読書のあしあと

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書評154 夏目漱石

『漱石人生論集』

出久根達郎編(講談社文芸文庫、2001年)

今年の読書テーマの一つ、近代日本文学の追究。
本書は小説ではないけれど、漱石の人生観を知るのに良いかなと思い読んでみた。


【著者紹介】
なつめ・そうせき (1867─1916) 近代日本最大の作家。本名は金之助。
江戸牛込馬場下に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。帰国後、一高、東大で教鞭をとりつつ発表した『吾輩は猫である』が評判となり、翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。日本文学史に輝く数々の傑作を著したが、最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。
本ブログで取り上げた作品に書評81:『坊っちゃん』がある。


【目次】
愚見数則
入社の辞
虚子著『鶏頭』序
太陽雑誌募集名家投票に就て
イズムの功過
私の個人主義
思い出す事など(抄)
ケーベル先生の告別
硝子戸の中(抄)
文学談
文士の生活
書簡(抄)
断片(三五C
三五D)


【本書の内容】
屈指の漱石の読み手である出久根達郎が、厭世家ではあるが決して人生を悲観しない漱石の生き方の真髄を全集の中から選んで編集した、今に新しい人生論集。(講談社文芸文庫カバーより)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
漱石が人生について綴った随筆、手紙、書簡、講演の類をまとめたもの。
短くて2項、長くても30項ほどの随筆だったりするので、細切れの時間に読むのにちょうどいい。

体系だったメッセージがあるわけでもないので、ここでは印象に残ったこと、気になったことをメモしながら感想を述べたい。


<漱石の個人主義>
本書に収められた文章の中で、おそらく一番有名なものは「私の個人主義」である。

これは漱石が学習院に招かれて行った講演の筆記録で、大雑把に言えば学生に対して「自由たれ」「個人主義者たれ」と説くもの。
ただしここで言う「自由」とは単なる自由放任ではなく、義務を伴った自由だという。他人の自由を害しない限りでの自由、国家を転覆させない程度の自由。漱石はその好例を、デモを行っても程ほどに留め、政府側もデモを禁止しないイギリスに見た。
(余談だが、イギリス社会の成熟度への注目は、幣原喜重郎などにも共通するものがあり興味深い。書評145:『幣原喜重郎と二十世紀の日本』参照。)

「個人主義」とは、欧米の偉い学者が言ったことを真似るのではなく、自分の頭で判断し行動すること、その上で自分の個性を充分に発揮することである。この点については漱石の弁舌が珍しくアツい。

ああ此処におれの進むべき道があった!漸く掘り当てた!斯ういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは初めて心を安んずる事が出来るのでしょう。……もし何処かにこだわりがあるなら、それを踏み潰す迄進まなければ駄目ですよ。(54─55項)

自分がやりたいことを仕事にするべきだ、これだと思ったことは妥協するな、という趣旨のことも言っている。こういった漱石の信念は、小説しか読んでいなければ全く気づかなかっただろう。


<書簡に見る漱石の人生観>
漱石の人生観が最もよく表現されているのは、小説でも随筆でもなく書簡であったと出久根達郎は述べている。確かに本書所収の書簡の類を読めばそれは明らかだ。


狩野亨吉宛ての書簡には、一度松山へ降った理由、さらに再上京した理由が書かれている。

世の中は下等である。人を馬鹿にしている。汚い奴が……失礼千万な事をしている。こんな所には居りたくない。だから田舎に行ってもっと美しく生活しよう――是が大なる目的であった。然るに田舎へ行って見れば東京同様の不愉快な事を同程度に於いて受ける。……もし是からこんな場合に臨んだならば決して退くまい。否進んで当の敵を打ち倒してやろう。(「狩野亨吉宛て書簡、明治39年10月23日」143項)

以前書評81:『坊っちゃん』では、坊っちゃんが赤シャツらを懲らしめたように見えるが実際は「近代」に敗北したのだ、という江藤淳の解釈を紹介した。ところが実際の漱石は、東京に戻ってきてそれと対決してやろうという意欲に燃えていたのである。

余は余一人で行く所迄行って、行き尽いた所で倒れるのである。そうでなくては真に生活の意味が分からない。手応えがない。生きて居るのか死んでいるのか容量を得ない。(同上、144項)

このあたりは上述の「私の個人主義」に見られた思想とも通じるものがあり、漱石の反骨精神が垣間見えて興味深い。


一方で晩年の老成した人生観も面白い。

武者小路さん。気に入らない事、癪に障る事、憤慨すべき事は塵芥の如く沢山あります。それを清める事は人間の力で出来ません。それと戦うよりも許す事が人間として立派ならば、出来る丈そちらの方の修養をお互いにしたいと思いますがどうでしょう。(「武者小路実篤宛て書簡、大正4年6月15日」16項)

大正4年というから、漱石最晩年の頃に書かれたものである。小説から受ける印象や、狩野亨吉宛て書簡に見られた意気込みからは、やや意外な落ち着きが感じられる。
「戦うよりも許すことが立派」という辺り、遠藤周作などにも通低するところがある。
“許すことが立派”と達観した漱石は、急逝しなければどのような小説を書いたのだろうか。
 

閉じる コメント(9)

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おお、引用を読むだけで、こちらまで熱くなってくるような文章ですね!逆に、晩年の人生観を読むと、「同じ人が言ってるのか?こりゃ?」って思いますけど(笑)、「坊ちゃん」などと、後期の作品を考え合わせると、どちらも漱石なんでしょうね。
私も講談社学術文庫に入っている「私の個人主義」を持っていました。目次を読むと、「道楽と職業」とかタイトルからして痛いものが並んでいます(笑)。読んでみようっと。

2009/3/12(木) 午後 10:28 mepo

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>mepoさん:そうなんです。「どちらも漱石」が正解なのであり、「漱石の本質は云々だ」と決めつける必要はないと思うのです。一人の人間の人生に色々な感情や信念が同居することが自然だということは普通に考えれば普通ですもんね。
漱石はイギリスが嫌いでしたが、さすが留学して苦心しただけあり近代イギリスのいい点もわかっています。漱石なりの「個人主義」は古き良きイギリスの(J.S.ミルのような)個人主義を思わせて面白いです。

2009/3/13(金) 午前 0:34 大三元

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最近個人主義とか自由主義とかに疑問を抱きつつあります。漱石のような聡明な個人主義をもっと再評価、再掲載(教科書など)して巷に行き渡らせて欲しいものです。といいつつ、「私の個人主義」すら読んでませんでした^^;;;

2009/3/13(金) 午後 2:42 しろねこ

「戦うよりも許すことが立派」・・・良い言葉ですね。
漱石は大好きな作家の一人ですが、人生論系は読んだことがありません。
今度、TRYしてみます。

2009/3/14(土) 午後 4:43 AKIKO

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>しろねこさん:こういう経済状態、社会状況になると当然自由主義・個人主義は旗色が悪くなりますね。であればこそ、その長所をしっかり認識しておかねばならないと思うのです。

2009/3/16(月) 午前 0:32 大三元

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>AKIKOさん:このアンソロジーには漱石の色んな時期の文章が収められているので、ある意味漱石の考え方がどう変わっていったかを知ることが出来ます。小説から受ける印象とは全く違ってエネルギッシュだったりしますし、面白いと思いますよ。

2009/3/16(月) 午前 0:58 大三元

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>内緒さん:実は漱石の作品はまだ半分以上読んでいないので、本書で見られた漱石の人生観が作品にどのような影響を与えているのか、時系列的に追っていこうと思っています。
実際、本書に収められた随筆、講演、書簡の類には時期によって全く違うテイストが感じられます。漱石も人生を生きる中で変わっていったのだなぁと、当たり前ですが再認識させられました。

2009/3/16(月) 午前 1:21 大三元

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TB、ありがとうございました。わ〜、思いっきり大三元さんのブログで↑「読んでみようっと」って言ってる(笑)。きっかけをいただき、ありがとうございました。なんだかまた、漱石祭りを再開したいような気分になっています。
私もTBさせてくださいね。

2009/6/5(金) 午前 10:09 mepo

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>mepoさん:漱石祭り再開のきっかけにしていただき、何よりです。私も漱石は積年の課題なのですが、今のところ1年1冊ペースですね(笑)。

2009/6/7(日) 午前 2:47 大三元

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