読書のあしあと

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書評144 エリザベス・ギルバート

『巡礼者たち』

岩本正恵訳(新潮文庫、2005年)

小川洋子が褒めていたのをどこかで読んで、手にとってみた短編集。
新潮クレスト・ブックスからの文庫落ち作品で、カバーの紹介文も好みに近かった。


【著者紹介】
Gilbert, Elizabeth
米コネチカット州生れ。ニューヨーク大学卒業後、ジャーナリストとしての仕事を開始。いくつかの短編小説を雑誌に発表して「パリス・レビュー」新人賞、プッシュカート賞と代表的な新人賞をダブル受賞。『巡礼者たち』はそれらを集めた処女短篇集である。その後、長篇小説Stern Men、長篇ノンフィクションThe Last American Manを発表し、高い評価を得ている。ニューヨーク市在住。


【本書の内容】
オンボロ車でふらりと牧場に乗りこんできたカウガール、友人の姉と恋におちる15歳の少年、泥棒を殺害した移民と奇術師の友情、トラックが故障してひまわり畑で立ち往生する兄妹―表舞台とは無縁の彼らにも人生の落とし穴があり、喜びと悲しみの溢れる一瞬がある。孤独、挫折、そして愛をかみしめながら生きる人々の姿を、シンプルな文章と独特のリズムで丁寧に描いた短篇12作。(新潮文庫カバーより)


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
小説っていいな、と思わせてくれる短篇集。たった20ページほどの短篇が集まるだけで、これだけの余韻が残せるのだ。

本書の中の人々は、皆何かしらの葛藤を抱えている。思い出したくない過去の傷、無邪気に自然を蹂躙する隣人への憤怒…。
彼らはその葛藤を暴走させることはない。静かにそれを受け止め、自分の感情に整理をつけながら懸命に生きている。
その様を描く筆致は淡々としているものの、細やかな心情の間接的な描写はじわじわと沁みてくるものがあった。それはどこかあの名作書評103:『ソーネチカ』にも似ているようにも思える。

以下、特に印象に残った三篇について感想を記す。


「巡礼者たち」
タイトルのみならず、内容も短篇集のエッセンスを凝縮したような表題作である。

ロッキー山脈の麓に単身飛び込んできた、体格も性格も男勝りのカウガール。女らしいところは一つもない彼女に主人公は惹かれていくが、彼女にも触れられたくない過去があった。

二人の関係は不器用でぎこちないけれど、それは背景の厳しい自然と妙にシンクロしていて、とても綺麗だと思った。こういう空間を作れるという意味で、文学の可能性を見せてくれる短篇だと思う。


「デニー・ブラウン(15歳)の知らなかったこと」
デニー・ブラウンは、両親のことをよく知らなかった。看護関係の仕事をしていることくらいしか知らなかった。
デニー・ブラウンは、なぜいじめっ子に信頼され、彼の親友になったのか知らなかった。いじめっ子はいじめっ子なりに寂しい思いをしているなんて、全くわからなかった。
デニー・ブラウンは、なぜ3つ年上の女の子に好意を寄せられたのか知らなかった。彼女がはじめはデニーの父に興味を持っていたことなど、思いもよらなかった。

デニー・ブラウンは知らなかった。
彼をとりまく人々が、微笑ましく彼を眺めていたことを。

幼い頃の私たちは知らなかった。
私たちもデニー・ブラウンと同じように、自分が周りの人に生かされ、逆に生かしてもいたことを。
…そして、大人になった今もそうであることを。


「華麗なる奇術師」
短篇小説のお手本のような作品。
粗暴だが古き良き奇術をこよなく愛するホフマンは、娘のエスターの手品が下手なのを残念がっていた。
実際マジシャンになった彼女には才能がなかった。ところが、彼が二度目に入所した刑務所で見たのは…

彼はごつい両腕にウサギを抱いた。そして目を上げて、わが娘エスターを見た。世界一の才能に恵まれた娘を。(329項)

マジックのキモは、見る人の固定観念と目の前の現実との落差にある。娘は、それを一番幸福なかたちで実践してみせたのだった。
 

閉じる コメント(10)

この本私も買って読みまする!すごく良さそう!

2008/11/30(日) 午後 11:57 [ booklover ]

ほんとに、とても良さそうな本ですね!
短編は、余韻が残って実は深い、というのが肝だ!と個人的には思っています。
名手の短編を読むと、
「小説っていいな」←同感です。フィクションだからこそ出せる深みだなーと思います。
読んだこともないのに、1人で盛り上がってすみません。
私も今度試してみます〜

2008/12/1(月) 午後 2:07 [ るみ ]

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>内緒さん:この本、読まれたことありますか?
最近、『ソーネチカ』をはじめこういう雰囲気の秀作がたくさん出てきている気がします。せわしい現代にあってこういう本を読むと、とても贅沢な気分になりますね。

2008/12/2(火) 午前 0:46 大三元

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>bookloverさん:まさに現代の海外文学の収穫といった感じです。よろしければ、是非感想を聞いてみたいです。

2008/12/2(火) 午前 0:49 大三元

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>るみさん:お気持ち、すごくよくわかります〜。短篇を書けない作家は長編を書いてもダメだ、と阿刀田高が言っているのはそういうことでしょうね。私は基本的に長篇派なのですが、短篇には短篇なりの深みがあって、作家の技がたくさん見られるのが楽しいです。

2008/12/2(火) 午前 0:51 大三元

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小説っていいなって思わせる本なんて、それこそ最良ではないですか。私もひかれました。

2008/12/2(火) 午後 10:39 miffy_toe

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なんだかこういう小説を読みたい気分ですね。少しヘビー級が続きすぎたかもしれません(笑)。
表題作の「巡礼者たち」が面白そうです。文字だけで背景の自然と人間関係がシンクロしてしまうなんて、本当に「小説っていいな」って感じですね!

2008/12/4(木) 午前 1:19 mepo

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>すてさん:そういう意味では、この作品はとても正統的な文学になるのかもしれません。映画にも舞台にもない、文学にしかできない表現があるのだと教えてくれる作品です。

2008/12/4(木) 午後 10:40 大三元

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>内緒さん:そうなんですか、さすがお目が高い!エリザベス・ギルバートのほかの作品も読んでみたくなりました。

2008/12/4(木) 午後 10:43 大三元

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>mepoさん:そういう気持ち、わかります(笑)。本を読んでいると、本以外ではなく違う趣向の本へのモチベーションがわいてくるから不思議ですよね。
それで言うとこの本はまさにぴったりかもしれません。静かな、力強いしなやかさを感じられると思います。

2008/12/4(木) 午後 10:46 大三元


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