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【著者紹介】 しば・りょうたろう (1923─1996年) 作家。 大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年『梟の城』で直木賞を受賞し、以後歴史小説を一新する話題作を続々と発表。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめる。『国盗り物語』『竜馬がゆく』で菊池寛賞、『世に棲む日日』で吉川英治文学賞など受賞多数。 本ブログで取り上げた作品に書評106:『燃えよ剣』、『竜馬がゆく』(その1/その2/その3/その4/その5)がある。 【本書のあらすじ】 薩軍は各地を転戦の末、鹿児島へ帰った。城山に篭る薩兵は三百余人。包囲する七万の政府軍は九月二十四日早朝、総攻撃を開始する。西郷隆盛に続き、桐野利秋、村田新八、別府晋介ら薩軍幹部はそれぞれの生を閉じた。反乱士族を鎮圧した大久保利通もまた翌年、凶刃に斃れ、激動の時代は終熄したのだった。(文庫版第10巻カバーより) 【本書の感想】 <沈黙する西郷の失敗> 西郷はなぜ西南戦争に身を投げたのか。維新期を通じて深謀な政略家であった西郷が、何の計算も戦略もなく不満分子の爆発に乗ったことは、にわかには信じがたい。 書評その1でも触れたように、自分が実行した廃藩置県によって俸禄を召し上げた不平士族への、巨大な同情を感じていたことは確かであるが、司馬はもうひとつ、西郷の自暴自棄癖を指摘している。 西郷が、私学校の幹部たちに自分の決意を告げたことばというのは、「そいじゃ、俺の体をあげまっしょう」ということだったという。……西郷は、状況を判断する場合、事が自分一個の身の振り方になってくるとどうやら思考が停止してしまうらしい。政略も戦略も考えず、要するに身をかばうことを一切しなかった。(第7巻、221―222項) 幕末の盟友・大久保利通がしばしば嘆いたように、西郷には事態が行き詰ると全てを捨てて隠遁してしまう性癖があった。この時も西郷は「俺の体をあげまっしょう」と言ったが最後、西南戦争の全期を通じて一度も指揮を執らず作戦にも口を出さなかった。 それにしても、西郷が何の戦略も政略もなく、事を桐野利秋に一任したかのようになってしまったことは、総帥としては失敗だったと評価せざるを得ない。 司馬はここまでくると、桐野を豪快な怪傑としつつも「単なるテロリスト」呼ばわりしている。つまり桐野は知略を軽蔑し単線的に突撃することを潔しとする、絵に描いたような薩摩隼人であり、このような男に西郷が全軍の指揮を任せたことが薩軍の運命を決した。村田新八や永山弥一郎、野村忍介らの冷静な建策が受け入れられる余地はなかった。司馬によれば、西郷は知略とバランス感覚を備えた村田や永山よりも、桐野や辺見十郎太といった侠気と勇気の塊のような男を愛したのである。 かくして薩軍は、圧倒的な強さと士気を誇りながらも、非効率なまでの消耗戦を演じてしまうことになった。 司馬の筆は、西南戦争における薩軍が比類なく勇猛であったこと、一方で戦略がなく戦術のみで戦ったために無残にも散っていく様を執拗に描いている。 <おわりに――虚像について> この長い作品を締めるに当たって、司馬はこう結んでいる。 この作品では、最初から最後まで、西郷自身も気づいていた西郷という虚像が歩いている。(第10巻、304項) 維新後、西郷は自ら進んで虚像となった。自分はもう無用になったことを自覚していた。しかし、その虚像を放っておかない巨大な気分が当時の日本にあった。要するに桐野らが西郷の人望を利用したのである。 作中で司馬が繰り返し嘆くように、維新後の西郷は幕末の輝ける魅力をみるみるうちに失っていった。
その果てに虚像しか残らなかったこの英傑は、結局何者だったのか。 あるいは、司馬自身も掴みどころがない思いにとりつかれたのではないか。長大な歴史絵巻を読み終えてなお、私はわからないのである。 |
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うわ〜、最終書評が出てしまった!(笑)タイムリーなことに、「翔ぶが如く」昨日からまた8巻途中から読み始めました(鹿児島旅行に行くので)。読み終わったら、また来ますから!
2009/11/8(日) 午後 10:07
こんばんは。
「竜馬が行く」で西郷隆盛がすごく魅力的に描かれていたので、次は「飛ぶが如く」も読んでみたいなーと思っていたところです。
司馬さんの本をまだあまり読んでいないので僭越ですが、自暴自棄癖のようなところが、一個人の利害を超えて、周囲の人間から人徳を集める秘訣でもある、というような考え方が、司馬さん自身にあるのかもしれませんね。竜馬もそういう風に描かれていたところがあるような気がします。
でもそれをつきつめてしまうと、そういう人徳のある人間だけが歴史を動かせるのだけれど、結局最後には、その人の意志とは関係無い方向に向かわざるをえなくなってしまう・・・という避けがたい矛盾にぶつかってしまいます。
司馬さんが西郷隆盛を竜馬と比べてどういう風に捕らえていたのか・・・やっぱり「飛ぶが如く」読みたくなってきました(笑)
2009/11/8(日) 午後 10:17 [ るみ ]
西郷隆盛は、維新前と維新後では、ほとんど別人の観があります。
あるいは、本質は自分で動く人ではなかったという事でしょうか。
維新前にそばにいたのが大久保で維新後は桐野だったと言うことなのでしょうかね。
リモコンを持つ人次第で悪にも善にもなる鉄人28号みたいな。
古い例えで申し訳ない(笑)
2009/11/10(火) 午前 11:15
お久しぶり。
私も司馬の見かたが正しいと思います。
江藤淳の言う、「負けるのを承知でやった」というのはちょっとね。
2009/11/11(水) 午前 6:38 [ nagata ]
>mepoさん:そうなんですか、8巻まで行ってしまえば後は一気呵成に読めますね。鹿児島旅行と同じタイミングで読めるなんてうらやましいです。旅行と読書って意外といいコンビなんですよね。お帰りになったら是非ご感想をお聞かせください。
2009/11/14(土) 午後 4:47
>るみさん:この作品では、巻を追う毎に西郷の魅力が失われていくのがわかります。あるいは、西郷を活かせるような時代ではなくなっていったということなのでしょうか。
司馬自身の人物の好みでいえば、おっしゃるような「無私」ということがまず第一条件にあるでしょうね。それが「自暴自棄」までいくと極端なような気がしますが、私心のない爽やかさは、竜馬にせよオゴタイにせよ司馬が愛する人物の必須条件でありました。
しかしこの作品、司馬の長篇の中でも特に重複が多く読むのが辛いです。読まれる際はお覚悟を(笑)。
2009/11/14(土) 午後 4:52
>オブ兵部さん:「維新前にそばにいたのが大久保で維新後は桐野だった」、言われてみればまさにそういうことだったのかもしれませんね。しかし、その鉄人28号が愛したのは桐野のような薩摩隼人だったのでしょうから、それも含めて西郷自身が選んだ結果なのかもしれません。
しかし、よくわからない人ですね、西郷って。
2009/11/14(土) 午後 5:02
>龍作さん:江藤淳はそんなことを言ってるのですか。初めて知りました。しかし西南戦争中、西郷が何を思っていたかは未だに謎ですね。西郷は薩摩隼人の単線的思考による戦略・戦術をどこまで信用していたのでしょう。
2009/11/14(土) 午後 5:04
再来年くらいには読みたいなーと思っております^^噂に聞く司馬先生の西郷嫌いにちょっと引いていましたが、やっぱりキチンと読んでみなくちゃ始まりませんものね^^
2009/11/15(日) 午後 9:29
>あんごさん:もちろん司馬の描く西郷が全てではありませんので、私も今後、自分なりの西郷像をつくっていきたいと考えています。こういうカリスマ性に富んだ人物こそ、周囲の見方が全然違うものですからね。
2009/11/16(月) 午後 8:40
やっと読み終えました。長かった…(笑)。
歴史に「もし」はないってわかっていますが、最後に思ったことは、西南戦争って、そこまで長引かせてやらなきゃいけない戦争だったのかな…?という疑問でした(←身も蓋もない)。西郷一人の決断で、救える命はたくさんあったのではなかったのかな〜と。どんな戦争にも言えることですかね、これは。竜馬とか土方って、ものすごいエネルギッシュに書かれてあるから、つい引き込まれて読んじゃうって感じでしたけど、「翔ぶが如く」はなかなか苦しかったですね(笑)。
ちょっと脈絡ない文章ですが、TBさせていただきます♪
2009/11/20(金) 午後 5:18
>mepoさん:トラバありがとうございます。お疲れ様でした、さすがに長かったですね(笑)。
そもそも戦争なんて結局お互いのためになりませんから、やらない方が双方得なわけです。しかし西郷という「虚像」があって、それを利用する桐野らがいて、そういう薩摩をさらに利用した川路がいた。戦争の発端なんてそんなものでしょうね。始まってしまった以上、担がれた西郷は身を委ねるより他になかったのだと思います。
それはそうと、私は「この作品がこんなに長い必要があるのか…」と思ってしまいました(笑)。
2009/11/22(日) 午後 9:00
TBありがとうございました^^長い作品でしたね。ようやく大三元さんの記事がじっくり読めます^^
最後まで読んで大三元さんのおっしゃる「わからなさ」がわかったような気がします。(←あれ?日本語が変?)キャラクターの魅力でぐんぐんひっぱる作品と違って、さまざまな思惑のいきかう群像劇だったので読みづらくはありましたが、とても面白かったです。民権運動についてもいろいろ調べたくなってしまいました〜^^こちらかもぜひTBさせて下さいね。
2011/7/26(火) 午後 3:12
>あんごさん:トラバありがとうございました。遂に読了ですね!
私はこの作品以降、西郷や明治六年政変がらみの本を何冊か手に取りましたが、やはりよくわかりません。自分なりの西郷像を持つには、もはや原典にあたるしかないのか?という気分です。
でも、司馬の言うように「西郷の魅力は西郷に会った人間にしかわからない」のかもしれませんね。
2011/8/1(月) 午前 3:59