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今年のランキングの特徴としては、新書が多いことでしょうか。2006年にランキングされた新書は10冊中4冊、2007年の6冊に対し、2008年は7冊ですから、年を追うごとに重い単行本を読めなくなってきている傾向があります。 もっとも新書だからといって必ずしも軽い本ばかりというわけではありませんが、今年はもう少し浩瀚な書物にも挑戦したいものです。 それでは、以下2008年のベスト10です。 第1位 宮城大蔵『「海洋国家」日本の戦後史』(ちくま新書、2008年) 2008年の最大の収穫はこの本であった。著者は以前から注目していた若手の外交史家だが、本書は期待以上の密度と精度で、知的好奇心をかきたててやまないものであった。 タイトルからは戦後日本史を「海」という視点から切り取った、川勝平太的な文明論を彷彿とさせるが、実際はもっと地に足の着いたアジア外交史であり、いい意味で期待を裏切ってくれる。 戦後アジア(本書の主要舞台はインドネシア)では、“植民地主義”を非公式に維持しようとするイギリス、ヴェトナム戦争に足を取られながら“冷戦”を戦うアメリカ、“革命”を輸出しようとする中国らの思惑が絡み合っていた。その中で日本は“開発”という無色の思想を掲げ、かつ見逃せない成果を挙げていたことを本書は教えてくれる。 第2位 大野健一『途上国のグローバリゼーション──自立的発展は可能か』(東洋経済新報社、2000年) 本書を読んで感じたこと、考えさせられたことは、一年中私の頭の中をぐるぐる回っていた。その意味では、2008年の私の思考を支配した本。 なぜ発展途上国は途上国のままなのか?後進国が発展に成功するためには何が必要なのか?それを支援する側の先進国や国際機関はどこが間違っているのか? 国際通貨基金に勤務した経験もある著者の主張は、理論的にも経験的にも説得力がある。それとともに魅力的なのは、書評では十分触れられなかった著者自身のフィールドワークである。これだけ研究対象に誠実な経済学者の仕事は、もっと知られていいと思う。 第3位 君塚直隆『ヴィクトリア女王──大英帝国の“戦う女王”』(中公新書、2007年) 「日の沈まない帝国」と呼ばれた最盛期大英帝国に君臨したヴィクトリア女王の、中公新書らしく堅実で読み易い評伝。 19世紀英国に確立したと言われる「君臨すれども統治せず」という不文律は建前であり、ヴィクトリアは世界をまたにかけて戦争を指導する“戦う女王”であったという視点で描かれている。最近は「母」「女性」といった視点からヴィクトリア女王を研究する立場が多い中、あくまでも「君主」としての顔にこだわった正統的なヴィクトリア伝と言える。 ヴィクトリア以外の視点も欲しいところだが、イギリス外交史入門としてもお薦めできる好著である。 第4位 渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ──筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(北海道新聞社、2003年) 筋ジストロフィーの患者と、彼を支えるボランティアたちの物語。2008年唯一読んだノンフィクション作品だが、これを選んで間違っていなかったと思った。 これも著者の誠実さが作品全体の品位をつくっていて、決して軽い内容ではないのに、読後感がとてもいい。 健常者であれ障害者であれ、人間と真正面から向き合うことは、とても難しい。しかし、そうしなければ一分も生きていけない鹿野の人生に触れることで、私たちはたくさんのことに気づくことができる。 第5位 服部龍二『幣原喜重郎と二十世紀の日本──外交と民主主義』(有斐閣、2006年) 服部の近著『広田弘毅』ではなく、こちらを読んだ。学術書としては唯一と言っていい幣原の評伝。 叙述は堅実平易であり、信頼がおける。太平洋戦争が劣勢必至になると幣原は徹底抗戦論を唱えたらしいなど、興味深い事実も多かったが、全体としてはオーソドックスな評伝に仕上がっていると思う。 幣原が憂いた日本外交に対する国民世論の無理解は、未だに劣悪な質にとどまっている。そのあたりも含めて、「外交と民主主義」という副題についてもう少し政治学的・思想的分析が欲しかったところ。しかしこれは評伝の域を超えているだろうか。 第6位 内田樹『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、2006年) 2007年の小林秀雄賞を受賞した本作、電池切れさんのお薦めで読んでみた。 古今東西論じ尽くされたユダヤ論を、内田樹がいつもの手際よさでまとめて分析した本。特に終章で内田の師であるレヴィナスを援用しながら「ユダヤ的思考は真の実存主義である」という結論にもっていく過程は圧巻。レヴィナスの影響が強すぎて、それって「ユダヤ的思考」っていうより「レヴィナス的思考」なのでは、という疑問がないではないが、ともかくスリリングで面白い。 内田の数ある著作の中でも『ためらいの倫理学』に匹敵する内容なのではないかと思っている。 第7位 加藤祐三『黒船異変──ペリーの挑戦』(岩波新書、1988年) 幕末から明治にかけての司馬作品を読むにあたり、補助線として読んだ本である。コンパクトによくまとまっている良書だと思う。 特に黒船来航は日本側にとっては“異変”であったが、ペリーから見ると「最も古い国」の扉を「最も若き国」の自分が開ける“挑戦”であったという視点はとても新鮮であった。 他にもペリーが太平洋ではなくインド洋を渡ってきたこと、日本を「最古の国」だと勘違いしてロマンを見ていたこと、日本の庶民を高く評価していたことなど、知らなかった事実もたくさんあって面白かった。 第8位 鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』(講談社現代新書、1996年) 一昨年は書評93:『「待つ」ということ』にとてもお世話になった、鷲田清一のちょっと古い本。 もともと講談社現代新書の「ジュネス」というシリーズの1冊で、素朴で何気ない哲学的な疑問に、高校生でも読めるような文体と構成で答えるというコンセプトで作られたものだそうだ。その狙いは大いに成功していると言える。 おそらく当時は「自分探し」みたいな言葉が流行っていたのではないだろうか。そんなものは探してもどこにもない。この本で救われた10代も少なからずいるのではないかと推測する。 第9位 長島伸一『大英帝国──最盛期イギリスの社会史』(講談社現代新書、1989年) 上記『ヴィクトリア女王』の時代に対応する社会史の概説書。 一般向けの読み物なので、扱うテーマは幅広いし専門的な議論も薄まっていると思うが、門外漢の私にとっては勉強になることが多かった。特に鉄道の出現が近代という時代に及ぼした影響がいかに大きく、いかに多方面にわたっているかについて再認識させられた。 大英帝国の「衰退」は福祉国家への「出発」だったという本書のメッセージにも唸らされた。これから資本主義社会の頂点を迎える途上国は、歴史から学ぶことがまだまだ山ほどある。 第10位 パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』(ちくま文庫、2007年)
自称イタリア人が社会学をパロディ化した、お笑い系学術書(?)。おそらくどこぞの社会学者の仮名だと思われるマッツァリーノ氏の著作は、分類にも書評にも評価にも困る(とてもためになるとか全然面白くないというわけでもない)。 本書で一番面白かったのは、書評でも触れた年金の議論。「入り口」よりも「出口」の議論の方が生産的だという指摘は新鮮で、おそらくどの年金研究者の頭にもなかったことではないかと思う。さすが立ち食いそばのバイトをやってるだけありますね。 |
My Best Books
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おお!来ましたね。毎年恒例の大三元さんのベストテン。昨年はここで紹介された山崎正和の「社交する人間」が気になって買いに走りました。
今年は、第8位のが凄く気になったので、これから書店に行こうと思います。
2009/1/4(日) 午後 2:55
第4位の「こんな夜更けに〜」の書評にはかなりの衝撃をうけました!あと「社交する人間」も印象深かったです。それにしても大三元さんのランキングは独特ですね^^
他の方にはない切り口にいつも感心してしまいます!
2009/1/4(日) 午後 10:34
>コウジさん:今年は昨年のラインナップに比べると若干力不足の感は否めませんが、少しでも参考にしていただければと思います。『社交する人間』お読みになりましたか?読了されたら是非感想もお聞かせ下さい。
2009/1/5(月) 午前 3:39
>内緒さん:明けましておめでとうございます!今年も叱咤激励のほどよろしくお願いします。
『途上国のグローバリゼーション』は、是非多くの人に手にとってもらいたい本ですね。基幹産業も何も持たずに苦闘する途上国が世界にはたくさんあって、日本にもできることは少なくないはずなのです。
本書はサントリー学芸賞・大仏次郎論壇賞をダブル受賞しているのですが、そのわりにはあまり注目されていない問題のような気がします。
2009/1/5(月) 午前 3:43
>内緒さん:鷲田の著作はこのブログで取り上げたのは2冊だけですが、それ以外にも面白い作品が多いですよね。いずれもしなやかで深い思索が堪能でき、「自分の頭で考える」とはこういうことなのかと、毎回頭が下がる思いです。
今年もマイナーな本ばかり取り上げていくことになると思いますが、気長にお付き合い下さい。よろしくお願いします。
2009/1/5(月) 午前 3:46
>あんごさん:『社交する人間』の記事、読んでいただけたのですね。近年稀に見る名著でした。
『こんな夜更けに〜』も、ボランティアのあり方、障害者への視線など色んなことを考えさせられる好著です。著者の次回作にも期待したいですね。
2009/1/5(月) 午前 3:48
どれも面白そうですが、やっぱりベスト3は私も読んでみたいです。
大国アメリカが沈みゆく今、大英帝国などかつての大国の
歴史を紐解いてみるのも面白そうですね。
でも、今年は大三元さんの影響を受けて、司馬遼太郎にも挑戦したい
と思っており、読み終えることができるかどうか、、、
それでも「いつか読みたい本」の中に入れておきたいと思います。
今年も為になる大三元さんのブログ、大変楽しみにしてます〜
よろしくお願いします☆
2009/1/5(月) 午後 1:38 [ るみ ]
>るみさん:歴史を顧みれば、「いかに衰退するか」という問題もかなり重要なことがわかります。その意味で言えば、司馬作品に描かれた徳川幕府の引き際というのも、結果的に見れば後の日本にとっていい影響を与えた点が多いと思いますね。
るみさんの今年の読書記事も楽しみにしています。よろしくお願いします。
2009/1/7(水) 午前 0:29
こんにちは、今年もよろしくお願いします!
う〜んさすが大三元さん。うなるしかありません。フットワークの軽さ、視野の広さ。ビシビシ刺激を受けました!
2009/1/7(水) 午後 4:55 [ booklover ]
>bookloverさん:明けましておめでとうございます。
いや、私のフットワークはものすごく重いですよ(笑)。こたつに入ったら朝まで出られませんし。視野もこたつから見えるものに限定されています(笑)。
そんな自堕落な私ですが、今年もどうぞよろしくお願いします。
2009/1/7(水) 午後 11:27