書評163 原武史『大正天皇』(朝日選書、2000年)昨年刊行した『昭和天皇』(岩波新書)で話題をさらった原武史の出世作。鉄道マニアでもあり、学者としては例外的に一般にも人気があるようだ。『昭和天皇』への助走として、今回はまず『大正天皇』を読むことにした。 ちなみにノンフィクション傑作・名作セレクション 100冊×10人で佐藤優も薦めていた。 【著者紹介】 はら・たけし (1962年─) 明治学院大学国際学部付属研究所所長。専攻は日本政治思想史。 1992年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程中退。日本経済新聞社記者、国立国会図書館職員、山梨学院大学法学部助教授などを経て現職。 1998年『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』(講談社選書メチエ)でサントリー学芸賞、2001年本書で毎日出版文化賞、2008年『滝山コミューン1974』(講談社)で講談社ノンフィクション賞、『昭和天皇』(岩波新書)で司馬遼太郎賞を受賞。 【目次】 序章 悲劇の天皇 第2章 結婚まで 第3章 はつらつと全国を回る 第4章 天皇に代わって全国を回る 第5章 巡啓スタイルを確立する 第6章 天皇になる 終章 「昭和」の幕開け 【本書の内容】 側室の子どもに生まれ愛情を受けず病気を繰り返した幼少期、全国を回った皇太子時代、明治天皇の重圧と闘いながら病状を悪化させていった天皇時代…。明治と昭和の狭間に埋もれた悲劇の天皇像を明らかにする。(カバー紹介より) お薦め度:★★★☆☆ 【本書の感想】 <全体の感想> 大正天皇は、栄光の明治と偉大な昭和に挟まれて、これまであまり顧みられることがなかった。本書は初めての大正天皇個人の学術的な評伝であり、各界で評価されたのも納得できる。 ただし研究書としては、やや推測が入り混じっている点や、叙述の半分を占める行啓の記述が冗長過ぎる点などは賛否が分かれるところだろう。Amazonのカスタマーレヴューなどを見ると、そこに批判が集中しているようだ。 しかし大正天皇という面白い研究対象を、読み易い著作にまとめてみせた成果はやはり大きい。何と言っても、大正天皇の人間としての苦悩が垣間見られる点は特筆に価する。 <はつらつとした皇太子時代> 本書の描く大正天皇像は、昭和天皇が珍しく実父について言及した次のような発言に尽きるであろう。 先帝の事を申すは如何なれども、其皇太子時代は究めて快活にあらせられ、伯母様の処へも極めて身軽に行啓あらせられしに、天皇即位後は万事御窮屈にあらせられ、元来御弱き御体質なりし為め、遂に御病気と為らせられたる、誠に畏れ多きことなり。(289項) 昭和天皇が回想するように、大正天皇は幼少期こそ病弱だったが、皇太子時代は行啓ではつらつと全国を回った。 本書は嘉仁皇太子が楽しみにしていた行啓の様子を仔細に跡付ける。そこでは率直に感情を表し、奔放で自由を愛した皇太子の姿が浮き彫りにされる。地方行啓で地元の人々に気さくに声をかけ、思ったことを何でも口にする皇太子には当時のマスメディアも驚くほどであり、明治天皇や一部の側近はその態度・性格を「君主に相応しくない」として快く思っていなかったという。 そんな嘉仁皇太子の成長を、原武史は以下のように評価している。 皇太子は病弱のために学業の発達が遅れたが、それは決して人間としての感情までが未熟であったことを意味しなかった。……かえって明治天皇のように教育によって性格を矯正されなかったからこそ、二十歳を過ぎてもなお、純粋な感情をそのまま発露させることができたともいえる。(59項) さらに有栖川宮という最良の理解者を得たことで、嘉仁皇太子の身体はみるみるうちに回復し、幼少期の病弱なイメージは見る影もなくなっていった。 <「押し込められた」天皇> ところが明治天皇の崩御により天皇に即位してからは、自分の意が通らない環境に戸惑うことが多く、徐々に体調を崩していくことになる。 最大の原因は、皇太子時代の有栖川宮のような心を許せる話し相手の不在だった。皇太子時代の元気な姿を知る内大臣出身の原敬や、弁舌巧みな大隈重信らが政権を担当している時期はよかったが、山縣有朋や山本権兵衛など軍関係者や官僚出身の権威主義者たちとはそりが合わなかった。 自由な行動が制限され、専ら形式的な儀式が務めとされた天皇は、失意のうちに脳を患ったのではないかと著者は推測している。 病状が進み実務もままならない状況が続くと、宮中側近は近代天皇制の存続自体を危惧し出した。“弱い”イメージが広まりつつあった大正天皇に換えて、嫡男である裕仁皇太子を“強い”明治天皇の再来として前面に押し出す動きが活発化し始めた。 それを陰に陽にリードしたのは牧野伸顕であった。牧野は大正天皇の病状を徐々にマスコミに流しつつ、“強い”昭和の到来を準備した。 晩年の大正天皇は言語不明瞭な状況が続いたため、天皇自身の意思を確かめる術はないが、著者は大正天皇が裕仁皇太子の摂政就任を一度は拒んだように見えた事実を指摘し、こう述べる。 天皇は自らの意思に反して、牧野をはじめとする宮内官僚によって強制的に「押し込め」られたというのが私見である。(251項) 著者の見解がどこまで妥当かは措くにせよ、宮内省としては近代天皇制の権威の失墜を最大限回避しなければならなかったことは当然であろう。事実、昭和の幕開けは牧野の思惑通り偉大な明治の再来として受け止められた。彼らの意図は実現したのである。 <おわりに> 大正天皇の生涯を俯瞰するとき、彼にとって天皇という立場は何と悲運であったかと思わざるをえない。 人間味溢れる大正天皇は、立場を違えて生まれれば愛すべき人間として見られたかもしれない。しかし近代天皇制にとって、彼はあまりにも人間的過ぎたのであった。 その他にも本書には考えさせられる素材が多い。 本書の半分以上を占める行啓の記述は、鉄道というネットワークがいかに日本の近代化に貢献したかを感じさせてくれるし、御神影や行啓、祭りといったものを通して近代天皇制の形成過程も垣間見ることができる。 評伝スタイルで読み易いため、近代日本史入門としても面白いかもしれない。
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書評 近代日本
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私のところで紹介した「歴代天皇のカルテ」の大正天皇のくだりで、原氏の本からということで、詔書を丸めて遠眼鏡のように議会の場内を見回したという「遠眼鏡事件」(私は祖父から聞いた記憶)について書かれてありました。それと、側室制度を廃し一夫一妻制度を採った旨について書かれていました。もちろん、大正天皇の持病と死因等についても書かれていましたが。とても好意的な記載でした。
2009/6/18(木) 午前 0:41
こんにちは。
天皇に関して http://blog.goo.ne.jp/fugimi63119 こちらのサイトのブログ内検索にて「天皇」と入力してみて下さい。
天皇とは、旧くから日本列島に住んでいた先住民を追い出して権力を握っていった、支配層の末裔であることを、日本人は知るべきだと思います。
2009/6/20(土) 午前 9:29 [ 作務 ]
>genteelさん:本書でも「遠眼鏡事件」は大正天皇の精神が「異常だと世間的に思われていた」証左として取り上げられています。しかし本書を読むと、お茶目な大正天皇なら普通にそんなことをしたかもしれない、とも思わされます。
2009/6/20(土) 午後 11:10
>作務さん:コメントありがとうございました。
2009/6/20(土) 午後 11:10
>内緒さん:大正天皇の時代は、近代天皇制が「視覚的支配」を強めていく過程で、マスメディアが一役買い始める時期でした。恒例となった行啓はその典型で、嘉仁皇太子時代の行啓では気さくに話しかけられた人が感涙した様子が新聞で大々的に報道されています。
とても読みやすい著作なので、機会があれば是非手にとってみて下さいね。
2009/6/21(日) 午後 3:13
近代日本史入門としても面白いということで、とても興味が湧きました。大正天皇は、病弱で15年しか在位しなかった…ぐらいの知識しかないので(笑)、はつらつとした皇太子時代、近代天皇制への苦悩など、人としての大正天皇が垣間見られるようで面白そうですね。次は「昭和天皇」ですか?記事を楽しみにしています。
2009/6/23(火) 午後 0:30
>mepoさん:そうなんです、大正天皇は「病弱で15年しか在位しなかった」程度のイメージで終わってしまうのが現代日本人の感覚ですよね。実際私もそうでした。
ところが本書によれば、それこそ牧野伸顕ら内務官僚の策略でした。その後も彼らの思い通り、歴史は“強い”昭和へとスムーズに以降することになるのです。
2009/6/23(火) 午後 10:49
だいぶむかし大正天皇が謎だったので文献を探しましたが見当たらずあきらめていましたが、この本はよさそうですね。
近々読んでみます。
2009/6/30(火) 午前 11:16
>CAVEさん:これはいい本ですよ。行啓の記述はややマニアックな感じもありますが、内容からすればそれもご愛嬌でしょう。天皇制研究としても大正天皇個人の研究としても面白いと思います。読み易いですし、機会があれば読まれることをお薦めします。
2009/7/4(土) 午後 3:06
凄い国でごわす
こんな人間が本をだせるのだから
このゴミみたいなアメリカ奴隷に天皇陛下を語る資格はなかでごわす
薩長土肥すべての志士が地下で泣いてもっそ
2009/7/24(金) 午前 2:17 [ 憂国 ]
>憂国さん:初めまして、コメントありがとうございました。
2009/7/26(日) 午前 9:05