|
2008年の文学・随筆関係は、評価★5つの本がなかったのが心残り。強いて言うならボリュームの大きい司馬作品と円熟味のある『風味絶佳』がニアミスでしたが、昨年の『ソーネチカ』のような出会いがなかったのは残念です。 ただこのブログの評価はかなり厳しくしているつもりであり、「一生この本と付き合っていこう」と思える本にしか★5つはつけません。ですので、評価が★4つ程度でも抜群に面白く、心に残る作品は多いと思います。 第1位 司馬遼太郎『燃えよ剣』全2巻(新潮文庫、1972年) 『竜馬がゆく』全8巻(文春文庫[新装版]、1998年) 書評その1/その2/その3/その4/その5 今更だけれど、司馬遼太郎をしっかり読んだのは昨年が初めてだった。二作合わせて10冊とボリュームも多く読了には時間がかかったが、二つの代表作をセットで読んだことは大きな収穫だったと思う。 二人の主人公は、全く正反対の性格であった。時勢など顧みずに己の信念に生きることを信条とする、サムライを画に描いたような土方歳三と、自らの夢を実現するための好機をものにしていく、飄々としてつかみどころのない坂本竜馬。信念を貫き通すのか、大志を抱いて世界へ跳躍するのか。それは司馬の思う「男の人生」の二つの理想型であった。(二作は同順1位) 第3位 山田詠美『風味絶佳』(文春文庫、2008年) 昨年読んだ純文学では最もよかったのがこの本。甘くてほろ苦いチョコレートのような恋愛を描いた6篇の短篇を収める。 いずれの作品でも登場人物はよく食べ、よく働き、よく寝る。そして恋愛関係は排他的で、とろけそうで、だらしない。この本がすごいのは、読者をそういう甘〜い生活に共感させつつも客観的に観る冷静さを失わないところだ。チョコレートのような恋愛は、他人から見ればグロテスクな場合だってある。しかしそれでいいのだ、と思わせてくれる本である。 山田詠美は、恋愛をよく知っている。 第4位 澁澤幸子『イスタンブール、時はゆるやかに』(新潮文庫、1997年) 一昨年に旅行したトルコが懐かしかったので手に取った本で、著者があの澁澤龍彦の実の妹さんであることにも興味を惹かれた。 実際本書は旅行記としてもエッセイとしても抜群に面白い。何よりも、この人はトルコの楽しみ方を知っている。道端で声をかけられた人にホイホイとついていき、チャイやご飯をご馳走になり、挙句の果てに泊まってしまう。トルコはそんなことができてしまう国なのである。 トルコに行ったことがあればなおのこと楽しめる本だが、行ったことがない人──ほとんどの方がそうだと思うが──も本書をきっかけに世界最大の親日国・トルコを訪れてみてはいかがだろうか。 第5位 エリザベス・ギルバート『巡礼者たち』岩本正恵訳(新潮文庫、2005年) できれば静かな部屋で、珈琲か紅茶でも飲みながら、ゆっくり味わいたい短篇集。 決して大事件が起こるわけでもないし、明確なメッセージ性があるわけでもないのだが、小説の世界に浸ることの充実感や安心感を満たしてくれる作品である。 本書の原題は“Pilgrims”。その世界観に相応しいタイトルだと思う。 最近はこういう良作がどんどん訳されているようで、読むスピードが追いつかないのがもどかしい。 第6位 柴田元幸編著『ナイン・インタビューズ──柴田元幸と9人の作家たち』(アルク、2004年) ブログでお世話になっていたRingoさんのご自宅に伺って頂戴してきた本のうちの1冊。今をときめく売れっ子翻訳家、柴田元幸が9人の海外作家に行ったインタビューをまとめてある。しかもCD二枚つきでこの値段は絶対お得。 特に興味深く読んだのがカズオ・イシグロの章と村上春樹の章。ステュアート・ダイベックやリチャード・パワーズなど、この本で興味を持った未読の作家も多い。これらは今年の宿題である。 9人の作品を読む度に読み返したい本だ。 第7位 A.C.Doyle“The Adventures of Sherlock Holmes”, IBC Publishing, 2005 15年ぶりに読むシャーロック・ホームズは、英文を選んでみた。原著だと思って買ったら抄録だったのが残念だが、原文の余韻は楽しむことができたと思う。 書評でも書いたが、再読に耐えないものが多いミステリという分野にあってホームズが未だに古典の位置を占め、ファンを魅了してやまない理由は、行間に刻まれた人間への洞察にあろう。ホームズは子どもが読むものだと思っているあなた、とりあえず冒頭の「ボヘミアの醜聞」(The Scandal of Bohemia)を読んで欲しい。人間の機知と驕りを鋭く描写し、いかにもイギリスらしいユーモアを湛えたこの短編は、大人を唸らせるに充分な傑作である。 久しぶりにベイカー街にトリップするのも楽しいものだ。今年は光文社文庫の新訳にも手を出してみようかな。 第8位 芦屋市立美術博物館ほか編『幻のロシア絵本 1920─30年代』(淡交社、2004年) これもRingoさん宅から拝借したもので、「『ソーネチカ』が好きな大三元さんに」と言われてもらってきた絵本(の紹介本)である。 1920〜30年代のロシアに活躍した絵本作家を特集している。この頃のソヴィエト連邦には「絵本革命」なる事件があって、とても斬新でシンプルな構図と暖かい色合いが特徴の絵本が多く描かれたという。絵本と言いつつも、一枚一枚の絵がポスターにしてもよいほど完成度が高い。 その後第二次大戦が近づくにつれ、暖かいベージュ色は軍服の黒に変わり、絵本に満ちていた明るさも全体主義のイデオロギーにとってかわられる。 第9位 チェスタトン『木曜日だった男──一つの悪夢』(光文社古典新訳文庫、2008年) 「ブラウン神父」シリーズの作者にして偉大な保守主義者、ギルバート・チェスタトンの傑作奇譚。 幻想的な夕焼けの街で始まる、奇妙な探偵冒険物語──のはずが、テロリストが刑事だったり、刑事がテロリストだったり、現実と幻想が交錯し始める。そのうち悪夢のような光景が現実となり、そうかと思えば攻守が逆転して──怒涛のクライマックスは、やはり幻想なのか? 本書から何を読み取るかは読者次第だ。 第10位 モーム「雨」中野好夫訳『雨・赤毛』(新潮文庫、1959年)所収
20世紀イギリス最高のストーリーテラー、サマセット・モームのあまりにも有名な短篇。古典中の古典だけあり、面白かった。 東南アジアの延々と降り続く長雨の描写は作品に抜群の効果をもたらしているし、登場人物の会話はイギリスらしいウィットに富んでいるし、あっと言わせる結論はほんの数行で提示されるし、まさに短篇小説のお手本のような作品である。 読んだのがちょうど梅雨の季節だったのも環境的によかったのかもしれない。未読の方は、今年の梅雨の時期に是非どうぞ。 |
My Best Books
[ リスト ]





山田詠美もチェスタートンも結構、量は読んだつもりですが、この作品は未読でしたねぇ。「木曜の男」はどうして落としちゃったんだろう?図書券もらったから買おうかな?
2009/1/8(木) 午前 3:35 [ kohrya ]
司馬遼太郎は人気ですね!
「竜馬がゆく」はちょっと読めそうにありませんが、「燃えよ剣」は読んでみたいと思います
2009/1/8(木) 午前 7:08 [ 兼清俊太郎(猿脳) ]
柴田元幸さんの仕事を見ているだけで、読書案内になりますね^^;
モーム、チェスタートンなども読んでみたい作家です。
2009/1/8(木) 午後 1:24
明けましておめでとうございます!(遅っ)
昨年末からこの記事まで一気に読ませていただきました。
相変わらずの内容ですね〜。すばらしいです。
おおっ、司馬遼太郎の二作が第一位なのですね!
昨年は、大三元さんとこのあたりがかぶったのが、一番嬉しかったです。リアルタイムで本の話ができるのは、何よりも楽しいですね。大三元さんのコメントから、本当の歴史というものを考えさせられました。今年もこのあたりを中心に詠み進めたいと思っています(「花神」、「峠」、「飛ぶが如く」、「坂の上の雲」などなど)。
モームは気になっていながらも、読めていません(汗)。今年は読めるかなあ…。
今年もどうぞよろしくお願いいたします♪
2009/1/8(木) 午後 11:09
「巡礼者たち」なんだか良さそうですね。
今、少し読書から離れてしまっている時期です。また落ち着いたら、紅茶片手にじっくり読んでみたいですね。
2009/1/10(土) 午前 0:07
司馬氏はやっぱり強いですね^^かくいう私も「竜馬がゆく」は愛読書です!「燃えよ剣」も読んでみたいなぁ…。
柴田先生には10代の頃からいろいろな刺激を受けているので、(頭でっかちな頃だいぶ助けられました^^;)このインタビュー集もぜひ読んでみたいです〜。
2009/1/10(土) 午前 10:13
司馬遼太郎の2冊は読んでいるので、「第3位 山田詠美『風味絶佳』(文春文庫、2008年) 昨年読んだ純文学では最もよかったのがこの本」、とお薦めしているこちらを読んでみることにいたしました。ありがとうございました。
2009/1/11(日) 午前 8:46
>あつぴさん:どちらもちょっと長いのですが、それだけに色々と考えさせられた部分が大きく、順位が上がったのかもしれません。お読みになったら感想をお聞かせ下さい〜。
2009/1/12(月) 午後 4:38
>reona678さん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございました。読書の趣味が似ているようで嬉しいです。司馬作品もモームも、今年も読んでいくつもりですので今後ともよろしくお願いします。
2009/1/12(月) 午後 4:47
>こーりゃさん:私はチェスタトンについてジャーナリスト・思想家というイメージしか持っていなかったのですが、『木曜日だった男』はよかったです。よろしければ是非。
2009/1/12(月) 午後 4:55
>猿脳さん:やはり司馬は国民的作家になるだけのことはあると思います。もちろん納得のいかない部分はありますが。
『燃えよ剣』と『竜馬がゆく』はセットで読むことをお薦めしますが、『燃えよ剣』の方が短いですし先に読むならこちらですかね。
2009/1/12(月) 午後 5:02
>内緒さん:司馬作品はボリュームもありますが、それだけ考える材料を与えてくれる作家ですね。
今度、是非澁澤本についての感想もお聞かせ下さい。内緒さんはトルコを訪問されたことがありますか?行ったことがない方がこの本をどう読むのかも気になっているんですよね。
今年も洋書は数冊読む予定(あくまで予定、笑)ですが、チョイスに少し迷っております。簡単に読めて面白い英米文学って、あまり思いつかないもので…。
2009/1/12(月) 午後 5:28
>内緒さん:『ロシア絵本』はとてもよかったですよ。絵本ではなくて絵本の紹介本なのですが、それだけでも見ていてすごく心休まるというのは、絵自体の魅力が素晴らしいということなんだと思います。絵本の原本が手に入るかどうかはわからないのですが、入手できるのであれば手元に置いておきたい、と思える絵が紹介されています。
Ringoさんもお元気だそうですので、一安心しました。またこういう機会があればいいなと思っているのですが…。
2009/1/12(月) 午後 5:32
>しろねこさん:柴田元幸はこの前小説集も出したようですし、翻訳家の域を超えて精力的に活動していますね。今後も要注目です。
モームやチェスタトンはミステリではありませんが、ミステリとしても読める傑作です。お暇ができれば手にとってみてください。
2009/1/12(月) 午後 5:34
>mepoさん:改めて明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
mepoさんも昨年の1位は司馬でしたね。内容・量・議論ともに昨年で一番印象に残る読書でした。私も今年は同じ時期の司馬作品を読もうと思っているのです。とういうことで、今年もやっぱりお世話になりそうです(笑)。
モームはmepoさんの守備範囲にストライクな文学だと思いますので、梅雨の時期にどうでしょうか?短いですし、サクッと読めますよ。
2009/1/12(月) 午後 5:38
>ぼやっとさん:そうですね、『巡礼者たち』は、このブログでお世話になっている中ではぼやっとさんに一番似合う短編集かもしれません。必ずお気に召すと思います。できれば冬の間に、しんしんと降る雪を窓に見ながら読みたいものです。
2009/1/12(月) 午後 5:40
>あんごさん:『ナイン・インタビューズ』を読み、昨年のあんごさんの記事でますます『シカゴ育ち』へのモチベーションをかきたてられ、今は本棚で「待ち」状態です。今年中には必ず読みますね!
2009/1/12(月) 午後 5:42
>Mineさん:『風味絶佳』も珠玉の短篇集です。一篇ずつゆっくりと味わうに足る、円熟味が感じられるのがいいですね。ご感想もお聞かせ下さい。
2009/1/12(月) 午後 5:44
大三元さん、はじめまして。
ご訪問ありがとうございます。
司馬遼太郎は友人が『項羽と劉邦』を読んで面白かったと言っていたので、何か読みたいと思っているんですが、どうも長くて手を出せていません。
山田詠美は好きな作家のひとりですが『風味絶佳』は未読です。
お気に入り登録させてください。
よろしくお願いいたします。
2009/1/14(水) 午後 10:26
>いちさん:初めまして、コメント&お気に入り登録ありがとうございました。私は昨年初めて司馬の主著を読んだ初心者ですが、色々と考えさせられることが多かったように思います。『竜馬がゆく』の方は長いし重複も多いので、『燃えよ剣』から入られたらいかがでしょうか。
『風味絶佳』も珠玉の短篇集です。一篇ずつ、よく味わって読まれることをお薦めします。
2009/1/14(水) 午後 11:19