書評159 小野寺健編訳『20世紀イギリス短篇選』(岩波文庫、1987年)これまでイギリス文学は相当数書評してきたけれども、そのほとんどは長編かシェイクスピアだった。今回は、今まで知らなかった作家への入門という意味も含めてアンソロジーを手に取った。 編者が小野寺健というのも信頼できる。 【編者紹介】 おのでら・けん (1931年─) 日本大学文理学部教授、横浜市立大学名誉教授。専攻はイギリス文学。 東京大学文学部英文科卒、同大学院修士課程修了。 著書に『英国文壇史1890-1920』、『E.M.フォースターの姿勢』など、訳書にD.H.ロレンス『息子と恋人』、オーウェル『パリ・ロンドン放浪記』、ブルックナー『秋のホテル』などがある。 過去に本ブログで取り上げた著書に書評77:『イギリス的人生』、訳書に 書評49:オーウェル『オーウェル評論集』がある。 【目次】 航路の果て(ラドヤード・キップリング) 故郷への手紙(アーノルド・ベネット) ルイーズ(サマセット・モーム) 岩(E.M.フォースター) 上の部屋の男(P.C.ウドハウス) キュー植物園(ヴァージニア・ウルフ) 痛ましい事件(ジェイムズ・ジョイス) 指ぬき(D.H.ロレンス) 脱走(ジョイス・ケアリー) ジョコンダの微笑(オルダス・ハックスリー) 幽鬼の恋人(エリザベス・ボウエン) 単純な生活(H.E.ベイツ) 【本書の内容】 短篇小説の面白さは人生のある局面を鋭く鮮やかに切りとって見せる、その技の冴えにあるといってよい。そういう実作にこと欠かぬ現代イギリスの傑作短篇から23篇を選りぬいておとどけする。上巻に収めたのはフォースター、ウルフ、ジョイス、ロレンスなど12人の代表作。どの1篇にも短篇の妙味をたっぷり味わうことができる。(全2冊) お薦め度:★★★☆☆ 【本書の感想】 <全体の感想> 19世紀末〜第二次大戦前までに活躍したイギリス作家の短篇を17篇収録しており、戦後の作品を収めた下巻は16篇を収める。 本書に収められた短篇にはそれほどの共通点はないし、いかにもイギリス的な小説を読みたいのなら書評54:『日の名残り』などの長篇をお薦めするが、アンソロジーの利点はやはりたくさんの作家をつまみ食いできるところにある。 ということで、以下ではレヴューでつまみ食いできるようにいくつかの短篇の感想をちょこちょこ。 ラドヤード・キップリング「船路の果て」 植民地インドを舞台に4人のイギリス人を描く。インドでの過酷な生活、現地人とのディスコミュニケーションなど、支配者側であるはずのイギリス人が抱く悩みは大英帝国の黄昏を象徴している。 扱われるテーマはE.M.フォースター、ジョージ・オーウェルら同時代のイギリス文学の旗手にも共通することから、肥大化した大英帝国のひずみが如何に切実であったかが感じられる。 サマセット・モーム「ルイーズ」 傑作短篇書評125:「雨」の著者、モームの小品。 幼少の頃の病気がもとで新蔵が弱くなったというルイーズ。そのか弱さ故に、周りの者は彼女に懸命に尽くしており、夫は遂に彼女を労わるあまり自分が命を落としてしまう。 しかし果たしてルイーズの病弱さは本当だったのだろうか、それとも演技だったのか。それが明かされないところはあの「雨」と同じだ。 P.G.ウドハウス「上の部屋の男」 これは面白い! ウドハウスは日本ではほとんど無名だが、イギリスでは広く読まれている作家だとのこと。 実際、ストーリーテラーとしての実力は素晴らしい。単純だがどんどん引き込まれ、最後に読者をあっと言わせるあらすじは、どこかO.ヘンリー「賢者の贈り物」を髣髴とさせる。日本でももっと読まれてもいい作家であろう。 ヴァージニア・ウルフ「キュー植物園」 編者小野寺健の著書『イギリス的人生』では、ヴァージニア・ウルフは「イギリスの陰鬱な天気らしからぬ、地中海的な光が魅力」と表現されていた。 わかったようなわからないような気がしていたが、この掌篇を読んでみて納得。独特の官能的な世界観と淡い描写は、ハマるとクセになりそうな気がする。イギリス文学の伝統の中では明らかに異端だと思うが、そんなウルフの作品が長く読み継がれているところがイギリスの懐の深さだろうか。 D.H.ロレンス「指ぬき」 ぴりぴりとした緊張感が漲る一篇。ロレンスは『チャタレイ夫人の恋人』が有名だが、ロレンスが人間関係を真剣に追究し、人と人との結びつきを如何に深刻に考えていたかがうかがわれる。一気呵成に読ませてしまう迫力はさすがのもの。 オルダス・ハクスリー「ジョコンダの微笑」
『すばらしい新世界』で知られるハックスリー。この短篇でもそのシニシズムは充分発揮されており、どこか冷笑的な筆致は現代で言えば書評137:『アムステルダム』などに継承されていると言えるかもしれない。 『すばらしい新世界』は未読なので、こちらも読んでみたい。 |
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若い頃、といっても私にとってはついこないだ(笑)
'70年代初めごろ、M・ドラブルの本をよく読みました。
「碾臼」は小野寺さんの翻訳ではなかったかしら?
彼女の名前、あまり聞きませんネエ・・・。「夏の鳥かご」も
面白く読んだ覚えがありますが。
2009/5/6(水) 午前 10:15 [ pilopilo3658 ]
>あおちゃんさん:マーガレット・ドラブルをご存知ですか!ドラブルの作品は小野寺健の本で紹介されているのを読んでからずっと探しているのですが、どうも見つからないのです。ドラブルも良質なイギリス文学匂いがするので読んでみたいんですよね。
2009/5/6(水) 午後 8:50
”碾臼”は映画にもなりましたよ。あまり成功作とはいえませんでしたが。
ビートルズの居た時代の英国の若いインテリ層の雰囲気が活写されてます。知識と精神と肉体のアンバランスぶりが窺えます。図書館にもないんでしょうか?
2009/5/6(水) 午後 9:43 [ pilopilo3658 ]
>あおちゃんさん:残念ながら私の街の図書館は驚くほど貧相でして、ベストセラー的なものしか置いていないのです。街の文化力はこういうところに見えてしまいますよね〜。古本で探してみます。
2009/5/10(日) 午後 11:11
「指ぬき」がとても面白そう!!
あとモームの「ルイーズ」も!!(←これはイヤーな読み応えがありそうな気が♪)
とても面白そうな本のご紹介ありがとうございます!自分だとまず手にとらない分野の扉を開いてくれる大三元さんのレビューに感謝☆
2009/5/12(火) 午後 11:58
>あんごさん:「指ぬき」は『チャタレイ夫人の恋人』の著者として若干偏見の目で見ていた自分を恥ずかしく思うほどの秀作でした。緊張感で身体がキリキリと締め上げられるような感覚に襲われます。
「ルイーズ」もモームらしい短篇で面白かったです。最初は入りにくいけど結果的にあっという間に読み終わってしまうあらすじなんか「雨」にそっくりです。イギリスの短篇には名作が多いですね。
2009/5/17(日) 午後 11:15
始めまして・・・
今私もこの文庫本を読んでいます。
昨日は「ルイーズ」を読んで良かったので
早速読み返しました。
こういう女性もいるのですね・・・
又寄らせていただきます(^^)
2010/4/30(金) 午前 10:38 [ 名無しの権兵衛 ]
>リッチーさん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございました。
「ルイーズ」は日本ではあまり知られていませんが、傑作ですよね。
日本人には書けない短篇だと思います。
よろしければまたお立ち寄り下さい。
2010/5/1(土) 午前 7:16
おはようございます。
昨日はウドハウス「上の部屋の男」を
読みました。
お勧めの如く、とても面白いお話ですね。
最後のシーンが微笑ましい・・・
物語自体は少々出来すぎですが・・・(笑)
オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」にも
似ていますね。
2010/5/2(日) 午前 7:49 [ 名無しの権兵衛 ]
度々お邪魔します。
上の記事では触れられていませんでしたが
ジョイスの「痛ましい記事」が秀逸です。
全体的に暗い話が多いこのアンソロジーの中でも
特に印象に残りました。
2010/5/2(日) 午後 9:36 [ 名無しの権兵衛 ]
>リッチーさん:ウドハウスは面白いですよね!ウドハウスはこの短篇集で最大の収穫だったかもしれません。出来すぎかな、という印象もありますが、個人的にはそこまで違和感なく読めました。これをきっかけに『P.G.ウッドハウス選集』を買ってしまいました(笑)。
2010/5/2(日) 午後 9:39
>リッチーさん:たくさんのコメントありがとうございます。
ジョイスの短篇は、いずれジョイスの短篇集で取り上げる機会があるかと思い、残しておきました。どこかで再読できればいいのですが…。
他にも、ジョイス・ケアリー「脱走」なんかも記憶に残っています。
2010/5/2(日) 午後 9:47
おはようございます。
「お気に入り」登録させて頂きました。
自分にあった作品はついつい感情移入させてしまいます。
自分の実体験にまで昇華できる作品に出会ったときは
喜びですね。
今後とも宜しくお願い致します。
2010/5/3(月) 午前 5:44 [ 名無しの権兵衛 ]
>リッチーさん:ファン登録ありがとうございました!古典的な海外文学であっても現代の日本人が共感できるってことは、結局人間て変わらない部分が必ずあるんでしょうねぇ。
今後とも色々教えて下さい。よろしくお願いします。
2010/5/3(月) 午前 5:58