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書評 いろいろ

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書評195 木村元彦

『オシムの言葉』

(集英社文庫、2008年)

今年は、何と言ってもサッカーワールドカップの年。
なのに、先日の対セルビア戦の体たらくにどれだけの日本人が落胆したことか。
今更かもしれないが、南アフリカでオシム・ジャパンが走り回るのを見たかった、という想いを禁じえない。

オシムなら、今の日本代表の試合を観て何と言うだろう。オシムの下で4年間走り続けた選手は、南アでどんなプレーを見せてくれたのだろう。
そんなことを考えて、「オシム語録」として有名になった本書を読む。


【著者紹介】
きむら・もとひこ (1962年―) ジャーナリスト。
愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。アジア・東欧の民族問題を中心に取材・執筆活動を展開。『オシムの言葉』で2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。


【目次】
第1章 奇妙な挨拶
第2章 イタリアW杯での輝き
第3章 分断された祖国
第4章 サラエボ包囲戦
第5章 脱出、そして再会
第6章 イビツァを巡る旅
第7章 語録の助産夫
第8章 リスクを冒して攻める
第9章 「毎日、選手から学んでいる」
第10章 それでも日本サッカーのために


【本書の内容】
「リスクを冒して攻める。その方がいい人生だと思いませんか?」「君たちはプロだ。休むのは引退してからで十分だ」サッカー界のみならず、日本全土に影響を及ぼした言葉の数々。弱小チームを再生し、日本代表を率いた名将が、秀抜な語録と激動の半生から日本人に伝えるメッセージ。文庫化に際し、新たに書き下ろした追章を収録。ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞作。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
これは単なる「オシム語録」ではなく、その人生に迫った評伝である。
本書を読んだ読者は、イビツァ・オシムという人間の素晴らしさに感嘆し、わずかでも日本代表を率いてくれたことに感謝するだろう。そして彼が日本代表監督としてワールドカップを迎えられなかったことに痛恨の口惜しさを覚えるに違いない。

イビツァ・オシムとは、素晴らしく常識的で、気丈で、皮肉屋で、哲学的で、情に厚い指導者であった。


<イビツァ・オシムの来歴>
オシムは1941年、ユーゴスラビアのコソヴォで生まれた。
ユーゴスラビアは「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を持つ1つの国」と呼ばれるほど複雑な構成の国家であった。「ヨーロッパの火薬庫」の異名を取るこの地域では、日常生活を営むだけでも異文化に触れることになり、そこには常に緊張があったことをオシムはこう回顧する。

「歴史的にあの地域の人間はアイデアを持ち合わせないと生きていけない。目の前の困難にどう対処するのか、どう強大な敵の裏をかくのか、それが民衆の命題だ。……同時にサッカーにおいて最も大切なのもアイデアだ」(49項)

この地域が名サッカー選手を生む所以である。
オシムがユーゴ代表監督を務め始める前後、民族対立が激化して内戦に発展し、サッカーにまでその影響が出てくるようになった。自分の民族を使わないと代表監督を非難するメディアやサポーターばかりの中で、オシムは耳を傾けず采配に集中し、祖国をワールドカップ8強に導いた。ところが、その直後に内戦によって家族と生き別れ、代表監督を辞任する。


「オシム語録」と呼ばれるほど含蓄に富んだ発言やユーモア、あるいは煙に巻くようなメディアとの距離の取り方は、日本人にとって新鮮だった。しかしその裏には、祖国の歴史、そしてオシム自身が経験した悲劇が影を落としているのである。

「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しい質問をしているのか。……新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。」(44項)


<日本代表の“日本化”>
オシムの練習は厳しいという評判だった。やたら長い距離を走らされるし、何色ものビブスを使った複雑なトレーニングは複雑だ。「走るサッカー」についての記者の質問に「走らなくてサッカーが出来ますか?」と切返したのは有名な話だ。

オシムのサッカーは、高度な技術を持った選手を集める――例えばレアル・マドリーのようなサッカーではない。メッシやイニエスタのような“エクストラ・キッカー”はチームに1人か2人いればよい。彼らのために献身的に走る選手がいなければサッカーは成り立たないと考えている。

オシムが「走るサッカー」をジェフや日本代表で実践したのは、日本サッカーの“日本化”という意図もあった。体格やパワーで劣る日本人が世界で戦うには、他国のサッカーを真似するのではなく日本人の特徴を生かす=Japanize(日本化)が必要だと考えたのである。
そこで、勤勉で献身的な性格、90分間走り続けるスタミナ、パワーをかわす俊敏性を生かすために、とにかく走ることを求めた。

ジェフ時代、死闘の末のロスタイムに佐藤勇人がシュートを外した時、記者の「佐藤が最後にシュートを外しましたが…」という質問への答えはこうだ。

「シュートは外れる時もある。それよりもあの時間帯に、ボランチがあそこまで走っていたことをなぜ褒めてあげないのか」(41項)

オシムは、90分間走り続けた働き蜂をちゃんと見ていた。その蓄積が結果につながることを知っているからだ。

日本サッカーの“日本化”への道程はまだ遠い。オシムに言わせれば、日本人はサッカーの常識さえ血肉にしていないのだという。

「日本のサッカーはこれまで、非常に大きなステップを踏んで進化してきました。……しかし、その三段跳びのような大股なステップは、本来刻むべきだった細やかなステップを踏まなかった、ということを示してもいます。……日本人は4-4-2や3-5-2といったフレーズは知っていても、その裏づけや必然についてしっかり理解していないように思います。フォーメーションの話をする前にやるべきことはまだまだたくさんあります。現在のサッカーの常識になっていることを、ヨーロッパは百年かけて作り上げました。それを日本はたった十数年で身につけたかに見える。しかし、残念ながらそれらの常識は、まだ日本人の血肉になっているわけではないのです」(284―285項)


<「システムが人間の上に君臨することは許されない」>
オシムは、日本人がシステムにこだわることに相当違和感があるらしい。

「無数にあるシステムそれ自体を語ることに、いったいどんな意味があるというのか。大切なことは、まずどういう選手がいるか把握すること。個性を生かすシステムでなければ意味がない。システムが人間の上に君臨することは許されないのだ」
「日本人は本当に戦術やシステムを語ることが好きだ。しかし、サッカーには相手がある。4-4-2も3-5-2も相手を考えずにイメージするだけでは、空想上の器械体操だ」(240項)

サッカーのみならず世の中の常識だが、システムがあって人間がいるわけではない。システムは人間が作り、動かすものなのだ。当たり前のことだが、残念ながら「個性を生かすシステム」を考えられる日本人は少ない。

代表で接した川口能活は言う。

「監督は先発を発表するときに出せない選手に必ず謝るんです。本当は全部出したいんだ、と。すごく僕たちを大切に考えてくれる。何より選手を見るときに、すごくいい表情をされるんです」(318項)

イビツァ・オシムは、人間を見る目が確かな人だったのだな、と思う。祖国の悲劇と壮絶なサッカー人生を潜り抜けてきたこともそれと無関係ではあるまい。


今週対戦したセルビアは、かつて自分が代表監督を務めた国の一部である。
オシムなら、どういう言葉で日本代表を叱ったのだろう。
07年11月、脳梗塞で倒れなかったらどんな日本代表を作っていたのだろうか…
 

閉じる コメント(13)

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ジーコの前にオシムが欲しかった、ということですね

2010/4/9(金) 午前 11:13 [ kohrya ]

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>こーりゃさん:そうですね、マラドーナとまでは言いませんが、ジーコも名選手が名監督にならない一つの例かもしれません。中田英寿を擁した日本代表が健康なオシムの下で4年間走り続けたら、必ず結果は変わっていたでしょうね。

2010/4/9(金) 午後 11:45 大三元

お、私も一度読んだ本です。
サッカー音痴ですが
思わずなるほど!と息子(あまり強くないサッカーチーム所属)にも
読み聞かせた箇所もありました。

2010/4/10(土) 午前 7:24 かえる

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大三元さんも読まれましたか。記事、じっくり楽しませていただきました。「新聞記者は戦争を始めることができる。」の箇所に感銘を受けた記憶が蘇ってきました。現在記者をされている方にどれだけその自覚があるのかが不明ですが^^;
昔のミーハー記事で恐縮ですが、ぜひTBさせて下さいね。

2010/4/10(土) 午前 10:08 ang*1jp

いつの間にか、W杯までの時間がなくなってきてしまいました。最近の代表の試合を見ていると、思いっきり守備的なサッカーをしないと勝ち点1すら取れないのではないかと思えてきます。トルシェは嫌いでしたが、あの時点で身の丈に合ったサッカーをしたということなのでしょうね。オシムの教えてくれたことは、決して失われないし、今後に生きてくると思いたいのですが・・。

2010/4/10(土) 午後 6:38 りぼん

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>カエルちゃんさん:この本、読まれたことがおありなのですね。
私も決してサッカーに詳しいわけではないのですが、それでも感銘を受けるのは、木村元彦のジャーナリストとしての手腕と、オシムという人物の魅力によるところが大きいのでしょうね。

2010/4/10(土) 午後 8:42 大三元

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>あんごさん:トラバありがとうございました!実はこの本、あんごさんの記事で知ったんですよね。ご紹介ありがとうございました。
オシムは、サッカーの指導者としても偉大でしたが、一人の人間としても素晴らしい人物でした。こういう人間を短期間であっても日の丸の指揮官に戴けたことに、日本人は感謝すべきでしょうね。
こちらからもトラバさせて下さい〜。

2010/4/10(土) 午後 9:15 大三元

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>りぼんさん:日本人は勤勉で従順で、監督が変わると監督の方針に従う方に動きますから(それ自体は必要なことですけど)、オシムの教訓がどこまで残っているかは微妙なところです。
この前のセルビア戦の「走らないサッカー」を観る限り、絶望的ですけどね。

2010/4/10(土) 午後 9:19 大三元

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>内緒さん:おっしゃる通りだと思います。オシムがサッカー指導者としてのみならず、人間として素晴らしい人物だからこそ、サッカーに詳しくない人間も感銘を受けるのでしょうね。

2010/4/12(月) 午前 0:21 大三元

オシム監督も魅力ある方のようですね。。。
惜しむ。。。オシム。。。アチャ?!失礼しました。。。(笑)
お元気になられて良かったですね。。。
(*^-^*)/~

2010/4/12(月) 午後 10:41 さ ん ぽ

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>さんぽさん:先週、偶然オシム氏がワールドカップのCMに出ているのを観ました。元気になったのは本当によかったですが、オシム・ジャパンを見れなくなったのは残念ですね。

2010/4/12(月) 午後 11:58 大三元

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たしかビッグクラブの誘いを蹴ってジェフの監督に就任したはずですね。「なにも無いことに魅力を感じた」というような就任の言葉だったような覚えがあります。
オシムが倒れたときには、くやしさに涙が止まらず。南アフりカで躍動する日本代表が見たかったものですよ。
日本の次期監督にはモウリーニョを望みますが、無理でしょうね。

2010/5/24(月) 午後 9:43 CAVE

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>CAVEさん:モウリーニョはレアルで決まりでしょうね。トルシエ招聘の際、日本サッカー協会は最後までヴェンゲルにこだわったのに、ヴェンゲルがアーセナル監督を受けたために仕方なくヴェンゲルが推薦したトルシエに決めたそうです。モウリーニョは無理でしょうが、ヴェンゲルでさえ難しいでしょうね。
そう考えると、あれだけ「国家代表監督は受けない」と明言していたオシムが日本代表監督を受けたのは、相当日本に好意があったのでしょう。

2010/5/24(月) 午後 11:24 大三元

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