書評145 服部龍二『幣原喜重郎と二十世紀の日本──外交と民主主義』(有斐閣、2006年)刊行された時に新刊で買っていたものの積ん読になっていたが、うかうかしている間に服部は最近中公新書でも広田弘毅の評伝を出してしまった。いやはや若いのに多筆な研究者である。【著者紹介】 はっとり・りゅうじ (1968年─) 中央大学総合政策学部准教授。専攻は日本政治外交史、東アジア国際政治史。 1992年京都大学法学部卒業、1997年神戸大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。拓殖大学政治経済学部助教授などを経て現職。博士(政治学)。2002年『東アジア国際環境の変動と日本外交 1918-1931』(有斐閣)で吉田茂賞受賞。 他の著書に『広田弘毅――「悲劇の宰相」の実像』(中公新書、2008年)など。 【目次】 生い立ち 第1部 栄光―明治・大正期 第2部 挫折―昭和戦前 第3部 再起―戦後 終章 外交と民主主義 【本書の内容】 「霞ケ関正統派外交」とは何か。政党政治が形成され、崩壊し、そして再生していくなかで外交の継続性と民主主義は両立しうるのだろうか。日本を代表する外政家である幣原喜重郎の生涯をたどり、20世紀日本の通史を試みる。(出版社紹介より) お薦め度:★★★★☆ 【本書の感想】 <全体の感想> 日本外交史において、外交に冠された個人名は三つしかない。即ち、陸奥宗光、小村寿太郎、幣原喜重郎である。ところが内外に聞こえた幣原の本格的な評伝は、意外にもこれまで書かれていなかった。 本書はその幣原の出生から没後までをカバーした初の評伝である。日米英中露の文献を駆使した史料の読み込みは安定感があり、幣原本人から一線引いたスタンスが印象的。個人的にはもう少し著者自身の感情を出してもよかったとは思うが、研究者の抑制だろうか。 ここでは本書を三つの視点から書評していきたい。 第一に、幣原の外交思想である。「幣原外交」という金字塔の実態は如何なるものだったのか。 第二に、幣原喜重郎という外交官・政治家の日本外交史における評価である。明治・大正・昭和の外交を担った唯一の人物を総体的に捉えた場合、その軌跡はどのような像を結ぶのだろうか。 第三に、本書の副題でもあり、幣原が終生悩み続けた課題もであった「外交と民主主義」というテーマを考えたい。 <幣原外交とは何だったのか> 幣原外交は一般的に、英米を中心とした国際協調主義、経済重視外交、門戸開放といったリベラルなイメージで語られる。しかし実際はそれほど単純ではない。例えば新四国借款団に反する四洮鉄道の延長を認めたように、在華権益を拡張した面もあった。 つまり幣原はワシントン会議の精神を尊重し、中国における機会均等=政治的介入の否定は遵守したが、日本が大陸に持つ特殊権益は固守しようとした。幣原の秩序構想は、ワシントン会議の枠内に留まりつつも日本の経済的利益を追求しようというものだったのである。 近代日本外交に傑出した足跡を残した幣原の外交思想はどのように形成されたのだろうか。その背景には、英外相グレイ、英国駐米大使ブライスといったイギリス外交の重鎮の影響があった。対米関係を何よりも重視した幣原だが、外交の模範国はイギリスだったのだ(62項)。 幣原がグレイ、ブライスから薫陶を受けたのは駐米・駐英参事官時代という短い時間ではあるものの、彼らなくして幣原なしと言っても過言ではない。二人からはアメリカ自身の自浄能力に委ねるというアメリカとの付き合い方のみならず、政治家の清廉さなど多大な影響を受けた。幣原の理想の外交官像はブライスであり、外相像はグレイであったろう(31─33項)。 ところがイギリス外交から引き継がなかったものもある。それは外交には必要不可欠な狡猾さであった。 幣原は一貫して「正直な外交」を信条としていた。一度妥協点の逆を主張してみて落としどころを見つける、などということはしない。大衆受けを狙うパフォーマンスもしない。 「正直なことこそ、最善の外交政策であらうと思ふのであります」(258項) 幣原は演説や講演で、何度も「正直」であることが外交の要諦であると話している。老練なイギリス外交を手本とした幣原だったが、この点に限ればむしろアメリカ外交の理念に近かったと言っていいだろう。 <幣原喜重郎という外交指導者> 幣原は戦間期に二度の外相を務めて国際協調に尽力し、“平和な1920年代”を築いた。戦中の不遇の時代を経て、戦後には再び「西洋世界の指導的政治家と同等にランクされうる進歩的指導者」(スティムソン米国務長官)の代表者として首相の座につき、占領下の戦後処理や憲法制定などに奔走する(書評46:『日米戦争と戦後日本』も参照)。 もちろん幣原が遺した国際協調外交の軌跡は大きい。しかし満州事変の際、若槻内閣でその幣原外交があっけなく瓦解したことはどう捉えればいいのだろうか。 著者は、近代日本外交史上の名外相、陸奥や小村と比較してこう述べる。 かつて陸奥宗光と小村寿太郎は日清戦争と日露戦争で名をあげた。しかし幣原の外交は、満州事変で瓦解したのであり、ここに決定的な違いがある。(289項) 陸奥や小村は危機的状況で力を発揮する外相だったが、幣原は平時で良好な外交関係を構築する能力に長けていた。自らがリーダーシップをとるタイプではなく、浜口雄幸内閣でも浜口首相の強力な指導力を背景に協調外交を展開した。浜口が凶弾に倒れた後、第二次若槻内閣になった途端に幣原外交が崩壊したのは象徴的である。 <おわりに──外交と民主主義> 19世紀的「旧外交」の世界では、外交は民意を気にする必要はなかった。しかし大正デモクラシーの頃から、外交政策にも世論が力を持つようになる。国家が戦争に至る時、常に政治指導者が国民を扇動するわけではなく、世論は時に政府の思惑を超えて過激である──アメリカにおける排日移民法問題などはこの典型であった(書評70:『戦争の日本近現代史』などを参照)。これは中国を見れば明らかなように、現代に至るまで全ての民主主義(への移行)国家が直面する問題でもある。 その点、幣原の民主主義に対する姿勢は興味深い。戦前期の幣原は、外交への政党政治の介入には懐疑的であり、外交問題を外務省内の人脈のみで解決しようとする傾向があった。幣原が理想としたイギリス外交には超党派外交の伝統があるが、それも国民の成熟した世論があってはじめて成立するものと幣原は観察していた。 著者は幣原の外交スタンスの形成について、小村寿太郎外相の下での外務職員時代のエピソードに触れている。国民を疲弊させた日露戦争を終結させ、ポーツマス条約に調印した小村を迎えたのは、拍手喝采どころか日比谷焼打事件であった。これを見て幣原は「外交における民意との距離の置き方を悟ったのではないだろうか」(24項)と著者は推測する。日本国民の成熟度は、イギリスのそれとはほど遠かったのである。 ところが、戦後になって幣原は政党政治にも少しずつ歩み寄り始める。首相となった幣原は、保守連携による政権の安定に奔走し、さらには衆議院議長まで務めた。民主主義国家日本を再生させるにあたって、もはや外交の継続性と民主主義の両立は不可欠であると悟ったのだ。幣原は志なかばでこの世を去ってしまった。 残念なのは、著者が副題にも掲げたこのテーマについて、もう少し政治学的・思想的分析を加えて欲しかったところ。しかしテーマの遠大さを考えれば、もう一冊本が書けそうな主題でもある。 内政の基盤がなければ外交は成り立たないし、世論におもねる外交はやがて行き詰る。幣原が苦闘したこの問題は、21世紀の今なお解決されていない。
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書評 近代日本
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「正直な外交」で上手くいくならそれに越したことはないと思いますが、人間関係と同じで駆け引きなしにはすまされないのが現実ではないかと思います。
オバマさんが大統領になったら、日本には厳しいという説がありますが、一時的にはそれも仕方がないのではないかと思っています。
日本がもっと自立すること、アメリカの顔色を伺わなくても生きていける道を探して欲しいです(私たち一人一人が探さなければいけないものでもあるでしょうが)
私は麻生首相は嫌いですけど、アゲアシトリ的な現在のメディア批判には賛同できません。
言い間違いの一つや二つ誰にでもあるもの、本質的な部分で批判して欲しいです。
どうにも、まとまらない意見でごめんなさいです。
2008/12/10(水) 午後 8:21
先日は私の身辺雑記中“書きにくい読書感想をどう書くか”といった悩みにアドバイスをいただき、ありがとうございました。
大三元さんのような読書、真似したいけど真似できないというのが私の思うところです。その知識と教養は並大抵ではありませんね。
今回の書評についても、昔読んだ本がリンクしてくる、というアドバイスのお手本を見せてもらった感じです。いやはや、インテリジェンスがうらやましい。私も遠く及ばないながら、自分なりの考察がもてるよう精進したい所存です。
2008/12/11(木) 午後 7:55 [ booklover ]
>内緒さん:服部龍二はまだ40歳そこそこの若手研究者ですから、ご存知ないのも当然かもしれませんが、『東アジア国際環境の変動と日本外交 1918-1931』という処女作で注目を集めたことがあります。日米中露語を読みこなす語学力を持ち合わせていることで、使える史料の幅が広いのが武器でしょうか。
幣原の評伝もいいものがなかったので、本書が出たことは日本外交を理解する上で貢献するかもしれません。一読をお薦めします。
2008/12/14(日) 午後 10:05
>AKIKOさん:「正直な外交」というのは何も馬鹿正直なことを指すのではなく、「誠意を見せる」といった意味だと思います。権謀術数を弄するのではなく、誠意と情熱をもって説得しろと。
「アメリカの顔をうかがわなくても〜」という感情を持つ国民とどのように付き合っていくかも、戦後日本外交にとって一貫したテーマでした。最近は世論も成熟しつつある気がしますが、在日米軍の暴行事件などが発作のように定期的に発生し、そのたびに反米感情が高まりを見せるのも、幣原が指摘したイギリス世論の成熟度までは達していないということなのかもしれません。
2008/12/14(日) 午後 10:23
>bookloverさん:お褒めのコメント、ありがとうございました。私はインテリジェンスも教養も専門家には及びません。下手の横好きですよ。昔読んだ本がリンクしてくるという意味で言うと、ブログを始める前に読んだ本の影響の方が人格の形成には大きかったかも…。しかし、記事に残しておいたほうが頭に残っていたことはたしかですね。ブログの使い方は人それぞれですが、何らかの参考になれば幸いです。
2008/12/14(日) 午後 10:55