読書のあしあと

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書評129 司馬遼太郎

『竜馬がゆく』その4

(文春文庫[新装版]、1998年)全8巻

書評122:『竜馬がゆく』その1書評124:その2書評127:その3と続いてきたこの長編も、今回の書評で結末を迎えることになります。


【著者紹介】
しば・りょうたろう (1923─1996年) 作家。
大阪生れ、大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年『梟の城』で直木賞を受賞し、以後歴史小説を一新する話題作を続々と発表。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめる。他に『国盗り物語』『竜馬がゆく』で菊池寛賞、『世に棲む日日』で吉川英治文学賞、『ひとびとの跫音』で読売文学賞を受賞。1991年文化功労者、1993年文化勲章を受章。
本ブログで取り上げた作品に書評106:『燃えよ剣』がある。


【本書の内容】
慶応三年十月十三日、京は二条城の大広間で、十五代将軍徳川慶喜は大政を奉還すると表明した。ここに幕府の三百年近い政権は幕を閉じた。―時勢はこの後、坂を転げるように維新にたどりつく。しかし竜馬はそれを見とどけることもなく、歴史の扉を未来へ押しあけたまま、流星のように…。巻末に「あとがき集」を収む。(文春文庫版第8巻カバーより)


【本書の感想】

<大政奉還の立役者>
薩長同盟をお膳立てした竜馬は、今や政局の一大中心人物となっていた。当然、同盟の先頭に立って武力倒幕を成し遂げるだろうと誰もが思っていた。

しかし竜馬はただの倒幕屋ではない。彼は日本のことを思っていた。武力倒幕に及べば当然内乱状態になり、西欧列強がそれにつけこんで漁夫の利を得るであろう。それを防ぐには、平和的に統一国家を作るしかない。
大政奉還である。この奇手を、竜馬は勝海舟や大久保一翁からヒントを得て思いつき、ついには実行まで持っていった。

竜馬は薩長同盟のために血の滲むような努力をしたが、今度は大政奉還の実現のために身を粉にして働いた。
将軍慶喜が大政奉還を明言したという報に接したとき、竜馬は感動のあまり「この公のためには一命を捨てん」と呟いたという。竜馬が企画し、慶喜が決断した。300年続いた政権を返上するのである。慶喜の胸中の苦しみを最も察し得たのは、日本中でも竜馬のみであったろう。この英断に、竜馬の胸は打ち震えたのだった。


<男は事を成すために生まれたり>
この長い物語の書評を終えるにあたって、作品中竜馬の人物が最も映える場面のことを、書きとめておきたい。

大政奉還を成し遂げた夜、竜馬は一人寝ずに新政権の構想を考えていた。というのも、薩長の有力者は倒幕方法こそ熟考しているが、倒幕後のビジョンなど皆無だったからである。大政奉還が成った今、国家を統治するためのデザインを一刻も早く描かなくてはならない。とはいってもすぐに中央集権国家など無理であるだから、暫定政権を作り、落ち着いたら藩を廃止して、徐々に統一国家を作っていく。その暫定政権の顔ぶれを考えていた。

ところが、この新政府人事案を見た西郷は仰天した。

「この表を拝見すると、当然土州から出る尊兄の名が見当たらんが、どぎゃンもしたかの」
「わしの名が?……わしぁ、出ませんぜ。あれは、きらいでな」
なにが、と西郷が問いかけると、竜馬は、
「窮屈な役人がさ」
「窮屈な役人にならずに、お前さァは何バしなはる」
「左様さ……世界の海援隊でもやりましょうかな」(第8巻、342項)

古来、革命の遂行者が新政権の座につかなかった例などない。しかし竜馬は、政権を取るために幕府を倒したいのではなかった。竜馬は新政権のことは木戸や西郷、大久保らに任せ、自分は世界の海をまたにかけた仕事がしたかったのである。「世界の海援隊をやる」という台詞を聞いた竜馬の良き理解者・小松帯刀は、「竜馬はもはや世界が相手なんじゃろ」と微笑したという。


司馬は書いている。仕事を成す男の条件は、私心を去って自らをむなしくしておくことだ、と。
竜馬の成しえた薩長同盟、大政奉還という偉業は、その私心からきたものではない。だからこそ多くの英傑も竜馬に惹かれ、一介の浪人に力を貸したのである。その点、西郷なども同じ魅力を持っている。
この一点を書きたいがために、司馬はこの長い物語を紡いできたのだ。


<おわりに>
足かけ三ヶ月の読書だった。読み終わって、多くの日本人が司馬作品の虜になり、竜馬にあこがれた気持ちもわかるような気がする。

司馬はこの『竜馬』と書評106:『燃えよ剣』で、典型的な男の人生を二つ書いてみたかった、という。
相違点は一回目の書評で書いたが、読破してみて強烈に印象に残っているのは、二人とも人に好かれる能力が抜群に優れていたということだ。人間、一人では何もできない。竜馬も歳三も無愛想だが、どこか人を惹きつける魅力があった。

歳三にせよ竜馬にせよ、司馬が愛情をもって描いた男の人生は、全ての日本人が愛するに足るのであろう。

閉じる コメント(14)

日曜日本屋に行ったら、夏休みのせいかたくさんの文庫が並んでました!
「燃えよ剣」ありましたよ〜♪
気になってたんで、「ピカレスク」の次は歳三に決定かな?(*^-^)b

2008/8/5(火) 午前 0:50 ビール大好きあつぴ

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>あつぴさん:この時期はどこの文庫も夏休みフェアですよね。
それはそうと今は『ピカレスク』を読まれているのですか。太宰治と井伏鱒二でしたっけ。太宰に関しては、結局実際はどういう人物だったのかわからないままなので、読み終わったら是非感想をお聞きしたいです!

2008/8/6(水) 午前 0:05 大三元

履歴から来ました、初めてコメさせていただきます。
中学生の頃、司馬さんの竜馬から歴史物に嵌りまして、未だに抜け出せないでおります。

次回歴史物の書評も楽しみにしてます!
大三元さんの北方謙三書評を是非読みたいなぁw

2008/8/6(水) 午後 10:11 atsurin0214

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とうとう読了しましたか。全体が大変さわやかで、幕末の青春小説という感じでした。何度も読み返したくなります。

2008/8/6(水) 午後 11:22 miffy_toe

司馬遼太郎さんの作品は読んだことがありません。
「街道を行く」も面白そうだと思いながら、私が今まで読んできた作品ととても異なる類の小説に思えて、一歩が踏み出せないでいます
入門編としては何がオススメですか。
余り男っぽい小説は苦手です。
でも丸山健二さんは、かなり好きです。

2008/8/7(木) 午後 3:36 AKIKO

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一言メッセージに笑ってしまいました。
いつも「他人事」みたいな態度だからじゃないですか。

2008/8/7(木) 午後 3:39 AKIKO

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地下鉄で、Tシャツ、短パン、サンダル履きの、かなりカジュアルな男の子がiPodを聴きながら「竜馬がゆく」を読んでいて、なんとなく嬉しくなりました。時代が移れども、「男子」の心を揺さぶる世界なのかもしれませんね。(いや、その男の子が何を思って読んでいたかは知りませんが…)

2008/8/7(木) 午後 11:07 ぼやっと

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>係長さん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございました。私は今までこの手の小説は意図的に避けてきたんですが、読んでみてやはり馬鹿にできないなと思いました。中学生の時に読んだら、それこそ影響を受けまくっていたかもしれません。
ということで北方謙三も未読なのですが、どんな作品から入ればいいんでしょう。やはりメジャーどころから手をつけるのがいいのでしょうか。

2008/8/7(木) 午後 11:50 大三元

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>すてさん:やっと、終わりました。長かった。でもそれだけ残るものが大きい読書になったことは確かです。すてさんのりょうさん記事もこれからゆっくり拝見させていただきますね。

2008/8/7(木) 午後 11:51 大三元

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>AKIKOさん:私もまだ数作品しか読んでないので、司馬作品を案内するにはおこがましいのですが…。。
『街道をゆく』シリーズは、北海道旅行に行く際に読みましたが、司馬の熱心な読者でないとあまり楽しめないのかな、と思いました。旅行記というよりは、司馬が小説を書く上でのメモ帳的な要素もありますから。
しかし男っぽくない司馬作品というのはあるのでしょうか…。短いものだと『草原の記』なんかは読み易くて“男らしさ”も薄いかもしれません。

2008/8/7(木) 午後 11:55 大三元

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>AKIKOさん:内閣改造してもあの教科書通りの陣容、唯一のサプライズが野田聖子ですからね。サミットも不発だったし。理念も政策もない政治家が首相になったら…といういいお手本ですね。

2008/8/7(木) 午後 11:59 大三元

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>ぼやっとさん:そうですか、竜馬はそんなところにも生きているのですね。やっぱりいわゆる「男の子」は少なからず竜馬に憧れるものなのかもしれません。私自身は全くそういうところがないのですけれど、それでも竜馬の人生には胸を打たれます。

2008/8/8(金) 午前 0:02 大三元

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やっと長い物語を読み終えました。長州のことを書いた司馬遼太郎「世に棲む日日」で、高杉晋作もクーデターの後、藩政につかないのです。革命を起こすような人物は、藩とか政府とかに収まりきらないのですかね。で、しつこく次は「燃えよ剣」を読み始めてます(笑)。
最後のTBをさせてくださいね〜。

2008/11/18(火) 午後 4:10 mepo

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>mepoさん:お〜、ついに完読されましたか。読み終わってからも、長い余韻が残る作品ですよね。
高杉晋作のことは知らなかったです。竜馬が認めた人物とのこと、私も『世に棲む日日』読んでみたいです。
『燃えよ剣』はこの『竜馬がゆく』とちょうど対になる作品で、司馬はこの二つの作品で「男の典型的な生き方を描こうとした」と言っています。比較しながら読んでみると、相違点と共通点が見えてきて、司馬の考える「男」とは何だったのかがわかると思います。

2008/11/19(水) 午後 11:29 大三元

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