読書のあしあと

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書評 海外文学

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書評182 ブルックナー

『秋のホテル』

小野寺健訳(晶文社、1988年)

本書は、訳者でもある小野寺健の書評77:『イギリス的人生』でブルックナーが紹介されていたので興味を持った。

最近読む海外小説にブッカー賞受賞作が多くなってきた。書評137:『アムステルダム』書評175:『イギリス人の患者』のように、期待が高すぎたが故にこのブログでの評価がそれほど高くないかわいそうな作品もある中、本書はどうなりますか。


【著者紹介】
Anita Brookner (1928年─) イギリスの作家、美術史家。
ロンドン生まれ。両親はポーランド系ユダヤ人。1984年『秋のホテル』でブッカー賞受賞。つづく『結婚式の写真』『英国の友人』で、現代イギリス最高の作家としての声価をゆるぎないものとする。フランスの美術史家としても知られ、コートールド美術研究所教授なども務めた。


【本書のあらすじ】
秋、スイス。ジュネーブ湖畔に立つ「ホテル・デュ・ブラック」。――女性作家イーディス・ホウプは、イギリスを追われるようにシーズンオフのホテルへやってきた。見知らぬ男、見知らぬ女が、それぞれの人生の影を引きずりながら、このホテルに集まってくる。イーディスは愛人に手紙を書き綴りながら、深い孤独と真っ直ぐに向き合っていく。現代の愛の形を真摯に探り続ける女の心理を硬質な美しい文章で描き出した、84年度ブッカー賞受賞の話題作。(単行本カバーより)


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
中年に差しかかった知的で繊細な女流作家、イーディス・ホウプ。真摯に愛を求めつつも、否そうであるがゆえに躊躇し続ける彼女の心理を、硬質な文体で丁寧に描ききった傑作である。

「女性にとって結婚が人生のゴール」と高らかに歌い上げた女性作家が書評96:『自負と偏見』のオースティンなら、「そりゃそうだがそんなに単純じゃない」現実を見据えたのがこのブルックナーだと言えよう。


<誠実な亀の行く先は?>
秋のホテルにやってきたイーディスは、大衆向けのロマンス小説を書く作家である。
素朴で世間知らずな彼女は、いつも平凡な家庭生活を夢見ている。

わたしのように臆病な人間にとっては、家庭的な安らぎには、抵抗のしようのない魅力があるのです。(230項)


彼女はあの「兎と亀」の逸話をひきながら、自分はいつも「最後には亀が勝つ」物語を書いていると語る。

「わたしの小説で男と結ばれるのは、鼠みたいな、おとなしい女の子でしょう。……いつでも亀が勝つのよ。むろん、これは嘘だわ。現実の世界では、兎が勝つのよ。」(31―32項)

かく言うイーディス自身も、実直に愛人を想い続ける亀にほかならない。彼女は、自分と同じような亀のために小説を書いてきた。
しかしイーディス自身が語るように、現実では亀はなかなか幸せにはならない。幸福な家庭を持つというささやかな望みが、叶わない。

20世紀を生きるブルックナーには、もはやオースティンの世界は書けないのである。


やがてイーディスがこのホテルにやって来るまでの経緯が明らかになり、静かなホテルで彼女は自分と真っ直ぐに向き合う。透徹した理性で貫かれた思考は、女としての幸福は何か、と問うのである。
そして最後に訪れる衝撃の結末。結び近くの一文は、読者の胸に鋭く深く突き刺さる。

そしてわたしは、自分がほんとうに望んだこの唯一の人生を失わなくてはならない。たとえその人生は、ついに自分の人生と呼べるものにはならなかったとしても。(233項)


<おわりに>
前半は、ホテルから見えるスイス湖畔の風景が目に浮かぶような描写が美しいが、登場人物との距離感があって少々読むのが辛いかもしれない。端正だが冷たい水彩画のような印象である。

だが後半は一転してぐいぐいと読ませる。特にラスト数十ページの筆力は圧巻。
静謐さを保ちながらも文章に漲る圧倒的な緊張感に、なるほどブッカー賞を受賞するはずだと唸った。

『英国の友人』『結婚式の写真』など他の作品も読んでみたくなった。
 

閉じる コメント(21)

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>内緒さん:お〜、この本ご存知ですか?こういう地味な本が好きとは嬉しいです。読み終わってしばらくした今の方が、じわじわと心に沁みて来る、本当にいい本ですね。

2009/12/3(木) 午後 10:57 大三元

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>ぼやっとさん:読み始めた時は少々退屈に感じたのですが、今となっては素晴らしい作品だったと思っています。イーディスは思慮深い亀であることを、最後まで貫き通しました。でも、彼女の選択は間違っていなかったと思いたいです。ハッピーエンドではないですが、得体の知れぬ意志が湧き上がってくるラストでした。
個人的には、ぼやっとさんには是非この本を読んで欲しいですし、ぼやっとさんの心に残る作品であって欲しいと思います。

2009/12/3(木) 午後 10:57 大三元

興味深い内容ですね。
スイス湖畔に実際に行っているので楽しく読めるかもしれません。
でもboyattoさんと同じで身につまされそうです(*^_^*)

2009/12/4(金) 午後 0:36 AKIKO

今、英国人紳士(?)と週一で英会話のプライベートレッスンをしているので、こういう本は読んでみたいと思っています。来年一時帰国した時に、購入しようかなぁ。

2009/12/4(金) 午後 2:41 凛さ

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>AKIKOさん:この本の前半は、スイス湖畔に行ったことがない私でもその風景が目に浮かぶような美しい描写を読むことができます。中盤から徐々にイーディスの内面を描いていくのですが、これがまた素晴らしいです。こういう小説こそブッカー賞に相応しいのでしょうね。

2009/12/5(土) 午前 0:57 大三元

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>しぐれさん:そうなんですか、いいですね、英国紳士。私は根っからのイギリス贔屓でして、イギリス的なセンスに憧れます。この本は比較的古いので、ネット古書店なんかでも安く手に入ると思いますよ。あまり知られていませんが、素晴らしい作品でした。

2009/12/5(土) 午前 0:59 大三元

ホテルを舞台にした作品は、いろいろな人が書いてますね。
ホテルとという独特の空間は舞台になり易いのでしょうか。
ウサギとカメの話は、リアリティはありません。
むしろ、ウサギが競走中に昼寝をするというあり得ないアクシデントがなければ、カメには勝つチャンスがないという風にも読めてしまいます。

2009/12/5(土) 午後 7:24 オブ兵部

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面白そうな内容ですね。身につまされそうですが読んでみたい^^硬質な文体というのに惹かれます^^ピュアネスや無邪気さを許されなくなったあとの女性のお話ってとても心惹かれます^^

2009/12/5(土) 午後 11:58 ang*1jp

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>オブ兵部さん:この本の主人公イーディスは、亀には勝つチャンスがないと知りながら、自分に言い聞かせるように亀が勝つ小説を書いています。
彼女が亀であり続けることを決意するラストシーンを読んだとき、私は決然としたモチベーションが自分の中に湧き上がってくるのを感じました。

2009/12/6(日) 午前 7:20 大三元

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>あんごさん:イーディスと同年代くらいの女性がこの本を読んだとき、どのような感想を持たれるのか興味があります。本書はブッカー賞を受賞し女性にも支持されていますから、大方好評なのでしょうか。日本ではどう受け取られるんでしょうね。

2009/12/6(日) 午前 7:22 大三元

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大三元さんの文学お薦め本で★四つですかあ〜!これは見逃せないご紹介記事です・・・。
必読リストに搭載させていただきます!

2009/12/6(日) 午前 7:27 [ アズライト ]

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>電池切れさん:やや古い本ですが、オースティンの世界ではなく現代に生きる女性の苦悩を見事に描いていると思います。特に後半の文章の緊張感には圧倒されました。また電池切れさんの感想もお聞かせ下さい。

2009/12/6(日) 午前 11:57 大三元

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興味深い本ですね、読んでみようと思います。そういえば、最近私が手にするのも、ブッカー賞の本が多いです。

2009/12/9(水) 午前 11:31 XXcXiX

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>きいちごさん:私はイギリス文学が好きなので、最近ブッカー賞には注目してるんですが、期待が高すぎるのか、たまにコケてしまいます。その点、この本は素晴らしい作品でした。
読まれる機会があれば是非感想をお聞かせ下さい。

2009/12/10(木) 午前 0:54 大三元

興味をそそる紹介文...面白そうですね。
海外文学、、、読んだことあるかなぁー。。。と言うぐらい手にしてないですが、早速、探してみます。
(*^-^*)/~

2009/12/12(土) 午後 9:21 さ ん ぽ

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>さんぽさん:この本は完全に女性目線で書かれた本なので、女性の感想も聞いてみたい気がします。読まれたら感想をお聞かせ下さい。

2009/12/13(日) 午後 5:28 大三元

トラックバックができました。。。宜しくお願いします。

「結び近くの一文は、読者の胸に鋭く深く突き刺さる」...まさにその通りでした。。。余韻の方が大きい小説です。

幸福な家庭を夢見つつも、、、見せ掛けの家庭ではなくて、、「愛」を求めている。。。そこに、ギャップがあり、妥協を許せない女性にとっては、『結婚』と『愛』と『肉体』のアンバランスがどうにもコントロールできないのだと思いました。。。(笑)
(*^-^*)/~

2010/2/3(水) 午前 1:14 さ ん ぽ

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>さんぽさん:トラバありがとうございました!
そうなんですよね、「幸福な家庭を夢見つつも見せ掛けの家庭ではなく」…誰もが思い悩むことなんでしょうけれど、この本はそれを丁寧に描いていますね。私なんか、まだ余韻が残っています。

2010/2/3(水) 午前 1:23 大三元

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コメント内の「亀であり続けることを決意するラストシーン」という表現がとても的確で、心に響きました。
あのラストは、同性として、「自分だったらどうするだろう?」と切実に考えさせられます。
「秋のホテル」をチェックアウトした後も、このヒロインの精神的な放浪は終わらないんだろうな、と切なくなりました。
でも、この愚直なまでの誠実さがイギリスらしくていい、という気もします。

2010/9/26(日) 午後 11:55 [ larchtree ]

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>larchtreeさん:コメントありがとうございました。現代を生きる女性に、是非感想を聞いてみたい作品でした。特に、イーディスのような誠実な女性に。
放浪は終わらなくても、「自分の人生と呼べるもの」を求めていって欲しいですね。

2010/9/27(月) 午前 0:21 大三元

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