手塚治虫『陽だまりの樹』多くの日本人にとってそうであるように、手塚治虫は私にとっても“マンガの神様”である。特に『ブラック・ジャック』と『火の鳥』は何百回と読み返した(誇張ではなく)。 その魅力を語るにはあまりにもファン歴が短すぎるけれども、最近読み直した『陽だまりの樹』(小学館文庫、全8巻)についてちょっと書き残しておく。 『陽だまりの樹』は幕末を舞台にとり、手塚良仙と伊武谷万二郎の二人を主人公とした歴史スペクタクルである。二人の人生がそれぞれに進み、時にそれが交錯する場面を描くのは手塚治虫が最も得意とする手法の一つ。主人公の一人・手塚良仙が手塚治虫の実の曽祖父であるなど興味深い点も多いのだが、ここで書きたいのはもう一人の主人公、万二郎のことだ。 良仙の人物像が一応は史実に基づいているであろうと思われるのに対し、万二郎はほぼ創作上の人物と推定される。一本気の武士である万二郎の生き方は無骨であり、良仙に比べても損ばかりしている人生を送った。実際、万二郎に惚れた女性は一人として幸せにならないし、最期は衰亡に向かう幕府に殉じる形でその生涯を閉じるのである。 良仙を描く手塚治虫の筆は温かい。しかし、万二郎に対するそれには、温かさというよりはアツさを感じる。それは、万二郎の生き方がアツかったばかりではないだろう。万二郎は最期まで剣の道に生きた男だったが、思えば手塚はペンに生きた人であった。骨身を削ってペンを握り続け、鬼神の如く膨大な量のマンガを描き続けた手塚は、幕末に生を受けていれば良仙よりむしろ万二郎型の人生を送ったのかもしれない、と思う。 そもそもこのマンガを読み直したのは、最近司馬遼太郎を立て続けに読んでいて、書評106:『燃えよ剣』の土方歳三が万二郎に重なったからである。剣の道に生きる者は、多くの人を惹きつける魅力を持ちながらも、結局は剣の道に死ぬことを選ぶ。 良仙型に生きる方が幸せを満喫できるだろうし、周りの人間も幸せにできるのだろうが、それでも万二郎の生き方は美しい。 だから、私は良仙と一緒に、こう呟きたい。 「近頃やけにあいつが懐かしくなるんだ……男に惚れたってこのことかな」(『陽だまりの樹』小学館文庫、第8巻、328項) それは、手塚治虫が曽祖父の台詞に託した本音でもあったはずだ。
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書評 いろいろ
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>内緒さん:『陽だまりの樹』は、知っている人は少ないんですけれど、手塚作品の中でも好きな作品の一つです。
男として生まれても、実際万二郎や歳三のような生き方をできるものではありませんし、だからこそ多くの男も憧れるのだと思います。
8巻もあるのでなかなか全巻は揃わないかもしれませんが、1巻1巻が非常に濃密なので、ゆっくり読み進めても楽しめると思いますよ。
2008/8/12(火) 午後 11:53
この作品は自分も大好きです。本当にいい作品だと思います。
2008/8/14(木) 午前 0:19 [ ボナパルト ]
>ボナパルトさん:『陽だまりの樹』、いいですよね。もっと評価されてもいい作品だと思います。
2008/8/16(土) 午後 7:09
私も『火の鳥』は何百回(まではいってないかな)と読み返したのですがこの物語の事はまるで知りませんでした。
是非、読んでみたいです。
2008/8/20(水) 午後 5:49
>AKIKOさん:『火の鳥』も名作(という表現がおこがましいくらい)ですが、この『陽だまりの樹』も隠れた名作です。手塚治虫にしては珍しく、キャラクターの体温が直に伝わってくるようなものを感じます。
2008/8/21(木) 午前 0:10
はじめまして♪
隠された名作★ 10年以上前に読みましたが、
数ある手塚作品の内 これは、一押しと 今でも思っています。
もう一度読み直したくなって、こちらにたどり着きました。
2009/8/28(金) 午後 2:27 [ - ]
>プチさん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございました。
『陽だまりの樹』がお好きとのこと、嬉しいです。手塚作品の中ではわりと地味な方かもしれませんが、もっと評価されていい作品ですよね。今、司馬の幕末モノを読んでいるので、またこちらも読み返したくなりました。
2009/8/29(土) 午後 10:17