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書評 近代日本

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書評189 毛利敏彦

『明治六年政変』

(中公新書、1979年)

司馬遼太郎の『翔ぶが如く』全10巻(文春文庫、1980年)書評その1その2その3を読んで、西郷やその周辺の人々の考え方をもう少し客観的に知りたいと考えて手に取った本。
明治六年政変前後の研究は意外と少なく、古い本書が未だに売れ筋のようだ。


【著者紹介】
もうり・としひこ (1932年─) 大阪市立大学名誉教授。専門は近代日本政治史。
九州大学大学院博士課程修了(日本政治外交史専攻)。大阪市立大学教授・広島市立大学教授などを歴任後、現職。
著書に『明治六年政変の研究』(有斐閣、1978年)、『江藤新平――急進的改革者の悲劇』(中公新書、1987年、[増補版]1997年)、『台湾出兵――大日本帝国の開幕劇』(中公新書、1996年)、『明治維新政治外交史研究』(吉川弘文館、2002年)、『幕末維新と佐賀藩――日本西洋化の原点』(中公新書、2008年)など多数。


【目次】
1 岩倉使節団
2 留守政府
3 波瀾の政局
4 朝鮮使節問題
5 廟堂分裂


【本書の内容】
明治六年、西郷隆盛は、自らの手でつくった政府を去っていった。それは西南の役の悲劇につながる。西郷はなぜ野にくだったのか。征韓論に敗れたからという通説は、はたして史実を反映しているのか。当時の内政外交の激動の過程を先入観を去って正確にたどってみると、そこに、驚くべき事実が浮かび上がってくる。――西郷は、日本の法治主義導入をめぐる深刻な政争の犠牲者だった。本書は、久しく隠されていたその真相に迫る。(中公新書カバーより)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
「征韓論を主張した西郷が敗れ、野に下った」という明治六年政変についての通説を、一次史料の検証によって批判し、その真相を明らかにしようとした野心作。
著者の主張する明治六年政変観は、「内治派の大久保に征韓派の西郷が敗れた」のではなくて、「長州閥が江藤新平らの追落としを狙い、西郷はその巻き添えを食った」というものである。

従って、明治六年政変のスタンダードというよりは論争的な内容になっている。史料に厳密にこだわったという著者の言葉のわりには推論の部分が多く、史実重視というよりは論争の書という印象を受ける。

ただ、著者の主張は従来の通説を覆すほど強力ではなくとも、全くでたらめでもないので、明治六年政変前後の歴史に興味のある方は一読されると良いだろう。


<西郷は征韓論者か?>
著者は、明治六年政変についての通説は「仮説に安易に追随したもの」として批判し、まず西郷は征韓論者ではなかったと主張する。

その根拠は、西郷自身が直接征韓を主張したことはなく、外交使節を派遣し暴殺されたら開戦したらよかろうという使節暴殺論にとどまっていることである(118項以下)。当時の日朝関係から言って使節がすぐに暴殺されるなどということは考えられないし、幕末の江戸城開城の例にみられるように、交渉による解決を得意とした西郷は純粋に外交による日朝関係打開を図ったのだろうと言う。
また、征韓論の最強硬論者・板垣退助をなだめつつ味方に引き入れるために、使節暴殺論という代替案を示す必要があったとも推定している(123項)。

この点は著者のオリジナルなのだろうが、西郷を「征韓論者ではなかった」と断定するのは無理があるように思う。たとえ板垣を丸め込むために使節暴殺案を提唱したとしても、開戦に結びつかないと確信していた証拠はない。
さらに、過去とのアナロジーで江戸城開城の例を引くなら、逆に出羽庄内藩を無理やり軍門に下した事例を挙げて「だから軍事力を使える状況を作ろうとした」と論じることも可能である(かつて司馬遼太郎がそのように論じた。書評172:『翔ぶが如く』その1参照)。要するに、この種のアナロジーは人物論としては面白いけれども、史実の確定には使えないのである。

やはり、西郷が使節派遣を熱望し、使節暴殺論まで口にした真の動機は未だわからないというのが落とし所ではなかろうか。


<明治六年政変の真相>
西郷=征韓論者という図式を論駁した著者は、次に「西郷vs.大久保」という図式も必ずしも必然ではなかった、と主張する。帰朝した大久保の参議起用の理由を、「征韓派の西郷に対し内治派の大久保を立てるためだった」とする通説に対し、著者はむしろ西郷を抱き込むための措置であったとしている。
というのも、大久保を参議に起用したのは、片手で商売をやっているような井上馨らに嫌気が差している西郷を「大いに慰する」ためだったと推測できるのだと言う(木戸孝允宛伊藤博文書簡が根拠、157項以下)。
さらに、大久保は初めから西郷使節派遣に反対でなかった、と述べている。その根拠は、当時の大久保の日記や書簡に朝鮮問題の記述がないことである(141項)。

では、なぜ閣議で大久保はあれほどかたくなに盟友・西郷に反対したのか。著者は、「岩倉・伊藤らの強引な働きかけで渋々心にもないことを発言した」と結論する。
また三条実美が卒倒した後の大久保の毅然とした処置については、もはや征韓論とは関係なく、江藤、板垣ら自分の執務にとって邪魔な参議たちを追放する絶好の機会としか捉えておらず、この際西郷を切るのもやむなしと判断したのでは、と推測している(201項以下)。

なお、身辺清潔で正義感の強かった西郷や江藤を下野させたことで、汚職で免職された長州閥の井上馨らが復活した。著者はこれが明治六年政変の最大の遺産だとしている。


私としては、大久保の堅固とした性格から考えれば、自分の考えに反して岩倉の意見を代弁したという見解はあまりにも早急ではないかと思う。江藤らを追放するために西郷を見殺しにしたというのも、それほど大久保が江藤らに脅威を感じていたとも思えず、納得がいかない部分がある。
いずれにせよ、著者は一次史料を使っているものの、その先の想像力が豊か過ぎるのかもしれない。そのあたりは議論があるところだろう。


<おわりに>
このように、本書は「勇み足」的な歴史解釈の印象を受ける部分が少なくない。
他にも、徴兵制導入の功績は山縣有朋ではなく、山縣の持論(士族軍隊説)に反対した左院にあり、ひいては左院に影響力を及ぼした江藤新平にあると推測している(71―73項)。個人的な印象では、著者の江藤贔屓も相俟って遠因を穿ち過ぎのような気がする。

とは言いつつも、一次史料を示しつつ独自の政変論を展開している点は面白いし、新書として読み易い。
論争の書として叩き台にするには格好の素材であろう。
 

閉じる コメント(10)

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おお、お待ちしておりました。私の中での「翔ぶが如く」のクライマックスは、征韓論争の「西郷vs大久保」だったので、ちょっと拍子抜けがしました(笑)。う〜ん、当たり前ですけどやっぱり本当のとこってわかりませんね。もっと色んな説があるんでしょうね。

2010/2/11(木) 午前 1:29 mepo

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>mepoさん:明治六年政変に関しては、重要な政治的事件だったわりに、最新の研究成果を一般的に読める本がなくて残念です。いずれにせよ私も納得できたわけではありませんので、次は坂本多加雄『明治国家の建設』の当該部分をレビューしてみようかと考えています。

2010/2/11(木) 午前 4:27 大三元

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おお、お願いします〜。楽しみにしております!(人任せですみません)

2010/2/11(木) 午前 11:54 mepo

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>mepoさん:今年中には読み直しますので、気長にお待ち下さい(笑)。

2010/2/12(金) 午前 6:40 大三元

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むむむ、とても興味があるなぁ。このあたりの時代の動きは。
司馬氏の「歳月」を先に読むべきか、こちらを先にすべきか…悩みます^^;あっ、私も結構江藤びいきかもしれません(苦笑)

2010/2/15(月) 午前 0:00 ang*1jp

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>あんごさん:毛利敏彦の本書は、今のところ明治六年政変に関する最も手頃な本のようです。でもちょっと記述が偏りすぎかな〜と感じる部分もあります。
司馬は、江藤の頭の鋭さは評価していますが、ちょっと醒めた目で見ているところがありますね。

2010/2/15(月) 午前 0:27 大三元

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丁度この本が刊行された頃に大阪市大で毛利先生に日本法制史を学んで以来の毛利先生ファンです。また江藤新平ファンでもあります。
ぜひ、先生の「幕末維新と佐賀藩」もお読みください。
判官びいきといえばそれまでかもしれませんが、金に汚い長州閥をおおらかな薩州閥を使って一掃しようとする頭の切れる江藤新平。政府の主導権を渡したくないもう一人の切れ者大久保が長州閥と組まざるを得なくなる。結局漁夫の利を得たのは・・・、というストーリーだと理解していますが。

2010/2/21(日) 午後 10:22 [ wfm**955 ]

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>wfm**955さん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございました。毛利敏彦のお弟子さんでしたか、有意義な学生時代だったでしょうね。
この辺りの時代は英傑が多いですからそれらの大人物に惹かれるのは人間として当然ですし、むしろその魅力を描くのが歴史家の一つの仕事である側面もあると思います。ただ、そうであればこそ単なる判官贔屓ではなく、史料をもって政変の史実を描いて欲しかったと思うのです。
政変後、結果的に漁夫の利を得たのが長州閥だったというのはそうだと思います。

2010/2/21(日) 午後 11:18 大三元

斬新な論旨を展開されている本のようですね。
いろいろ強引なところがあるみたいですが、長州閥が土佐・肥後グループの追い落としを謀ったというのは、その後の長州閥のやり方を見てもいかにもありそうな話です。
それに大久保がどうかかわっていたかというのは、微妙なところですが、、、。

2010/2/27(土) 午後 3:05 オブ兵部

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>オブ兵部さん:明治六年政変によって長州汚職派が結果的に復活したのはその通りだと思うんですが、それが目的の政変だったかというと疑問があります。例えば派閥意識が極端に薄かった伊藤博文なども同列に論じてよいのかなど。大久保にとって江藤などがうるさかったのも、まあそうかな、という気もしますけど、イマイチこう、しっくりこないんですよ。

2010/2/28(日) 午後 10:57 大三元


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