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書評 歴史小説

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書評191 塩野七生

『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』

(新潮文庫、1982年)

現在刊行中のマンガ惣領冬美/原基晶『チェーザレ 破壊の創造者』を読んでいて、久しぶりにマキアヴェッリ周辺へのモチベーションが上がってきた。
本書は、日本におけるチェーザレ像を決定づけた塩野七生の出世作である。


【著者紹介】
しおの・ななみ (1937年―) 小説家。
学習院大学文学部哲学科卒。1963年からイタリアへ遊学し、1968年に帰国後執筆を開始。雑誌『中央公論』掲載の「ルネサンスの女たち」で作家デビューを果す。1970年には本書で毎日出版文化賞を受賞し、同年から再びイタリアへ移り住む。1982年『海の都の物語』でサントリー学芸賞受賞。1992年から古代ローマを描く『ローマ人の物語』を年一冊のペースで執筆し、2006年に完結した。


【本書のあらすじ】
ルネサンス期、初めてイタリア統一の野望をいだいた一人の若者――父である法王アレッサンドロ六世の教会勢力を背景に、弟妹を利用し、妻方の親族フランス王ルイ十二世の全面的援助を受け、自分の王国を創立しようとする。熟練した戦略家たちもかなわなかった彼の“優雅なる冷酷”とは。〈毒を盛る男〉として歴史に名を残したマキアヴェリズムの体現者、チェーザレ・ボルジアの生涯。(カバーより)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
様々な伝説に彩られるチェーザレ・ボルジアの生涯を、塩野七生独特の淡々とした筆致で跡付けた評伝。
チェーザレ・ボルジアといえば、謀略や暗殺を多用し権力を手にした冷酷な新興貴族というイメージが定着しており、マキアヴェッリ『君主論』のモデルとしても有名である。本書は、チェーザレにまつわる様々な伝説を排してその実像に迫ろうというもの。

全体の印象としては、滲み出るチェーザレに対する愛情を抑えつつ、チェーザレの人物と功績を客観的に描こうとした意図が窺える。もっとも、勘所に挿入されるチェーザレ像の造形は塩野七生の面目躍如といったところか。
個人的には『ローマ人の物語』のような説教臭さが薄い分読み易く、こっちの文章の方が好みかもしれない。


<チェーザレとは?君主とは?>
「毒を盛る男」として悪名高きチェーザレ・ボルジアとは何者だったのか。なぜマキアヴェッリは彼を「新しい時代の理想的君主」として見たのだろうか。
本書で描かれるチェーザレ像は、次の一文に集約されている。

それまで世の中を支配してきた宗教的良心とか道徳、倫理などから全く自由な男。その目的遂行に際しては、合理性、現実的有効性への判断だけで行動できる男。(126項)

マキアヴェッリによれば、政治には合理的センス、現実的判断力、迅速な行動力が必要なのであって、旧弊の倫理観や人間的良心などは不必要どころか邪魔でさえあった。

フィレンツェの外交使節としてチェーザレとの交渉の任にあったマキアヴェッリは、この若くして聡明、かつ目的のためには冷徹な手段も辞さない青年にその才能を見たのである。
チェーザレは、手練手管の戦略に加えて、弟妹も政治の道具に利用した。そのストイックなまでの冷酷さを描く塩野七生の文章を読んでいると、副題の通りなぜか「優雅」に見えてしまうから不思議だ。


例えば、枢機卿を辞して俗世の権力者を志した時、何とチェーザレは枢機卿時代の宿敵であるフランスと手を結ぶ。塩野が描くフランス王ルイとチェーザレの関係は、まさにマキアヴェッリの理想とする外交を――近代の政治を象徴していた。

互いに尊敬を示し、丁重かつ親愛のこもった態度で接しながら、徹底的に相手を利用し、相手の動きを牽制する。……互いの化かし合いだが、相手が化かされていないこともちゃんと知っている。(143項)


さらにルネサンス期イタリアのスター、レオナルド・ダ・ヴィンチに自分の領土の国土計画を任せていたというのも面白い。
現在では芸術家としての顔が最も有名なレオナルドが、一番興味を持っていたのは実は国土計画であり、チェーザレこそ自分の計画を実行できる最適のパートナーと判断したのだ。

レオナルドとチェーザレ。この二人は、互いの才能に、互いの欲するものを見たのである。完全な利害の一致であった。ここには、芸術家を保護するなどという、パトロン対芸術家の関係は存在しない。互いの間に、相手を通じて自分自身の理想を実現するという、冷厳な目的のみが存在するだけである。保護や援助などに比べて、また与えるという甘い思い上がりなどに比べて、どれほど誠実で美しいことか。(186項)

フランス王であれ実の弟妹であれレオナルド・ダ・ヴィンチであれ、人間関係を野望の手段としか見ない。そういう関係を、塩野は「誠実で美しい」と形容する。
美しいかどうかは措くにせよ、政治とはそういうものだと思う。


<チェーザレはなぜ誤ったのか>
フランス王を巧妙に利用したチェーザレは、イタリアの統一に向けて着実に歩を進めていた。
ロマーニャ公国を中心としたイタリア半島中部をほぼ手中に収めた時、チェーザレは突如病に倒れる。これが凋落の始まりだった。同時に倒れた父でもある法王の死がきっかけとなり、ボルジア家に対する不満が一気に爆発した。病み上がりのチェーザレにそれを抑える力はなく、彼の築いた領国は脆くも崩れ去ってゆく。

チェーザレの政治生命にとって致命的な打撃となったのが、宿敵ローヴェレ枢機卿の法王就任であった。しかも驚くべきことに、その実現にチェーザレ自身が手を貸していた。
なぜチェーザレはこの政治的自殺とも言えるミスを犯したのか。塩野は「重病のために持前の鋭い判断力を失ったとしか思えない」と述べるが、それまでのチェーザレとは全く別人である。
マキアヴェッリも、法王没後のチェーザレについて極めて厳しい評価を下しているが、塩野の描写はごく簡潔だ。

彼は、賭けに、というよりも政治に負けたのである。(282項)

チェーザレを愛するが故に、事実を述べるまで、ということか。
それにしても、なぜチェーザレが誤ったのか、謎は解けない。
今連載中の漫画版はどう描くのだろうか。楽しみである。
 

閉じる コメント(12)

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チューザレ、チューザレ!ものすごく興味があるのですがいまだ手付かずの人物です^^;
引用箇所をちらっと読んだだけでも塩野さんの文章は魅力的ですね^^

2010/2/28(日) 午後 5:36 ang*1jp

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>あんごさん:たしかに、塩野の文章はクセがありますが、その分ハマる人も多いだろうなぁ、と思いました。表面上は淡々としているのに、勝負どころでガツンと効かせるのですね。

2010/2/28(日) 午後 11:00 大三元

塩野さんは「現実主義者」という言葉をとってもいい意味で使われていますが、その代表格がマキャベリとチェーザレですね。あと、もちろんシーザーも。自分の惚れ込んだ人物を小説化してしまう、塩野さんらしい本でした。^^

2010/3/3(水) 午前 10:16 りぼん

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>りぼんさん:本書の筆致は非常に抑えたものになっていますが、それだけに塩野のチェーザレに対する愛情が滲み出ているような気がしますね。チェーザレのような人物は、政治家としてはすごいんだと思いますが、男としては、女性の目から見てどうなんでしょうか…。

2010/3/4(木) 午前 6:56 大三元

記事とはズレたコメントになってすみませんが^^;
最近、ROMEというDVDを見終わったのですが、歴史に興味のない自分が観てもあまりにもおもしろかったもので、古代ローマのことが書かれた本を読んでみようかという気持ちになりました。そこで辿りついたのが塩野七生のローマ人の物語なのですが、書評は人それぞれのようですね。興味が沸いて次から次へと読み進められた人から、だんだん読む気が失せてきて途中で断念した人まで様々な感想でした。
大三元さんも読まれているようですが、説教臭い感じがあるのですか?記事の本とは違う本のことですみませんが、よろしかったら簡単な感想を聞かせてもらえたら嬉しいです。

2010/5/3(月) 午前 6:14 [ ソフィー ]

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ローマもので堅い学術書ではなく、日本人が書いたものといえばまず塩野七生でしょうね。
塩野の文章は非常にクセがありますし、『ローマ人の物語』は塩野の哲学が色濃く反映されているので、それに拒否反応を起こす人もいるかもしれません。
それを乗り越えたとしても、『ローマ人の物語』の最大の関門はその長さです。塩野のローマ帝国論としては『ローマ人への20の質問』(文春新書)というダイジェスト版があって、これは小説ではありませんが塩野の主張を簡潔に知ることができます。これが気に入れば『ローマ人の物語』をカエサルの章まで(第13巻)読んでみる、というのはどうでしょう。塩野が歴史上最も愛するカエサルが面白くなければ諦めていいと思います。

2010/5/3(月) 午前 6:47 大三元

ご丁寧なアドヴァイスを頂きましてありがとうございます。
まずは紹介頂きましたローマ人への20の質問を読んでから考えてみようと思います。いきなり入るよりは、簡潔にでもどういう感じか掴めれば、読んでみたいかどうかわかるでしょうから、さてどう転ぶのか興味津々です・・・大三元さんのアドヴァイスとても参考になりました!

2010/5/4(火) 午前 5:59 [ ソフィー ]

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>ソフィーさん:『ローマ人の物語』はとにかく長いですからね…。意気込んで全巻買ってしまって、読み始めたらアレルギーを起こした、なんてことになると悲惨過ぎます。『ローマ人への20の質問』読まれたら、是非感想もお聞かせ下さい!

2010/5/6(木) 午後 10:37 大三元

前のコメントにあった「THE Rome」面白かったです。ご覧になっていないのならお勧めです。語り部になる二人が「ガリア戦記」に記されていた…って筋回しもなかなか。
塩野七海さんの著書は殆ど読んでいますが、やはり文体が暑苦しい。日本人に「イタリア」を紹介している第一人者だから、塩野を読んでイタリア通ぶる人間の底が浅くて嫌いです。

2010/7/26(月) 午前 1:27 はちこ

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>はちこさん:コメントありがとうございます。『The Rome』って映画なのですか?TVドラマ?ちらほら聞く作品なので、気にはなっているのですが、なかなか巡りあいません。
塩野の作品は本当に好き嫌いが分かれますね。私はちょっと暑苦しいなと思いながらも、別に拒否反応を起こすわけでもないので何冊かは読んでいますが、塩野だけがローマの権威ではないし、他の視点もあることを日本人には知っておいて欲しいと思います。

2010/7/27(火) 午前 1:19 大三元

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塩野七生女史は、遠い昔に『コンスタンティノープルの陥落』
『ロードス島攻防記』『レパントの海戦』を読みました。

『テルマエ・ロマエ』の影響で、以前挫折した『ローマ人の物語』を
読みたくなって来ました…(←ミーハー)

TVドラマ『ローマ』は、Amazon等でも前編セット(6巻組)が1,000円位
なので、お買い得ですよ。後編セットも1600円位で売っています。

でも、自分もまだ2話までしか観て無いから、折角買ったんだし、ちゃんと観ないと・・・

ポチッ !

2012/5/12(土) 午後 7:40 愛にゃん名電(Ozz☆にゃん)

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>けいおす!さん:ポチありがとうございます。
『ローマ』も面白いらしいですね。これもチネチッタで撮ったらしく、しかも『テルマエ・ロマエ』のセットは『ローマ』のものを転用したものもあるとかで、がぜん興味が沸いてきました。でもイタリア旅行までに観ている時間はないかも…

2012/5/13(日) 午前 3:08 大三元


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