書評142 司馬遼太郎『竜馬がゆく』その5(文春文庫[新装版]、1998年)全8巻2010年の大河ドラマが『竜馬伝』、しかも福山雅治が主演に決まった。福山だとスマート過ぎる気もするし、映画『容疑者Xの献身』などを観ると大河ドラマに耐え得る演技力があるかどうか微妙なところだが、どうだろう。 【著者紹介】 しば・りょうたろう (1923─1996年) 作家。 大阪生れ、大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年『梟の城』で直木賞を受賞し、以後歴史小説を一新する話題作を続々と発表。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめる。『国盗り物語』『竜馬がゆく』で菊池寛賞、『世に棲む日日』で吉川英治文学賞、『ひとびとの跫音』で読売文学賞など受賞多数。1993年文化勲章を受章。 本ブログで取り上げた作品に書評106:『燃えよ剣』がある。 【本書の感想】 <『竜馬』に描かれた人々> まず、数多くの英傑が登場するこの作品の中で、特に私が気に入った人物のことを書きとめておきたい。 大久保利通のことは清沢洌『外政家としての大久保利通』を読んで以来好きだったが、この作品でも大胆不敵な知略家として描かれている。 例えば幕長戦争を前にして、幕臣板倉に「長州を討て」と要請された時のこと。 やがて板倉が上座にすわり、問題の核心に入り、薩摩の出兵を要請した。 「お声が聞こえませぬ」 と、大久保は耳に掌をあててきょとんとしている。聞こえないふりを装ったのである。板倉は自然、声を大にし、同じことを繰り返し、ついにははなはだしく疲労した。 「まだ聞こえぬか。長州を討てというのじゃ」 「なに、幕府を討て?」 と、大久保はとほうもない声を出した。 「討幕とはなにをおおせられます。まさか幕府を討つわけには参りませぬ」 「いや、長州を討てというのじゃ」 「お言葉ながら、幕府を討つことはひらに御断り申しまする」 と、聞き違えの一点張りで通し、憤然と席を立ってしまった。(第6巻、434─435項) 北京談判に象徴的なように大久保は稀代の外政家であって、この板倉とのやりとりが史実通りかどうかは知らないけれど、さもありなんと思わせるエピソードである。 同じく幕末維新の薩摩の快傑、西郷隆盛については司馬の筆も暖かい。 極度に大人な部分と、幼児のようなあどけなさが一つの人格に同居している。西郷の魅力は、この相反するものがこの男の人格のなかでごく自然に同居し、間断なくその二つの顔が出たり消えたりし、さらにそれがきらきらと旋回するような光芒を発するところにあるらしい。(第6巻、127─128項) ある意味、薩摩人の特徴を極端に持っていたと言うことができるかもしれない。 マニアックなところでは、第1〜2巻に顔を出す船頭・七蔵も好きだ。竜馬が初めて江戸に出たとき、船の扱い方を教えた船乗りである。 竜馬にとって、船は生涯を通して最大のロマンであり、人生の目的であった。その意味で七蔵との出会いは、竜馬の一生に決定的な契機を与えたと言える。 しかも、七蔵が職人気質の叩き上げの船乗りだったところがいい。こういう出会いこそ人生の妙味であり、歴史のうねりの一つひとつを作っている。司馬作品が今でも読み継がれている理由の一つに、人と人との運命的な出会いがあるのではないだろうか。 主役級ではないが、いい味を出しているなぁと思うのは寝待ちの藤兵衛という泥棒である。 この藤兵衛、実は第1巻からずっと登場し続けている珍しいキャラなのだ。初めて竜馬に会ったのは竜馬の一度目の江戸行きの時で、この中年の泥棒は竜馬の人物に一目惚れした。以来、多くの傑物が戦火に斃れていく中、藤兵衛は竜馬の波乱の人生に付き添いながら節目節目でいい働きをし続けたのである。 お田鶴さまの居所を探したり、志士にとって危険な京の様子を偵察したり、泥棒という前職を存分に活かして竜馬のために尽くした。竜馬の師となった勝までもが「俺は泥棒を家来にしている」と自慢したほどであったという。 方々で浪士のために走り回るうち、藤兵衛自身にも竜馬ら志士の考えが染み付いてきたらしく、そのうちこんなことも言うようになった。 「あっしだってだんな、勤皇の志士のはしっくれでやンすからね」(第5巻、143項) 藤兵衛がいなくても、明治維新は可能だったかもしれない。それでも、その裏側にこんな泥棒の働きがあったことを知って楽しめるのは、やはり研究書ではない、歴史小説ならではだと思った。 <竜馬語録> 本作品には多くの印象的な台詞が出てくるが、そのうち竜馬の人柄をよく表すものをご紹介。 「人生は一場の芝居だと言うが、芝居と違う点が大きくある。芝居の役者の場合は、舞台は他人が作ってくれる。なまの人生は、自分で、自分のがらに適う舞台をこつこつ作って、そのうえで芝居をするのだ。他人が舞台を作ってくれやせぬ」(第3巻、286項) これは確かにそうだ。幕末ならずとも、普段から自分で舞台を整えておかないと、来るはずの機も来なくなってしまう。 「おれは奇策家ではないぞ。おれは着実に物事を一つずつ築き上げてゆく。現実に合わぬことはやらぬ」(第3巻、248項) 「人が事を成すには天の力を借りねばならぬ。天とは、時勢じゃ。時運とも言うべきか。時勢、時運という馬に乗って事を進めるときは、大事は一気呵成に成る。その天を洞察するのが、大事を成さんとする者の第一の心がけじゃ。」(第4巻、311項) このあたり、時勢がどうであろうと自分の信念を貫き通すのが男の生き方だと信じていた土方歳三とコントラストを成す(書評106:『燃えよ剣』参照)。この対照的な二つの個性が倒幕・佐幕両陣営の動力源となったのも面白い。 <“司馬史観”について> 司馬遼太郎は明治維新について多くのことを書いているが、そこには俗に言う“司馬史観”が強く反映されている。 筆者は思う。明治維新は、フランス革命にもイタリア革命にもロシア革命にも類似していない。きわだって違うところは、徳川三百年の最大の文化財とも言うべき「武士」というものが担当した革命だということである。(第4巻、230項) 確かに。保守の象徴たるべき武士がなぜ革命を担ったのか、即座には答えられる日本人はいないだろう。尊王攘夷だったはずの倒幕軍がいつの間にか開国主義に変わっていたり、幕末史には多くのパラドクスがあるが、「徳川の遺産が担った革命」という視点は私にとって新鮮だった。 そして竜馬。「天皇のもと万民一階級」というのが、竜馬の革命理念であった。「アメリカでは大統領が世襲ではない」ということが竜馬を仰天させた(第6巻、416項)。また、竜馬は何度もこう言ったという。 「アメリカでは大統領が下女の給料の心配をするという。三百年、徳川将軍はそういうことをしたか。この一事だけでも幕府は倒さねばならない」(第8巻、236項など) この竜馬の台詞は、土佐の郷士を奮い立たせた。竜馬を含む土佐の郷士階級は、同じ武士ながら藩主山内家が連れてきた上士階級から抑圧され、蔑視され、切捨て御免で殺されたりしてきた。その郷士たちの血気の者は国を飛び出し、討幕運動に参加しつつある。天下一階級という平等への強烈なあこがれが、かれらのエネルギーであった。 この点、同じ革命集団でも、長州藩や薩摩藩とは違っている。余談ながら、維新後、土佐人が自由民権運動をおこし、その牙城となり、薩長がつくった藩閥政府と明治絶対体制に犯行してゆくのは、かれらの宿命というほかない。(第6巻、418項) 卓見と言うべきだろう。 また司馬は明治維新を描きながら、ところどころで昭和史にも触れている。 例えば、水戸学の流れを汲む幕末の狂信的な攘夷思想を、昭和ファシズムと結びつけてこう述べている。 大東亜戦争は世界史最大の怪事件であろう。常識で考えても敗北とわかっているこの戦を、なぜ陸軍軍閥は起こしたか。それは、未開、盲信、土臭の強いこの宗教的攘夷思想が、維新の指導的志士にはねのけられたため、昭和になって無智な軍人の頭脳の中で息を吹き返し、それが驚くべきことに「革命思想」の皮をかぶって軍部を動かし、ついに数百万の国民を死に追いやった。(第3巻、199項) 賢明な明治から、狂信が支配する暗黒の昭和へ。この流れがいわゆる“司馬史観”であり、今でも多くの日本人の歴史認識に影響を与えている。
司馬は言うまでもなく戦前を生きた人であって、その体験が“司馬史観”に影響を与えたのも当然だろう。どこかで「あんな時代は本当の日本ではないと、灰皿でも叩きつけるようにして言ってやりたい」と書いていたのを、私は忘れることができない。 私自身も、近代日本史を大まかに捉えれば間違っていないと思う。ただ、昭和ファシズムに幕末の尊皇攘夷主義が直接影響を与えたわけではないし、昭和史の過誤の責任を全て宗教的攘夷思想の水脈に転嫁しても、有益な歴史的教訓を得られないのも事実である。司馬はついに昭和史の暗部を描かなかったが、私たちはそこを避けて通ることはできないし、その意味で言えば司馬の昭和観から脱皮しなければならないだろう。 |
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読み応えのある記事でした。司馬遼太郎作品は、『竜馬がゆく』くらいなんです。これからもっと読みたくなります。
おっしゃるように司馬作品には、人と人との運命的な出会いが、本当にさわやかに、劇的にあるのが魅力的なのでしょうか。
2008/11/8(土) 午前 11:18
戦前の昭和をどう捉えるかは、現代の日本人にとっても大問題でしょう。その3巻の文章、もう忘れてました。司馬史観は、天皇絶対主義のウルトラ保守派以外は受け入れているのでは。
「跳ぶが如く」では、大久保利通をその偉大さは認めつつもその冷酷さを容赦なく書いてます。
2008/11/9(日) 午前 0:51 [ nagata ]
>すてさん:司馬作品には戦国時代のものもありますが、私はこれから時代を下っていこうと思っています。『翔ぶが如く』『坂の上の雲』…と。
おっしゃる通り、劇的な出会いが大きな魅力の一つだと思いますし、しかもそれがわかりやすいのがよかったのでしょうね。歴史をわかりやすく描くのは危険でもありますが、司馬の場合はうまくバランスを保っているような気がします。
2008/11/9(日) 午後 7:45
>龍作さん:「あんな時代は本当の日本ではないと、灰皿でも叩きつけるようにして言ってやりたい」という司馬の本音には、「でもそれも日本だったのでは?」という冷静な視点も必要だと思うんですよね。
次は『翔ぶが如く』に挑戦しようと思っています。大久保の場合、その冷酷さも政治家として必要なものと理解しているのですが、『翔ぶが如く』での描かれ方も楽しみですね。
2008/11/9(日) 午後 7:52
はじめまして、オブと申します。
司馬遼太郎大好きで、小説は全て読みました。
司馬作品には、歴史に登場する人たちに対する愛情が感じられます。
本人も言っている、歴史上の人物の「大真面目なるが故の滑稽さ」と相まって、独特の空気感をかもし出しています。
大げさでなく、司馬遼太郎を亡くしたことは、戦後の日本文学界における最大の損失だったと思っています。
2008/11/11(火) 午後 2:39
>内緒さん:ありがたいお言葉をありがとうございます〜!
『竜馬』は長いだけに、まとまった時間をとれるときに読まないとダレちゃいますね。意外と重複が多いのがこの作品の欠点で、一気に読んだ方がいいかな、という気がします。
2008/11/11(火) 午後 10:47
>オブ兵部さん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございました。おっしゃる通り、司馬の描き方には人物に対する愛情がありますよね。そこが司馬作品の最大の魅力なのだと思っています。
2008/11/11(火) 午後 11:20
はじめまして、こんにちは。
司馬遼太郎さんはまだ未読なのですが、大三元さんの記事、大変素晴らしくて、すごく読んでみたくなりました。
司馬遼太郎さんは、やっぱり男性の方に人気がありますね。でも、歴史のことを知れば知るほど、明治維新の特異性や、逆に他の革命との類似性、といったことに興味が沸いてきているので、是非読んでみたいな、と思います。
歴史ものを読む時に、その著者がどういう歴史観をもっていたか、ということを考えて読むのは極めて重要ですね。参考にさせて頂きます。傑作ポチ。
2008/11/13(木) 午前 10:22 [ るみ ]
>るみさん:ご訪問&コメント、傑作ありがとうございました!
おっしゃること、いちいちもっともだと思います。司馬の描く作品には一貫してダンディズムがあって、読者が男であっても女であってもそこに惹かれるのかな、という気がしますね。
明治維新の普遍性と特異性については、何度か記事にしたこともありますが、非常に興味深いテーマです。司馬の明治維新観は比較的オーソドックスなので、他の論者の見方を知るのも面白いと思います。
2008/11/13(木) 午後 9:37
「竜馬がゆく」を読んで、いわゆる「司馬史観」というものがおぼろげながらわかってきました。「賢明な明治から、狂信が支配する暗黒の昭和へ」は、きわめてわかりやすく、的をついた一文ですね。やはり自分が生きた時代は、司馬氏にとっても歴史として均等に客観的にとらえるのは難しかったのでしょうか。理不尽な時代を生きた者として、どこかで補償(たとえば明治あたりの日本人の素晴らしさ)しないと、立っていられないところもあったのかな?などと、想像しました。
「司馬の昭和観から脱皮しなければならない」という大三元さんの文章を読んでから、第二次世界大戦の本ばっかり読んでいる人と知り合いました(笑)。彼の昭和観を聞いてみたかったけど、ものすごーーーく長くなりそうだったので、そのときは退散しました(爆)。また時間があるときにでも聞いてみたいです。
とても興味深い記事でした!
2008/11/18(火) 午後 4:04
>mepoさん:司馬の場合、作品がわかりやすくて面白いだけに、その歴史観を無条件に是としてしまう人が多いと思います。もちろん記事で書いたように大筋では間違っていないと思うんですけどね。
「補償」という歴史感覚は非常に重要だと思います。私たち自身も、自分に都合のいいように記憶を改ざんしている可能性がありますし、フィクションである歴史小説ならなおさらです。人間誰しもあることなので、注意しておかないと気づきませんけれど。
第二次大戦の本ばかり…という人は、う〜ん、どうでしょう(苦笑)。先入観はいけませんけれど。
2008/11/20(木) 午前 0:05
私も昔は、龍馬が好きでした。
しかし、トシヲトッテクルと、一体彼は何をしたのかと思うようになりました。
勝カイシュウとのやりとりも、サッチョウドウメイモ、リョウホウニ武器を売りながらの、ヤゴウでしかかないように思います。
第一、ケンノツカイテという漫画チックな人気でも不満で仕方が有りません。
彼は一度も刃を抜いての、命のやり取りをしてい無いのでは無いでしょうか
短銃を放ち、あるいは刀を充分に抜く事さえできぬママに、死んで行くのですから、刃のやり取りに青春をかけた明治期幕末の志しのある若者とは異なります。
キョウトノマチに、終の住家を見つけて、うろついてみると、口八丁、オオホラブキというところが私の気分です。
2013/11/22(金) 午前 0:14 [ ぜ ]
>ぜさん:幕末において「剣に生き、剣に死んだ」のはむしろ土方歳三でしょうね。龍馬の場合、あえて言えば彼のロマンは剣ではなく記事に書いたように「海」だったでしょう。この二人の生き方は、司馬の思う「男の生き方」の二通りの見本だったように思います。
2013/11/28(木) 午前 11:52