読書のあしあと

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書評157 夏目漱石

『三四郎』

(新潮文庫、1948年)

安吾に続いて、近代日本文学の巨頭漱石の代表作を読む。
今回は誰しも一度は読んだことがあろう名作、『三四郎』である。


【著者紹介】
なつめ・そうせき (1867─1916) 近代日本最大の作家。本名は金之助。
江戸牛込馬場下に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。帰国後、一高、東大で教鞭をとりつつ発表した『吾輩は猫である』が評判となり、翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。日本文学史に輝く数々の傑作を著したが、最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。
本ブログで取り上げた作品に書評81:『坊っちゃん』書評154:『漱石人生論集』がある。


【本書のあらすじ】
『それから』『門』と続く3部作の第1篇にあたる。大学生活を背景とする知的環境のうちに成長しゆく純潔なる一青年に、意識と反省を越えた世界では愛しながらも、意識と反省の世界では男をあなどりさげすむ聡明にして自由なる女性美禰子を配し、触れようとして触れ得ぬ思慕のたゆたいを描く。(「BOOK」データベースより)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】
柄谷行人の「解説」によれば、漱石は小説を「ストーリーと俳味」に区分し、自身の『草枕』を“俳味”に分類しているという。漱石の言う俳味とは何か。

私の『草枕』は、この世間普通にいふ小説とは全く反対の意味で書いたのである。唯一種の感じ──美しい感じが読者の頭に残りさへすればよい。それ以外に何も特別な目的があるのではない。さればこそ、プロットもなければ、事件の発展もない。(夏目漱石「余が『草枕』」、柄谷「解説」293─294項より孫引き)

漱石は、ここで当時すでに支配的であった“近代小説”に異議を唱えている。“小説=純文学”という19世紀的図式では、『猫』や書評81:『坊っちゃん』、さらにこの『三四郎』は括れないのである。

その意味では、この『三四郎』は『猫』『坊っちゃん』『草枕』に続く漱石最後の“俳味”小説かもしれない。『三四郎』と三部作を成すとされる『それから』『門』において、漱石は本格的に“近代小説”の道を歩み始めるのである。


よって、この書評でもストーリーを云々するのではなく、感じたことをそのまま書き残しておくのが漱石の意にも適うであろう。

その意味で言えば、この小説はあらゆる時代の学生の共感を呼ぶ青春小説だ、というのが私の実感だ。
初めての都会で電車を乗り違えてしまったり、大学のつまらない授業に失望したり、都会の洗練された女性に恋をしたり、高尚だがよくわからない学問の一端に触れたり、滅茶苦茶ばかりやっているけど憎めない友人ができたり…。

ここに挙げたのは、『三四郎』に見出した私にとっての学生生活である。当然学生生活の思い出は人それぞれなので、人によってこの作品に発見する「学生らしさ」は違うのだろう。


いずれにせよ、この小説は小難しく考えるよりも、人それぞれ色んなことを感じて読む作品のようだ。

皆さんは、この『三四郎』にどんな学生生活を見出しますか?

閉じる コメント(15)

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「三四郎は、最近蕎麦屋で酒を飲むことを憶えた」

これにつきるかもしれないです(笑)

2009/4/21(火) 午前 0:14 [ - ]

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故郷を後にして,単身上京するっていうところに憧れを感じます。かなうことなら今からでも,東京大学の合格発表のところから三四郎的な青春を生きてみたいです(笑)。

2009/4/21(火) 午前 7:29 NONAJUN

高校3年生のとき「受験勉強しなくちゃ」と思いつつ、ズルズルと読んでました(^^)
漱石の本はほとんどこの時期、まとめ読みです。
そして、ほとんど忘れてしまいました(^^)
大人になった今?もう一度読み返したいです。

2009/4/21(火) 午後 1:27 AKIKO

「迷える羊(ストレイ・シープ)」という言葉ばかりをよく覚えています。美禰子はちっとも共感できない女性ですが、男性はあの手の女性に弱いんじゃないかと。

2009/4/21(火) 午後 11:23 ぼやっと

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本当に青春小説ですよね、これは^^
都会に出て色々な友人やヘンな大人に出合って…ヘンテコな気持ちになる。100年前も今も大して変わらなくって笑っちゃいました♪
えーと、いまむしょうに水蜜桃が食べたいのですが(笑)

2009/4/25(土) 午前 10:34 ang*1jp

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>akihitoさん:私は大学を卒業してから「蕎麦屋+日本酒」を覚えてしまいました。
akihitoさんは早熟だったんですね(笑)。

2009/4/26(日) 午前 8:50 大三元

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>内緒さん:高校時代に漱石に傾倒されていたとあっては、それぞれの作品に相当の思い入れがおありではないかと察します。
解説の柄谷も書いていますが、『三四郎』は『坊っちゃん』とともに青春小説の古典ですね。

2009/4/26(日) 午前 8:54 大三元

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>NONAJUNさん:NONAJUNさんは「上京する」経験がおありではありませんか。私なんか生粋の田舎者ですから、都会で戸惑う感覚はすごくよくわかるんですよ。他方で関東の雰囲気を汲み取れていないかもしれません。三四郎の学生生活も、全体としてみれば普通の学生生活ですよね。

2009/4/26(日) 午前 8:57 大三元

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>AKIKOさん:漱石の作品は高校の教科書によく載っていますから、誰でも目にしたことはあるはずですが、大概一部しか掲載されておらず結局本で読むことになったりしますね(笑)。
今読まれたらまた印象も違うと思いますよ。

2009/4/26(日) 午前 8:59 大三元

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>ぼやっとさん:「ストレイ・シープ」というフレーズは、小気味よい味の『三四郎』には珍しく深刻な響きがあります。このあたりのテーマが続編の『それから』『門』あたりへ引継がれそうな気がしているのですが…。
しかし私は美禰子には全然惹かれません(笑)。

2009/4/26(日) 午前 9:02 大三元

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>あんごさん:大学生のときに読んだら気づかなかったかもしれませんが、今振り返ってみれば学生のときの悩みや戸惑いや出会いは多くの日本人が通るものなんでしょうね。これだけ多くの日本人が三四郎に自分を重ねるのですから。
そうそう、水蜜桃も学生に共通の“故郷の味”の象徴ですね。

2009/4/26(日) 午前 9:07 大三元

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おお〜、「三四郎」を読んだのですね!俗世の入り口に佇む学生ならではの悩みや喜びがあって、ど田舎者で都会に出てしまった私としては(笑)とても共感しました。
「「ストーリーと俳味」に区分している」という処は目から鱗でした。「草枕」を普通のストーリーとして読もうとすると、ちょっと退屈してしまいます。でも美しい。かっちりした小説を読み終わると、ただひたすら美しいっていう文章を読みたくなることに気づきます。そういう意味では川端康成「古都」もそんな感覚で読みました。「俳味」的な小説を楽しむには、ある程度年齢を重ねることが必要なのかもしれませんね。

2009/5/13(水) 午前 10:02 mepo

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>mepoさん:お久しぶりです〜。「『俳味』的な小説を楽しむには、ある程度年齢を重ねることが必要」というのはわかるような気がします。気が若いと、小説に大袈裟な意味とか教訓を求めてしまって(それこそ19世紀的な文学観ですね)、感性で小説を受け止めることができなかったように思います。私もそれができるようになったのは最近ですから、再読すべき作品はたくさんあるように思います。川端なんかはその典型例かもしれません。でも、もうちょっと歳を重ねないとだめかな。

2009/5/17(日) 午後 10:45 大三元

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ちなみに「美禰子」は個人的に大学のサークルにいたとあるいいとこのお嬢さんを思い出しておりました。そんなお嬢さんにかなりブレていた、赤っ恥な自分を思い出しました。

2010/3/22(月) 午後 9:06 [ グーピタ ]

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>グーピタさん:トラバありがとうございました。
そうなんですか、美禰子は私の周りにはいないタイプでした。やはり『三四郎』に見る学生生活は人それぞれですね。

2010/3/22(月) 午後 10:40 大三元

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