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今回は明治六年政変から西南戦争までを描いた『翔ぶが如く』。 明治国家の建国者たちの苦悩を見てみたい。 本日は明治六年政変によって西郷が下野するまでの感想を述べることにする。 【著者紹介】 しば・りょうたろう (1923─1996年) 作家。 大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年『梟の城』で直木賞を受賞し、以後歴史小説を一新する話題作を続々と発表。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめる。『国盗り物語』『竜馬がゆく』で菊池寛賞、『世に棲む日日』で吉川英治文学賞など受賞多数。 本ブログで取り上げた作品に書評106:『燃えよ剣』、『竜馬がゆく』(その1/その2/その3/その4/その5)がある。 【本書のあらすじ】 明治維新とともに出発した新しい政府は、内外に深刻な問題を抱え絶えず分裂の危機を孕んでいた。明治六年、長い間くすぶり続けていた不満が爆発した。西郷隆盛が主唱した「征韓論」は、国の存亡を賭けた抗争にまで沸騰してゆく。征韓論から、西南戦争の結末まで新生日本を根底からゆさぶった、激動の時代を描く長篇小説全十冊。(文春文庫版第一巻カバーより) 【本書の感想】 <全体の感想> 明治維新を完成させた日本は、なお激動の時代にあった。維新の元勲たちは山積する問題の処理に追われる一方で、新国家のビジョンを確固としたものにするために岩倉使節団を派遣した。 その留守政府を預かった西郷隆盛を主唱者とする征韓論の問題から、本作品は始まる。 今回は、岩倉使節団の帰国から征韓論の敗北、明治六年政変までの感想を述べる。 <日本政治史上稀な「政策論争」> 広く知られているように、岩倉使節団の派遣によって岩倉具視、大久保利通、伊藤博文ら政府の要人が欧米の視察に出掛けた。 その間の政局を預かったのがいわゆる「留守政府組」と呼ばれる西郷隆盛、江藤新平、副島種臣らであった。使節団が帰ってこないうちに、留守組がまず西郷を韓国へ派遣して開国を要求し、受け入れられない場合は力ずくで開国させるという征韓論を主張したのが事の始まりである。帰国組は留守組と真っ向から対立し、征韓論を阻止された留守組は下野することになった。これが明治六年政変である。 当然、大久保も西郷も互いに対立を避けたかったに違いない。二人は幕末からともに革命を遂行してきた一心同体の同志であり、言葉を交わさずとも互いを理解できる無二の親友でもあった。しかし、この両雄の仲を別ったのは新生明治国家の方向性であった。政策論争が堂々と行われ、政局でも権力欲でもなく純粋に政策が焦点として争われたのは、日本政治史上稀にみる事件だった、と司馬は評価している。 なぜ二人は妥協できなかったのか。現実的に考えれば、大久保らが正しかったことは疑いようがない。国家建設のための財政面から見ても戦争などできるはずもなく、外交面でも征韓論の大義は何もなかった。 とすれば、なぜ西郷はあれほど征韓論にこだわったのか、に疑問は集まることになる。 <征韓論とは何だったのか> 西郷の征韓論について、彼自身の言葉で語られた文献が少ないために正確には知ることができない。司馬は本作を通じて、その根拠を大きく二つ推定している。 一つは士族階級の救済と、それによる国家原理の確立である。雄藩の志士たちが明治維新の原動力となったことは言うまでもないが、その結果成立した新政府はあろうことか「四民平等」を建前とし士族階級の俸禄を召し上げた。このままでは落ちるばかりの彼らの士気を、西郷は征韓という新たな戦争によって鼓舞したかった。西郷にとって、武士の活気こそ国家原理そのものだったのである。 西郷は国家の基盤は財政でも軍事力でもなく、民族が持つ颯爽とした士魂にありとおもっていた。……しかしながら出来上がった新国家は、立身出世主義の官員と、利権と投機だけに目の色を変えている新興資本家を骨格とし、そして国民なるものが成立したものの、精神の面でいえば愧ずべき土百姓や素町人にすぎず、新国家はかれらに対し陶冶を行おうとしない。(第3巻、17─18項) いま一つは、勝海舟から譲り受けた東アジア三国同盟論である。勝は「明治維新に刺激されて必ず韓国で大内乱が起こる」とし、その後韓国に西郷隆盛のごとき者が出てくるであろうからそれと手を結び、清とともに列強──ことにロシア──を駆逐すべし、と考えていた。西郷はその「韓国の内乱」を外圧によって無理やり引き起こそうというのである。しかもそれは維新の荒波を踏破してきた西郷において、戊辰戦争の際に出羽庄内藩を降伏させ維新に参加せしめた経験から何の違和感もなかったというのだから驚かされる(第1巻、186─187項)。 もっとも、これらは多分に司馬の推測に頼った面もあり、西郷の真の意図はわかっていない。 ここらへんを歴史家たちがどう捉えているのか興味がある。 <西郷の苦悩と分裂> 士族の不満が最初の波として表面化したのは、明治六年政変から2年前の廃藩置県の時である。それもそのはず、維新の最大のエンジンであった士族の身分を取り上げ、その拠って立つ藩を廃止するというのである。彼らの不満を抑えたのは、意外にも士族の代表者と見なされていた西郷隆盛であった。 西郷は、明治維新をやった以上、いずれ藩の否定に進展することを自覚し、それが藩と士族への裏切りになることも知っていた。しかし彼は、内心傷だらけになりながら廃藩置県による士族の不満を抑えることを決意する。 「もし各藩から異議が起こりましたならば、拙者が兵をひきいて打ち潰します。……衆恨は拙者一身に集まるでしょう」(第4巻、183項) 西郷は自ら薩長土三藩の士族(主に薩兵であったが)を募って近衛軍とし、全国の不平士族に睨みをきかせることになった。 西郷の立場は矛盾していた。士族の代弁者が士族を以って士族を抑えるという、この奇妙な事態に、西郷自身溢れるような憤りを感じたに違いない。 その解消のためには、征韓論を打つしかなかったのかもしれない。ところが、盟友であったはずの大久保は西郷の身を裂かれるような苦悩を理解しなかった。西郷は下野する以外になかったであろう。 西郷は、征韓論が敗れたことでもはや士族の時代ではないことを悟り、ひっそりと薩摩へ帰ったのであった。 このように、西郷の士族に対する想いにはアンビヴァレントなものがあり、維新後の西郷はそれを全身で背負い、引き裂かれていった感がある。士族の方も西郷に期待し、かつ神聖視したため、世間の西郷像が現実から乖離し、「西郷」という固有名詞が次第に一つの思想的存在になっていった。 やがて西郷は、士族らが観念的に膨らまし肥大化した「西郷像」に身を委ねるようにして西南戦争に突入することになる。
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ついに「翔ぶが如く」の感想ですね!お待ちしておりました。もう全部読み終えたのでしょうか?(私は8巻途中で中断してます。汗)
実際のところ、西郷はなぜあれほどまでに征韓論にこだわったのか、司馬氏も小説の中で雲をつかむような感じをもったまま書いてますね。歴史家の解釈が私も気になります。大三元さん、よろしく(←?)。
小説とはいえ、西郷と大久保の廟義での政策論争は、息を飲みました。核弾頭どうしのぶつかり合いって感じで。
あ、↑もう西南戦争に入ってますね!早く続きを読まなくては!
2009/8/25(火) 午後 10:56
>mepoさん:お、私も今ちょうど第8巻なので、やっと追いついたくらいですね。『竜馬』を読んだ時も思ったのですが、司馬の長篇作品は重複が多くて、論文調に慣れた私にとっては逆に読みづらい感があります。なかなか前に進みませんね。あまり司馬の良き読者ではないのかもしれません(笑)。
明治六年政変については幸いなことに研究がわりと豊富なので、この作品を通読してからゆっくり研究を追ってみようと思っています。
2009/8/26(水) 午後 11:41
私も今年の春に読破しましたが、仰る通り前に進まず苦労しました。
後半になると小説と言うより、もはや司馬さんなりに解釈された
明治維新と士族反乱論みたいな感じですよね。
この小説を読んで、大久保利通に興味を持ちました。
2009/8/27(木) 午前 0:11 [ ぬいぴぃ ]
>ぬいぴいさん:やはりそうですか、読みにくいのが私だけではなくて安心しました(笑)。
大久保については以前から興味を持っていて、清沢洌の名著『外政家としての大久保利通』などを読んだ時は感動してしまったほどです。この作品では台湾出兵を「大久保のような現実主義者がなぜこんな非合理的な出兵を思いついたのか」という書かれ方をされていますが、清沢著ではそれを果断な外交政策として評価されています。『翔ぶが如く』を通読した後で大久保自身についても色々と考えていきたいと思っています。
2009/8/28(金) 午前 2:13
TBありがとうございました。さっそく飛んで参りました。大三元さんの理知的な記事を拝読して、もやもやしていた部分がだいぶはっきりしてきました^^「政局でも権力欲でもなく純粋に政策が焦点として争われたのは、日本政治史上稀にみる事件だった」←引用されている部分、とても感銘を受けました!この点に焦点を絞って注意して読んでみたい…。
ちなみに大三元さん、この記事を書くのにどれくらい時間がかかるものなんですか?(小一時間とか言われたらへこみそうですが^^;)個人的にとても知りたいです。
2011/6/7(火) 午前 7:06
こちらからもぜひTBさせてくださいね^^
2011/6/7(火) 午前 7:06
>あんごさん:『翔ぶが如く』は長丁場だし読むのがしんどいので、適度に息抜きすることをお勧めします。征韓論が日本史上稀にみる政策論争であったこと、しかも西郷がなぜ征韓論を強硬に主張したのか、興味深いですね。この作品以降何冊か関連本を読みましたが、なかなか納得いく説明は見つかりません。
2011/6/12(日) 午後 10:44
cont. 私は書評を書くとき、原稿をワードに保存してちょびちょび書いているので、正確には何時間かわかりませんが、一本につき最低でも2〜3時間はかけているのではないでしょうか。
本によってはもっと、特にこの長篇の場合相当な時間をかけたように思います。
2011/6/12(日) 午後 10:46