書評180 ロナルド・トビ『「鎖国」という外交』<全集 日本の歴史9>(小学館、2008年)昨年の「今年の3冊」に挙げられていた本で、遅ればせながら読了。先日取り上げた講談社の<興亡の世界史>シリーズに続いて、小学館も啓蒙的歴史全集シリーズを刊行。 こういう企画はどんどんやって欲しいですね。 【著者紹介】 Ronald P. Toby (1942年─) イリノイ大学教授。専攻は日本および東アジアの近世・近代史。 アメリカ・ニューヨーク州生まれ、コロンビア大学文学部博士課程修了。朝鮮通信使研究をきっかけに、日本近世を「鎖国」と見なす従来の歴史観に疑問を抱き、1970年代から日本近世像の見直しを提言してきた。 著書に『近世日本の国家形成と外交』など。 【目次】 第1章 徳川政権と朝鮮通信使 第2章 「鎖国」という外交―創造された「祖法」 第3章 東アジア経済圏のなかの日本 第4章 描かれた異国人 第5章 朝鮮通信使行列を読む 第6章 通詞いらぬ山―富士山と異国人の対話 【本書の内容】 江戸幕府の外交はなぜ「鎖国」と呼ばれてきたのか。歴史が未来を切り拓く。(「BOOK」データベースより) お薦め度:★★★☆☆ 【本書の感想】 <全体の感想> ここ数年、江戸時代の外交政策を「鎖国」と特徴づけることについては多くの疑問が呈されてきた。 本書もその流れに棹差すものだが、本書の特徴は、幕府が「鎖国」の中でも積極的に外交活動を行っていたことを強調している点にある。 「鎖国」とされた日本の外交方針は、決して「国を閉ざす」という消極的なものではなく、江戸幕府が主体的に選択していったものなのである。(20項) <鎖国の中の「外交」> 本書のハイライトは、著者の研究者としての出発点でもあった江戸期の朝鮮通信使の記述であろう。 朝鮮通信使をめぐる両国の認識は、初めから食い違っていた。表面上は対等な関係を装いつつ、しばしば自国を上と見なし、相手を見下げていた。 幕府側は通信使を「来朝せしめ、ご祝儀申す」者とし、日本に対する朝貢使節として国内に喧伝し、幕府の権威を保つ材料にしていた。 自らの地位を高めるために、朝鮮通信使を「朝貢」と演出した幕府は、通信使の来日に際して、将軍の「御威光」を内外に放つためのデモンストレーションとして、通信使を利用した。(53項) その最も端的な例が、朝鮮通信使の日光遊覧である。第三代将軍家光は、将軍家を鎮護する日光東照宮へ「参詣」することを通信使に猛烈に迫った。そしてこれを「大権現の霊験が海を隔てた異国にまで及んでいる」というフィクションを創り出し、朝廷や諸大名に見せつけた。以降、このフィクションは市営の巷談として広く流布し、庶民の常識と化していったという(63項)。 外交を内政のパフォーマンスに使うのは為政者のセオリーであり、朝鮮通信使はその好例であったと言えよう。 一方で朝鮮側に幕府に朝貢している意識などなかったことは言うまでもなく、対等どころか蔑視する傾向が強かった。というのも朝鮮では当時から儒教が人々の唯一の倫理基準になっていて、儒教を単なる専門知識の一つとしてしか扱わない日本人は「野蛮」であると見なされた(朝鮮人の「小中華」意識については書評97:『朝鮮民族を読み解く』を参照)。 幸か不幸か民間の交流が極端に制限されていたため、こういった食い違いは大きな摩擦を生まなかった。 だが、江戸幕府は単に「鎖国」していたのではなく、慎重に、政策的に外交を利用していたのである。 <おわりに> 本書の内容はさらに「日本人が見た朝鮮通信使」、「日本人が描いた異国人」、「異国人にとっての日本」と広がっていく。 若干記述が散漫になっている印象はあるものの、近世の「外交=外国との交流」を立体的に見せようという意図が感じられる。 また屏風や絵巻といった文化的資料を豊富に使って論証しているのが、本書のもう一つの特徴である。数多くの挿絵は全集物ならではということもあろう。
外交のみならず、文化的資料や文化交流に興味がある人にもお薦めの一冊。 |
書評 近代日本
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現代社会にとってはどうでも良い本にしか感じられませんがどうでしょうか。
私の2009年のお勧めは「『おバカ教育』の構造」です。今年最も重要な一冊に違いないと思います。
現実は小説よりも奇なりです。一気読みしました。
2009/11/16(月) 午後 9:06 [ 大和 ]
>大和さん:初めまして、コメントありがとうございました。機会があれば読んでみたいと思います。
2009/11/22(日) 午後 7:09
幕府は鎖国してなかったというのが、最近はやりの論調のようです。
確かに外国の物資は入ってきていたし、外交活動も一応はしていたので、一般的なイメージの鎖国とは違ってはいたのでしょうね。
幕府以外は勝手に外国と接してはいけない的なものだったのでしょう。
2009/11/23(月) 午前 3:10
>オブ兵部さん:江戸時代は完全に「鎖国」ではなかった、というのは基底路線として、その中でどういう外交をしていたのかが論点でしょうね。
本書は、「鎖国」という政策が松平定信により“創造された歴史”であったこと、「鎖国」とは言いつつも異国人のイメージは人々に少なからぬ影響を与えていたことなどを指摘しています。外交を政府間の占有物と捉えずに、人々のイメージまでも視野に入れる最近の論調がもたらした新たな視点と言えるかもしれません。
2009/11/25(水) 午後 10:59