書評213 イアン・マキューアン『贖罪』小山太一訳(新潮文庫、2008年)全2巻現代英米文学の巨匠、マキューアンの最高傑作と言われる本書。ブッカー賞を受賞した書評137:『アムステルダム』よりも「ブッカー賞に相応しい」ともささやかれた。 【著者紹介】 McEwan,Ian (1948年―) イギリスの作家。 英国ハンプシャー生まれ。シンガポール、北アフリカなどで少年時代を過ごし、イースト・アングリア大学創作科大学院修士号取得。1976年第一短編集でサマセット・モーム賞、1998年『アムステルダム』でブッカー賞を受賞。2001年刊行の本書は全米批評家協会賞など多数の賞を受賞、世界的ベストセラーに。名実ともに現代英文学を代表する作家のひとり。 本ブログで取り上げた作品に書評137:『アムステルダム』がある。 【本書のあらすじ】 1935年夏、13歳の少女ブライオニー・タリスは休暇で帰省してくる兄とその友人を自作の劇で迎えるべく、奮闘努力を続けていた。だが練習のさなか、窓辺からふと外を見やったブライオニーの目に飛び込んできたのは、白い裸身を晒す姉と、傍らに立つひとりの男の姿だった…。いくつかの誤解、取り返しのつかぬ事件、戦争と欺瞞。無垢な少女が狂わせてしまった生が、現代に至る無情な時間の流れの果てに、切なくももどかしい結末を呼ぶ。ブッカー賞最終候補。全米批評家協会賞受賞。 お薦め度:★★★☆☆ 【本書の感想】 <全体の感想> ひとつの罪があった。けれども恋人たちもいた。(下巻、304項) 第二次大戦の足音をよそに、イギリスの中流家庭で健やかに育った13歳の少女、ブライオニー。彼女はその早熟な文学的才能に目覚め、敬愛する兄のために劇を創ろうと考える。全てが順調に思われた暖かく微笑ましい日に、ブライオニーが犯してしまった罪とは何だったのか。 何が真実なのか、誰が犯人なのかわからない。 それでも、ブライオニーの煩悶が読者の心に残り続けるような力作だ。 <十人十色の世界観> まず唸らされるのは、マキューアンの文章である。 持ち前の優美で洒落た雰囲気はそのままに、登場人物の心情のひだを丁寧になぞっていく。何よりも感心したのは、読者の視点が登場人物毎に変わるたび、いつの間にか文体も世界の広さも変わっていることだ。 例えば、13歳のブライオニーの見る世界には常に幼さ故の視野の狭さがつきまとっており、記憶があやふやな部分は豊かな想像力で補われる。 偏頭痛持ちのエミリーにとって、世界は全体が重苦しく陰鬱に映っている。 ロビーに至っては、そのほどばしる情熱と性欲が溢れんばかりにページを埋め尽くす。 この文体の力が、否応なしに読者を物語に引き込んでいくのである。 書評137:『アムステルダム』は、オルダス・ハクスリーのような軽妙でニヒリスティックなユーモアを湛えていたが、本書の前半はむしろヴァージニア・ウルフの伝統に連なるのではないかと感じた(書評159:『20世紀イギリス短篇選』参照)。 <現実と虚構のあいだ> 作品の構成にも感嘆した。 上巻では、じれったいほど繊細に“事件”までの過程が描きこまれるが、下巻では一転、書評24:『西部戦線異常なし』を思わせるスリリングさで戦場と銃後の描写が続く。そうかと思えば最後にそれらを覆すどんでん返しが待っているなんて、読者には想像もつくまい。 ここには、『アムステルダム』には見られなかった、物語の力がある。 最後に読者に残されるのは、タイトル『贖罪』の謎である。 結局、何が“事件”の真相だったのかは明らかにされない。ブライオニーは「贖罪」できたのだろうか。 解説では、小説家であるブライオニーは、その特権である「作品世界の創造」を通じて罪を償おうとしたのだ、という結論が示唆されている。 しかし、そのためにまた新たな欺瞞を生み出しただけではないか?という疑問も当然わいてくるわけで…。 そう考えると、何が真実で何が虚構なのか、何が正しくて何が誤解なのか、絶対的な答えなどないのかもしれないとも思えてくる。人間は、自分の見たいものしか見ないし、自分の過去を正当化するために記憶を無意識のうちに改竄するものだ。 この小説でも、視点がブライオニー、セシーリア、エミリー、ロビーと移り変わる度に、世界も違って見えたはずである。 この小説が示したのは、そういった常識的だが見落としがちな、現実と虚構の曖昧さだったのかもしれない。
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偶然ですね、この小説、読み始めたばかりです。第1章から何やら不穏な空気が漂っていますね。
なかなか面白く読めそうなので、まだ記事は読まないでおきます。読み終わったらまた伺いますね。
2010/10/30(土) 午後 4:23
これは大傑作ですね。ヴィクトリア朝文学を思わせるような枠組みの中に現代的なテーマを注ぎこむという、文学的な大冒険を見事に成功させています。
2010/10/30(土) 午後 8:56
こんばんは。私も、この作品を読みました。最初は、やや緩慢な感じもしましたが、途中から一気に引き込まれて読み終えました。
物語の持つ力や、役割について、とても考えされられたことが、印象に残っています。
2010/10/30(土) 午後 10:13 [ larchtree ]
読んでみたいです。マキューアンという作家知りませんでしたので、大変興味深い作品です。映画にもなりそうな作品に感じました。
2010/10/30(土) 午後 10:49
>ぼやっとさん:そうなんですか、奇遇ですね。この小説、文庫の上巻と下巻では全く違う作品になっています。もっと言うと、下巻の後半も全然違う作品なんですが、それは読み進めばわかると思います。
感想の難しい作品ですが、力作であることは間違いないでしょう。
2010/11/1(月) 午前 1:57
>りぼんさん:トラバありがとうございました。
前半部は、心情のひだをなぞるような視線にぞくぞくし、まさにヴァージニア・ウルフを想起しました。後半の展開が大技過ぎて、個人的にはちょっと消化不良な部分もありますが、でもすごい筆力ですね、マキューアン。
2010/11/1(月) 午前 2:00
>larchtreeさん:前半は、緩慢というか、じれったいというか、間延びしているようにも感じました。でも、よく考えてみると、13歳の少女から見た世界ってあんなものだったんじゃないかと。視野が狭くて、些細なことで頭がいっぱいになって。
マキューアンの壮大なスケール観もさることながら、そういう表現のディテールにも感嘆しました。
2010/11/1(月) 午前 2:03
>すてさん:さすがすてさん、映画化されてます。しかもゴールデングローブ賞を獲ってます。近々観る予定です。
2010/11/1(月) 午前 2:04
「贖罪」読み終えました。引き込まれて読みましたが、確かに感想の難しい作品ですね…。なぜかアゴタ・クリストフの「悪童日記」を思い出しました。現実って、人の中で作り変えられてしまうものなんですね。これはそのうち、映画も観たいです。
2010/11/28(日) 午前 10:33
>ぼやっとさん:読了されたのですね、感想が難しいでしょう(笑)。
以前読んだ中ではマイケル・オンダーチェ『イギリス人の患者』あたりが似たようなタイプの小説かもしれません。ストーリーよりも、場面場面が映像のように印象的というか。もちろん、この小説は“小説”そのものが主人公という実験的な部分もあるんですけれど。
2010/12/2(木) 午前 0:05