって鹿野は、自分にふりかかる境遇を、すべて能動的に解釈しなおしていく。そうしたたぐいまれなあつかましさがあった。この家は確かに「戦場」だった。しかし、それは鹿野が病気と闘っているから、というだけではないと私は思う。確かに病気とは闘っている。在宅医療・福祉の制度充実を求めて、闘ってもいる。しかし、鹿野が何より闘っているのは、マイナスカードの多すぎる人生を、あくまで主体的に能動的に生ききろうとする果てなき闘いであると私は思うのだ。(69項)

その果てなき闘いの戦場では、「健常者」と「障害者」の境界線が交錯していたであろう。


<“障害”と“個性”のあいだ>
鹿野は強烈にワガママな障害者だった。ある元学生ボランティアは、ワガママな鹿野の人間的魅力に惹かれつつも、「障害を抜きにするとシカノさんのキャラクターもなくなっちゃうから難しいんですよね。障害がなきゃ、今のシカノさんじゃないだろうし」と漏らす。

極端な言い方をすれば、鹿野の人格それ自体が、筋ジスと一体化してしまっているところがある。動けない現実や、他人の手を借りなければ生きていけない現実を、無意識の“芸風”のようにして生きている、とでもいえばいいのだろうか。(303─304項)

「障害は個性である」とはよく言われる言葉だが、鹿野の場合それはきれいごとではない。ワガママであることは鹿野が生き抜くための本質的な条件なのである。そこでは、筋ジスを背負った鹿野の身体が彼の個性をからめとっている。

しかし、筋ジスそのものを簡単に“個性”とくくってしまうことには、大きな危険がつきまとうのではないか。

障害者を「障害者」たらしめているのは、社会的にも制度的にも精神的にも「障壁」(バリア)を作り出している偏狭な社会の方であり、今後あらゆる面でバリアフリー化が進めば、「障害」は背の高い低いといった“個性”の一つとなり、世の中から「障害者」とか「健常者」といった言葉自体も消滅してしまうのではないか。こうしたこともしばしば“夢”として語られることである。しかし、これは本当だろうか。……どんなにバリアフリー化が進み、どんなに社会的条件が整えられようとも、「他人の介助を必要とする者」(障害者)と「必要ない者」(健常者)という身体的な違いは残る。(309─310項)

筋ジスが背の高さと同じような個性としてフツウに認識される社会になったとしても、鹿野は24時間他人の手を必要とする。そこには健常者には想像もつかない苦悩があるはずであり、それに対する想像力を忘れてはならないと思う。


<「健常者/障害者」の向こう側にあるもの>
鹿ボラでは健常者と障害者の境界線がオーバーラップする現象が起こっていた。その一方で、健常者との身体的な違いは厳然として残ることも上に見た。

そういう鹿ボラの物語を読んでいて浮かび上がってくるのは、「健常者/障害者」の違いの向こう側にある、人間関係の本質的な部分だった。
かつて鹿ボラの中心を担っていた元学生ボランティアはこう言っている。

「ホントにワガママな人だった、という印象が強いんですよね。あのワガママが、ぼくにとってはやっぱり強烈でした。でも、“あつかましさ”っていうのが人にとっていかに大事か。……最初は嫌がられても、追い返されても、はねつけられてもね、情熱さえあれば、結局人って動いてくれるし、最終的にはわかってくれるんだよね。とにかくシカノさんは、人に対して手抜きをしない人だった。誰とでも真剣につきあってた。」(443項)

鹿野は常に人手を必要とするからこそ、剥き出しの自我のまま他人にぶつかった。ワガママも、悲しみも、恥ずかしさも、恋心さえも周囲に隠すことを許されない鹿野は、むしろ全面的に体当たりすることを選んだ。そんな鹿野とボランティアの関係は、必然的に人間関係の奥底にあるものを浮き彫りにする。

「本音を言う」とはどういうことか。「他人を理解する」とはどういうことか。「他人を助ける」とはどういうことか。「充実した人生」って何なのか。
ボランティアたちは、鹿野との濃密な関係の中で、そういうことを考えさせられたはずだ。


他方で、もっと冷静に鹿ボラを眺めているボランティアもいる。

「とにかくね、みんな物事を大げさにしすぎてるのさ。シカノさんもそうだし。自分のやってることはスゴイ、とかね。介助する方にも、おごりたかぶりがあるし、自分のやってることが社会的に意味のあることだ、みたいな。……だいたい一人の障害者を介助するくらいのことで、本当のやさしさとは、とか、人にとって思いやりとは、とかみんなすぐ論じ始めるじゃないですか。」(395項)

彼にとって、ボランティアはもっと「フツウ」にあるべきものだった。困っている人を助けるのは、人間として当然ではないのか。ボランティアをしたからといっておごりたかぶるでもなく、日常生活の中にごく普通に介助がある風景が、彼の理想だった。もちろん現実がそうなっていないから鹿ボラは“戦場”になるわけだが、いつかそれが「フツウ」になる日を夢見て、鹿野はその現実と格闘していたのであろう。


<おわりに>
本書の何よりの魅力は、ノンフィクションライターとしての、否それ以上に一人の人間としての、著者の誠実な姿勢である。ノンフィクション、かくあるべし!と言いたい。

本書がお涙頂戴で終わらないのは、そういう著者の姿勢があればこそだ。こういう物語は、凡百のフィクションの何倍もの涙を、結果として誘ってしまう。

鹿野靖明は本書の完成を見ることなく、2002年8月12日、亡くなった。
 

閉じる コメント(8)

この方のTV番組をちょっと見たことがあります。障害者というくくりが通用しない方ですね。知り合いにも重度の身障者がいますが、やはり個性的な人で、すごく積極的なんです。トイレも人の手を借りないとだめなのに、大学に行ったり、サークルに入ったり、ソープランドにまで行ってしまう。
そういう男性は好きじゃないので(まあ、ちょっとした知り合いなので好きも嫌いもないのですが^^;)彼のような障害者なら「あいつは嫌い」と言えるような気がします。

2008/7/26(土) 午前 10:38 しろねこ

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>しろねこさん:そうです、難しいのはそこなんですよね。障害者を障害者として見てしまうと、お互い好き嫌いもある普通の人間関係を作ろうという視点がなくなってしまう。嫌いなら嫌いと普通に言い合える関係が、本来あるべき姿なんでしょうね。しかしその道のりはまだ遠いでしょうし、そこまでにお互い多くの努力が必要になるのでしょう。

2008/7/27(日) 午前 6:09 大三元

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>内緒さん:全くおっしゃる通りです。想像力は決して障害者に対してのみ必要とされるものではありませんが、「障害は個性である」と言ってしまうと彼らの不便さに思いが至らなくなってしまう可能性があるので、常に心がけておきたいことです。
もっと広い視点で言うと、結局民主主義も「他者への想像力」が頼みの綱だ、というのが持論なのですが、これはまた別の話。

2008/7/27(日) 午前 6:12 大三元

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>内緒さん:困っている人を助けるのは、相手が健常者であれ障害者であれ、変わらないことですもんね。障害者ボランティアをやっていることで優越感を覚えていたりする時点で、ボランティアが社会に根付いていない証左になってしまっているのかもしれません。
この作品は全く泣き狙いの本ではないですが、結果的に泣けてしまう本です。ノンフィクションでは最近読んだ中でイチオシですね。

2008/7/27(日) 午前 6:16 大三元

大三元さんの書評を読んで、是非読んでみたいと思いました。
実に奥が深く、健常者と障害者、ボランティアを通した内容だけに留まらず、その先の人間の本質に至るまで鋭く触れているところが、大変興味深いと思いました。確かにボランティアといえば、何か特別なことをしているような意識が芽生えてしまいます。こちらにも日本のボランティア斡旋会社?というのか、そういった組織を通して、日本からボランティアに来ている人たちがいて、うちの近くの老人ホームでボランティアをしてる日本人のかたに会ったことがあります。自分がその人に向かって言ったことは、「凄いですね、感心ですね」と言った言葉でした。あの時は本当にそう思って言いましたが、今思えば、やはりボランティアというものを「フツウ」にあるものと認識していない意識が、私の根底にもあるのですね。こちらは日本に比べ、ボランティアが日常に浸透している方だと思います。そんな中で暮らしていても、意識を根底から見直すのは難しいものなのですね。本当に考えさせられます。この本は、是非読んでみたいです。

2008/7/27(日) 午後 7:42 [ ソフィー ]

「情熱さえあれば、結局人って動いてくれる」ことを教えている本であり、「『本音を言う』とはどういうことか。『他人を理解する』とはどういうことか『他人を助ける』とはどういうことか。『充実した人生』って何なのか」を「考えさせ』る本のようであり、また、「ノンフィクション、かくあるべし」という本でもあるようですねぇ。読んでみましょう。ご紹介、ありがとうございました。

2008/7/28(月) 午前 11:18 Mine

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>ソフィーさん:この本では日本の遅れた介助事情の反例として、アメリカや北欧の介助体制の話も出てきます。欧米の福祉制度万歳、などと手放しで礼賛するつもりはないですが、やはり制度も意識も日本はまだまだ遅れているな、と感じました。ましてや医療が発達しすぎた現代にあって、私たち自身も他人事ではないですよね。
この本は約460ページとぶ厚いですが、一気に読んでしまいました。是非オススメします。

2008/8/3(日) 午前 8:10 大三元

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>Mneiさん:この本は、色々なことを感じさせ、考えさせてくれる本です。というのも、おそらく著者自身がそうだからでしょうね。一冊の本の中で右往左往する作家と付き合いながら読んでいると、著者の誠実さがわかります。是非感想もお聞かせ下さい。

2008/8/3(日) 午前 8:11 大三元


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