読書のあしあと

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書評188 アリステア・マクラウド

『冬の犬』

中野恵津子訳(新潮クレスト・ブックス、2004年)

ずっと前から読みたかった本で、楽しみにしていた。
文庫になる可能性ゼロと見て、単行本で購入。

アリステア・マクラウドは、刊行された作品が長篇と短篇集が一冊ずつという寡作なカナダの作家。
本書はその短篇集収録作品の半分の訳出である(残りの半分も『灰色の輝ける贈り物』として新潮クレスト・ブックスから刊行されている)。


【著者紹介】
Alistair MacLeod (1936年―) カナダの作家。
カナダ・サスカチェアン州生まれ。作品の主舞台であるケープ・ブレトン島で育つ。きこり、坑夫、漁師などをして学資を稼ぎ、博士号を取得。2000年春までウインザー大学で英文学の教壇に立つ傍ら、こつこつと短編小説を発表。1999年刊行の唯一の長編である『No Great Mischief』がカナダで大ベストセラーになったため、それまでに発表された全短篇を収録した『Island』が編まれた。31年間にわずか16篇という寡作であるが、短編の名手として知られる。


【本書のあらすじ】
役立たずで力持の金茶色の犬と少年の、猛吹雪の午後の苦い秘密を描く表題作。白頭鷲の巣近くに住む孤独な「ゲール語民謡最後の歌手」の物語。灰色の大きな犬の伝説を背負った一族の話。ただ一度だけ交わった亡き恋人を胸に、孤島の灯台を黙々と守る女の生涯。人生の美しさと哀しみ、短篇小説の気品と喜びに満ちた8篇。(カバー紹介より)


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
全ての短篇の舞台となっているのは、作者自身の故郷でもあるカナダ東端の島、ケープ・ブレトン島。
この美しい厳冬の島で、ささやかな人生を紡ぐ人々の物語を収めた、珠玉の短篇集である。

私たちには縁もゆかりもない孤島での生活は、寒くて、孤独で、もの哀しさが漂う。しかし彼らは、厳しい自然を当然のように受け入れ、祖先の声に耳を傾け、犬の吐息を感じながら、慎ましい喜びを大切にして生きている。

それは小説だからこそ達成できた、品格ある世界だ。読者の心には、美しい雪が深々と積もるに違いない。
書評175:『イギリス人の患者』でブッカー賞を受賞したマイケル・オンダーチェが、マクラウドを「知られざる偉大な作家」と評したというが、それも納得である。

以下、特に印象に残った作品を中心に感想を残しておく。


「すべてのものに季節がある」
極寒の地でクリスマスを迎えた、ある家族の物語。素朴で暖かな生活を送る彼らの日常は、シンプルで品位に充ちている。
私たちは兄に飛びつき、言葉を浴びせかける。兄は笑って大きな声をあげ、たくましい腕で私たちを頭の上に抱き上げたり、振り回したりする。……父はただ兄にほほえみ、母は唇を噛み締めている。(12項)
しかし、そんな暮らしも長くは続かないかもしれない。そう思った時、父の言葉は心に沁みる。
「誰でもみんな、去ってゆくものなんだ。……でも嘆くことはない。よいことを残してゆくんだからな」(15項)


「冬の犬」
彼らの島では、動物は可愛らしいペットというより、共に生きていくためのパートナーだ。
少年の家にやってきた犬は、馬鹿力の上になかなか言う事を聞かないため、仕事には向いていなかった。
家族は犬の扱いに困っていたが、実は少年は犬とひとつの秘密を共有していた。それは真冬の、吹雪の中の出来事…。
人間の傲慢さと動物の服従心が鮮やかなコントラストを成す、美しい一篇。


「完璧なる調和」
スコットランドからカナダに移住した一族の末裔の老人が主人公。彼は「ゲール民謡最後の歌い手」と呼ばれており、その貴重さから民俗学者の調査を受けたりしていたが、ある日テレビ出演の話が持ち上がる。そのオーディションで歌ったのは、テレビ放送向けとしては長すぎる、雰囲気も暗い歌だった(タイトルからして『わたしの心は重い』とか『男たちの溺死』…笑)。
結局、伝統を守ろうとする彼の頑なさ故に、オーディションは落ちてしまう。しかしラストで救われた思いがした。
そう、みんなわかってるんだ。


「島」
本島から孤立した小さな離島に住む女性は、その灯台を何十年も一人で守り続けていた。
寒く、寂しく、孤独な生活を淡々と受け入れる彼女の姿勢はどこか書評103:『ソーネチカ』のようだ。
ところが、時代とともに訪れた島との決別は、彼女の人生の最後に思いがけない結果をもたらす。


「クリアランス」
19世紀、産業革命が進むスコットランド・ハイランド地方では、羊毛需要の高まりに応じて牧草地の開拓が進んだ。壮絶な抵抗の末に追い出された小作人たちは、カナダなど方々に散っていった。これを「ハイランド・クリアランス」と言う。この短篇集の登場人物、そしてマクラウド自身もその末裔である。
短篇集の終わりに配されたこの短篇は、ゲール語を守り犬を友とする彼らの心象風景を丁寧に描く。
世紀を超えて、新たな「クリアランス」に立ち向かい生きていく彼らの背中は、実にたくましく、切ない。


<おわりに>
思えば、同じく新潮クレスト・ブックスに入っていた書評144:『巡礼者たち』も冬のカナダを舞台にした良質な短篇集だった。
クレスト・ブックス×カナダ×短篇集の組み合わせはハズレがなさそうだ。今後もチェックしていきたい。

是非寒い冬の内に読んで欲しい一冊。
 

閉じる コメント(10)

マクラウドはいいですね〜。クレストブックスに3冊はいっていますが、どれも珠玉の作品揃いです。頑固な老人、みずみずしい少年、忠実な犬というテーマも魅力的ですが、ふとした視線の動きや何気ない一言に心の動きを雄弁に語らせる手際やタイミングも、全くといっていいほどあざとさを感じさせません。この作者が寡作なのも当然です。

2010/2/2(火) 午前 7:50 りぼん

とても心を惹かれる物語ばかりです。
読んでみたいです。
ご紹介有難うの☆ポチを。

2010/2/2(火) 午後 4:17 AKIKO

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>りぼんさん:トラバありがとうございました。
さすが、もう読まれていましたか。マクラウドは二年越しで古本を探していたのですが、やっと見つかりました。そして期待通りの短篇集でした。まさに「珠玉」。
個人的には長篇も読んでみたいです。短篇の各所に見られた技がどう生きてくるのか?楽しみです。

2010/2/2(火) 午後 10:18 大三元

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>AKIKOさん:ポチありがとうございます。でも、ほんとにいいですよ、この短篇集。筆致は淡々としていますが、描かれる自然は厳しく、クリアランスを受けた人々の歴史は過酷で…。それでも人生は哀しく、美しい。そう思わせてくれる作品です。

2010/2/2(火) 午後 10:29 大三元

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全く知らない作家さんでした。カナダ人なんですね。、灯台を何十年も守り続ける女性の話に惹かれます。雪が感じられる小説ってやっぱり好きです。そうっと隠れて読みたいです(笑)。

2010/2/3(水) 午後 9:02 mepo

とっても入手困難な本みたいですね。
幻の名作というやつでしょうか。
そこまで大三元さんが推されるのであれば、きっと素晴らしい作品なのでしょうね。
縁があれば出会えるでしょう。

2010/2/3(水) 午後 9:22 オブ兵部

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>mepoさん:マクラウドは寡作な作家なので、日本では全くと言っていいほど知られていませんね。ただ新潮クレスト・ブックスでは3冊の翻訳が刊行されており、嬉しい限りです。
私は雪国の出なもので、こういう雪景色の静けさ、みたいなものは身に沁みてわかるんですよね。

2010/2/5(金) 午後 11:47 大三元

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>オブ兵部さん:こういう良作は、なかなかベストセラーにはならないし一般ウケしづらいのだと思います。だから文庫にもならない。そうするともっと人目につかず…ということですね。
私も古本で二年間探し続けました(笑)。

2010/2/5(金) 午後 11:49 大三元

「島」と言う話に興味を持ちました。。。
機会があったら、、手にしたいです。。。
(*^-^*)/~

2010/2/11(木) 午後 0:37 さ ん ぽ

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>さんぽさん:どの作品も「珠玉」という表現が似合う短篇ばかりです。冬のうちに、珈琲片手にゆっくり読みたい短篇集ですね。

2010/2/12(金) 午前 6:42 大三元

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